2009年04月23日

◆ 遺伝子の水平移動

 遺伝子の水平移動( or 水平伝播・水平転移)という現象がある。遺伝子が種を越えて転移することだ。たとえば、植物の遺伝子がウミウシに取り込まれる。 ──

 遺伝子の水平移動については、Wikipedia にも記事があるが、朝日新聞( 2009-04-14 )でも大きく話題になった。そこで、この記事をざっと紹介しよう。

  ・ ウミウシに、植物の光合成遺伝子が取り込まれた例がある。
  ・ ホヤでも、他の生物種の遺伝子が取り込まれた例がある。
  ・ 異種の病原体の間でも、遺伝子が取り込まれた例がある。
  ・ これはダーウィンの進化論を超えた現象だ。
  ・ これは進化の一部だが、その理由はよくわかっていない。

 ──

 記事を見ると、「進化論を覆す大きな問題」というふうな大げさな扱いだが、よく考えれば、大したことはないとわかるはずだ。
 私の推定では、遺伝子の水平移動とは、次のことだ。

 遺伝子というものは、もともと移動しやすい。DNAで同じ並び方の塩基部分があると、容易に交差などで転移しやすい。(この点は常識なので説明しない。)
 となると、遺伝子が水平移動するか否かは、「DNA のそばに別種の DNA があるか否か」ということだけに依存する。別種の遺伝子がにもぐりこんでしまえば、その遺伝子が取り込まれることは容易に起こる。(特にウイルスなどの介在を必要としない。)

 では、遺伝子が取り込まれるということが起こる条件は? 次の二点だ。
  (1) 取り込む方の卵細胞が、環境のなかで剥き出しである。
    (厚い膜や硬い殻をもたない。)
  (2) 取り込まれる方の遺伝子は、細胞にもぐりこむ能力をもつ。


 この二点については、次のように言える。
 (1) 卵細胞が環境のなかで剥き出しであるのは、小型魚類以下の種だ。
   ウミウシやホヤならば、魚類よりも原始的なので、条件を満たす。
   まして、病原菌ならば、単細胞生物なので、条件を満たす。
 (2) もぐりこむ能力をもつ生物は、病原体ならば十分だ。
   病原体でなくても、可能だろう。(例。ゾウリムシの接合。) 実際、
   真核生物の誕生や、リボソームの例を見ても、可能性はある。

 以上のことからして、次のことは容易に起こりそうだとわかる。
 「葉緑素をもつ単細胞生物の遺伝子が、ウミウシに取り込まれる」


 一方、次のことは起こらないとわかる。
 「多細胞生物の種同士で、種間の遺伝子移動が起こる」

 たとえば、両生類の遺伝子が鳥の卵細胞に取り込まれる、ということはありえないだろう。鳥の卵細胞は卵殻に覆われているので、外部からの感染・侵入を拒む。また、両生類の遺伝子は、厚いゼラチン状の物質で覆われており、外部に漏れ出しにくい。そもそも、この大きな卵細胞がもぐりこむことは、起こりにくい。まして、成熟した両生類の個体または細胞が、丸ごとどこかにもぐりこむことは起こりえない。(小さな病原体ならばそれが可能だが。)

 ──

 結論。

 遺伝子の水平移動という現象は、確かにある。それは、ごく下等な無性生殖の生物同士で見られるだけでなく、ウミウシやホヤのような有性生殖の生物でも見られることがある。
 しかしながら、その一方は常に、(ごく下等な)単細胞レベルの種にすぎない。有性生殖をする生物間で、遺伝子の水平移動が起こるということはあるまい。実際、そのような例は見出されていない。( → Wikipedia
 というわけで、遺伝子の水平移動という現象は、あることはあるのだが、いちいち大騒ぎするような話題ではない。進化の大きな歴史のなかで、下等生物の段階で例外的に起こる現象であるにすぎない。今でもホヤやウミウシでは起こることもあるだろうし、病原体レベルでは頻繁に起こっているだろうが、だからといって、両生類や爬虫類や哺乳類のレベルで、そういうことが起こるわけではない。ギャーギャー騒ぐほどのことではないのだ。ごくごくマイナーな話題にすぎない。



 [ 付記 ]
 この話題がちょっと騒がれることには、別の理由がある。「ウイルス進化論」という学説があるからだ。「ウイルスが媒介して、種間の遺伝子移動が起こり、それが飛躍的な進化をもたらす」という説。たとえば、「鳥の遺伝子を、ウイルスが媒介して、鳥に特有の(大きな)遺伝子が人間に取り込まれる」というような説。
 しかし、これはありえないだろう。なぜなら、そのためには、鳥の遺伝子が(ちっぽけな)ウイルスに取り込まれる必要があるからだ。しかしながら、(ちっぽけな)ウイルスが鳥の(大きな)遺伝子をもつということは、ありえそうにない。そんなことがあったとしても、そのウイルスは、邪魔な大きな遺伝子をもつせいで、増殖能力が低下して、あっという間に淘汰されて(亡びて)しまうはずだ。
 「ウイルス進化論」という学説(珍説?)にこだわらなければ、「ウイルスの水平移動」というマイナーな話題に大騒ぎする必要はないのだ。「ウイルスの水平移動」という現象は、あるにはあるが、とりたてて大騒ぎするようなことではないのである。
( ※ 一般に、生物学の世界では、「きちんとした法則性」というものは成立せず、やたらと例外みたいなことが見つかる。そういう例外みたいなことが見つかったからといって、「ほれ見ろ、原則が崩れたぞ」などと、大騒ぎすることはないのだ。「単に例外的なことが見つかった」と片付けるだけでいい。)

 【 追記 】
 あとで読者から指摘されたが、上のことには例外がある。それは、癌ウイルスだ。
 癌を起こすウイルスが、細胞の遺伝子を取り込まれることがある。つまり、
    細胞の遺伝子  →  癌の遺伝子

 というふうに、遺伝子の水平移動が起こる。この現象は「src」もしくは「v-srs」「c-src」という用語で呼ばれる。業績を上げた花房秀三郎が詳しく説明している。
  → 花房秀三郎のページ
 ともあれ、癌ウイルスの場合には、「遺伝子の水平移動」が起こるという現象が見られるわけだ。
 ただしこれは、本項の話題とは、あまり関係がない。個体の内部で「細胞 → 癌ウイルス」という移動があっても、そのウイルスは外部に出ていかないからだ。(癌は伝染病ではない。)
 上記の [ 付記 ] の話は、異なる種の間で「ウイルスの水平移動」が起こり、そのせいで種の進化が起こった、という進化説だった。この進化説は、単一の個体の内部における現象は、関係ない。(その遺伝子が生殖細胞に取り込まれることもない。)だから、進化にはまったく影響しない。
 というわけで、src の件については、「遺伝の水平移動とよく似た現象が、例外的に見られる」という評価をしておけば、それで十分だろう。
( ※ 揚げ足取りをしたがる人には、この例は好適な揚げ足取りになるだろうが、あまり意味はない。そもそも、癌細胞というのは、生物においては例外的な病的な現象なのだから、あまりまともに考えなくていいはずだ。)(ま、まるきり無視する必要もないが。)
  
 [ オマケ ]
 ついでだが、用語について一言。
 これを「水平移動」と呼ぶのは、変ですね。「垂直移動」というものがあるわけでもないし。
 ま、進化の系統樹を書いて、垂直方向(上方向)に進化していくのでなく、水平方向(横方向)に遺伝子が移転する、ということを言いたいのだろう。しかし、そういうふうに系統樹を前提とした発想は、わかりにくい。
 単純に「異種間移動」と呼べばいいはずだ。それで十分。
( ※ なお、「種」というのがどの程度の分類レベルであるかは、ここでは特に問題にしなくていい。大は小を兼ねるからだ。大きなレベルで異なれば、種のレベルでも異種となる。例。人間とチンパンジーが異種であるだけでなく、人間とカエルは異種である。)




 【 後日記 】 ( 2011-02-15 )
 人間の遺伝子をもつ細菌が発見された。
 (研究者は)淋病を引き起こす淋菌のゲノムを調べたところ、14の淋菌ゲノムのうち3つにヒトのDNAの一部と共通の部分があることを発見した。更に詳しく調べることで、分離された淋菌ゲノムの11%にヒトと共通の遺伝子配列を持つことを確かめた。

  → 日本語訳
  → 英文
posted by 管理人 at 20:12| Comment(0) | 生物・進化 | 更新情報をチェックする
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