2009年04月16日

◆ 燃料電池の死 3

 燃料電池はもはや死んでいる、と前に述べた。
 それからしばらくたった現時点になって、ようやくホンダもそれを公式に認めた。 ──

 燃料電池はもはや死んでいる(もはや駄目だ)、と私は前に述べた。
  → 燃料電池車の休眠
  → 燃料電池の死
  → 燃料電池の死2

 「死んでいる」というのは、「将来的に絶対的にありえない」(永久に不可能だ)ということではなくて、「近い将来にはありえない」(現時点では夢物語だ)ということだ。
 つまり、研究所の研究開発の課題にはなるが、数年以内の実用化・商品化は無理だ、ということだ。……それをもって、私は「燃料電池の死」と呼んだ。

 一方、朝日やホンダは、逆のことを主張した。
 「近い将来(数年以内)に燃料電池が主流になるだろう。ガソリン車の次は、燃料電池車だ」
 「だから、これをどんどん推進するために、政府は莫大な補助金を出せ」
 というふうに。

 では、その根拠は? 例によって、エコである。
 「燃料電池車は、排ガスを出さないので、とてもクリーンだ。すばらしいエコだ。だからこれを是非とも推進しよう」
 というわけだ。

 特に、朝日新聞の一年ぐらい前の記事では、次のような記事があった。
 「ホンダは、燃料電池を近い将来に実用化する。すでに FCXクラリティ という燃料電池車を実用化して、リースで貸与開始した。燃料電池車はもはや夢ではなくて実用化しつつある」
 「だから、燃料電池車の普及のために、莫大な補助金を注ぎ込もう」

 ここでは、「金をかければ何でも可能だ」という勝手な思い込みがある。そのあげく、できもしないことに無駄な金をつぎこもうとする。たとえると、19世紀の時代に「核融合」または「錬金術」をめざして、巨大な金をつぎこむようなものだ。
 そして、そういう勘違いを批判して、私は先の項目を書いたわけだ。
( ※ 何年か前にも「小泉の波立ち」で同趣旨のことを書いた。) 

 ──

 さて。「燃料電池の死」については、私はとっくの昔に指摘してきたが、新たな事態が起こった。燃料電池派のトップランナーであったホンダも、とうとう「燃料電池の死」を認めるようになったのだ。

 朝日新聞(朝刊・特集 2009-04-15 )に、ホンダの社長へのインタビューがある。そこで、ホンダの社長がはっきりと表明している。
 「燃料電池車は 10年後、20年後の乗り物だ」

 と。このことが重要だ。(注目!)
 これはつまりは、燃料電池派の総帥が白旗を揚げたのに等しい。
( ※ それでもまだ朝日は、自社の方針の誤りを認めていないが。)

 ──

 なお、「10年後、20年後」という言葉だが、この数字(つまり時期)は、全然当てにならない。本当に 10〜20年後に、燃料電池車が普及する保証は、まったくない
 なぜなら、連中は、ずっと前から同じことを繰り返しているからだ。「5年後にできます、5年後にできます」と、毎度毎度繰り返しています。そうして毎度毎度、引き延ばしばかりをしている。
 たとえると、
 「明日、借金を返します」
 と毎日毎日、同じことを言って、何十年も引き延ばしたあげく、とうとう老衰で死んでしまって、最後まで借金を返さずに踏み倒した、というようなものだ。

 燃料電池車というものは、いつできるかさっぱりわからない。つまり、実用化のメドは、全然立っていない。
 「燃料電池車は 10年後、20年後の乗り物だ」
 とホンダの社長が述べているのは、つまりは、
 「私の目の黒いうちには実用化しません」

 と言っているだけのことだ。
 そして、そこから先の将来では、彼はもはや死んでしまっているだろうから、自分は嘘の責任を取らないで済む、というわけだ。
(借金の踏み倒しと同じですね。)

 ──

 朝日は燃料電池車を大々的に推進してきたし、「補助金を出せ」とも報道してきた。だが、現実は、上の通りだ。
 そして、そのことを反省しないから、今になっても、朝日は「太陽光発電を推進せよ、補助金を出せ」と大々的に報道し続ける。
 困った連中だ。おのれの失敗から何も学べない。



 [ 付記1 ]
 FCXクラリティ について説明しておこう。これは現在、公道を走っている。とすれば、燃料電池車は、実用化したと言えるのか? いや、否。
 比喩的に言うと、アポロが 1969年に月面到着したからといって、それをもって「月への旅行が実用化しました」とは言えない。コスト無視の基礎研究レベルと、コスト重視の商品化とは、全然別のことだ。
 それと同じ。研究室レベルでは FCXクラリティ のような燃料電池車を開発できている。だが、それにはコストが数億円もかかっている。とても実用化はできない。実用化の見込みもない。
 特に困るのは、白金(プラチナ)だ。地球上の白金の量は限られている。燃料電池車を少数作るだけなら可能だが、燃料電池車を大量に作ると、白金がたちまち枯渇してしまう。どう逆立ちしたって、大量生産はできない。白金の生産量が百のときに、白金の需要が千になれば、その需要をすべて満たすことはできない。
 燃料電池車を 10台生産するということと、燃料電池車を大量生産するということは、全然別のことなのだ。
 
 [ 付記2 ]
 FCXクラリティ について、朝日が「リースで貸与開始したから、実用化は間近だ」と述べたのは、とんでもない虚報だろう。
 たしかに「リースで貸与開始した」というのは事実だが、その際、赤字をホンダが丸かぶりしている。2億円ぐらいのコストがかかっているのに、ごく安価で貸与している。(赤字の大部分をホンダが負担している。)
 こんなことは「実用化」とは言わない。「研究のモルモットになってくれる人を募集している」と書くだけでいい。
 朝日はやたらとこういう誤報を記して、世間をミスリードするので、注意しよう。(理系の科学技術力が欠落しているせいだろう。何とかならないものかね。)

 [ 付記3 ]
 ついでに、イヤミ。
 朝日の記事(上記)は、1面の大半を使って、大量の文字数を費やして、本田社長へのインタビューを記している。しかるに、それほどの紙面を食いながら、一番肝心のことが記されていない。それは、
 「なぜホンダは電気自動車に熱心ではないのか」

 ということだ。ここが一番肝心なのに、質問もないし、回答もない。

 そこで、私が記しておこう。核心を書き落とした記者のかわりに、私が核心を書く。
 「なぜホンダは電気自動車に熱心ではないのか」
 これが質問だ。そして、質問への回答は、こうだ。
 「ホンダが電気自動車に熱心でないのは、燃料電池車に熱中しすぎたからだ」

 つまり、夢みたいなものを追いすぎたせいで、本当に必要なものを開発するのを怠ってしまったのだ。
( ※ 学校の勉強をおろそかにして、趣味ばかりやっている、不真面目な生徒と同様。)

 ホンダは落第生みたいなものだ。その点は、朝日も同様だ。朝日は、燃料電池車に熱中しすぎている。だから、電気自動車の重要性に気づかない。また、ハイブリッド車の重要性にも、気づかなかった。
 私は以前、「近未来では、燃料電池車よりも、ハイブリッドが重要だ」と述べた。そのときは予言だったが、今になってそれは現実化している。
 そして、それが現実化したあとで、その現実を後追いしているだけなのが、朝日だ。何の先見性もない。それどころか、虚偽の先見性ばかりを振りまいている。

 [ 付記4 ]
 朝日のこういう「虚偽の先見性」は、ひどすぎる。燃料電池車もそうだったが、太陽光発電もまた、二の舞だ。
 朝日は、かつて燃料電池車に熱中したように、太陽光発電にばかりに熱中する。そのせいで、地球緑化(= 砂漠化の回避)の必要性については、ちっとも理解しない。やっているのは、「原発反対」というような、状況を悪化させるような策ぐらいだろう。
 科学音痴の人間が、教条的な「エコ教」に染まると、ろくなことはない。エコを実現しようとするつもりで、かえって環境を破壊する。
 


 【 関連項目 】
  → 燃料電池車の休眠
  → 燃料電池の死
  → 燃料電池の死2
 
  → ホンダの方針転換
 本項と同趣旨の話。ただし、本項よりも、2カ月前の時点の話。ホンダの方針転換は示されてある。ただ、社長が認めたという本項とは、公式さが違う。
posted by 管理人 at 20:23| Comment(1) | エネルギー・環境1 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
6/26に総務省が勧告したみたいですが、100〜200倍ものコストがかかる車を本当に普及させる気だったんですかね(笑)。普及前の技術開発を考えておられないような勧告には唖然としてしまいます。
普及費用の前に技術開発費が必要なのは当然ですし、技術開発は失敗することの方が多いでしょうから、普及の数字だけでモノを言っても意味が有りませんね。
ま、技術開発費としても、注力する技術の優先順位がかなり間違えているのは管理人様の指摘の通りですね。
Posted by yochi at 2009年06月27日 01:25
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