2009年03月10日

◆ 哺乳類の進化

 哺乳類の進化について、その系統が新たに判明した。遺伝子を分子的に調べた成果。共通祖先から、三つのグループへと同時に枝分かれしたという。

   ※ 最後に 【 後日記 】を過加えた。 ──

 哺乳類の進化は、少し前まで、よくわかっていなかった。しかし、近年の研究から、次の三つのグループに分かれることが判明していた。

  ・ 北方獣類  (大半の哺乳類)
  ・ 貧歯類    (アルマジロ・ナマケモノなど)
  ・ アフリカ獣類 (ゾウ、ジュゴンなど)


 これらの系統関係は、判然としていなかったが、今回の研究で、次のことが判明したという。
 「この三つは、共通祖先から順々に分岐したのではなく、共通祖先から一挙に分岐した」


 記事から引用すると、次の通り。
 胎盤を持つ哺乳類(有胎盤類)は、アフリカで進化したゾウなどのアフリカ獣類、アリクイなど南米固有の貧歯(ひんし)類、北米やユーラシアで進化したサル・ネズミなどの北方獣類に大別される。これらは大規模な大陸移動に伴い次々と分かれたとする説もあり、哺乳類の進化に新たな見方を与える成果だ。
 岡田教授らは、これら3系統の哺乳類の遺伝子を比較。共通祖先から分岐がごく短期間に起こったことを突き止めた。
 海底掘削調査などによる別の分析で、約1億2000万年前(白亜紀前期)ごろに、海水面上昇などで動物の集団が分断されたことがわかっており、それが分岐の誘因になったと推定している。
( → 読売新聞 2009-03-10
 ──

 さらに参考情報を記す。

 (1) 地図

 三つのグループの地理的な分岐は、次のようになる。 (クリックして拡大)

       view7807021.jpg
  ( → 出典 ,岡田典弘教授・提供)


 (2) 三つのグループ(例)

 三つのグループとはどんな動物か、というと、次の通り。(引用・転載)
 北方獣類は11目から成り、ヒトを含む霊長目もこのグループに属する。北方獣類には海に進出したクジラや空に進出したコウモリなど多種多様な生物種が含まれ、非常に大きな分類群である。
 貧歯類は、アルマジロ、ナマケモノ、アリクイから成る単一の目であり、その起源は南米大陸であると考えられている。
 アフリカ獣類は、ゾウ、カイギュウ類(ジュゴン・マナティー)、ハイラックス、テンレック、キンモグラ、ツチブタ、ハネジネズミを含む6目から成る分類群である。
  → 出典 (岡田教授らの PDF)
 (3) 分岐についての過去論文
 すぐ上の文書には、過去論文ではあるが、次の図も示されている。一応、参考のため。 (クリックして拡大)

        mammal-1.gif
  → 出典 (岡田教授らの PDF)
 


 [ 付記 ]
 これから何がわかるか? 私なりに感想を言えば、次のことだ。
 「環境が進化をもたらす、ということは、正しくない」


 通常は、「環境が進化をもたらす」という発想が取られる。しかし、今回のことからわかるように、そんなことはないのだ。環境だけなら、ユーラシアでもアフリカでも南米でも、たいして大変化があるわけではない。(むしろ、同一大陸内の変化の方が大きい。)
 しかしながら、それぞれの大陸では、まったく異なる形で進化が起こった。

 では、どう考えればいいか? 私の考えでは、次のように言えるだろう。

 (i) 進化の方向性は、ほとんど偶発的に決まる。あまりにも偶発的だから、進化が起こった場合ごとに、まったく別々の方向に進みがちだ。ただし、その後、形態や機能は、環境に応じて微修正されていく。その過程で、まったく異なる種が、同じような形態や機能をもつこともある。それが『収斂進化』だ。
 (ii) 現代の進化論(環境が進化を決めるという説)は、『収斂進化』が起こることは説明するが、進化が起こること自体は説明しない。小進化の蓄積については説明するが、大進化については説明しない。
 (iii) 進化については、小進化と大進化とを、区別することが必要だ。環境を重視する説は、小進化の蓄積については有効だが、大進化については有効ではない。哺乳類の三つの大グループというような、大進化については、環境がどうのこうのというような理論は不適切であり、むしろ、生物の基本的な枠組みについて遺伝子レベルで考察する方がいい。そしてまた、基本的な枠組みについては、環境と機能との関係よりも、遺伝子変異の偶発性を重視するべきだ。


 以上が私の考えだ。

( ※ この考え方は、オーストラリアの有袋類を含めて考えると、いっそう妥当性が増す。たとえば、多くの有袋類は、それに似た形態の哺乳類がある。フクロアリクイや、フクロオオカミなど。これらはまさしく収斂進化と言える。……つまり、環境が哺乳類や有袋類などの進化をもたらしたのではない。環境は機能や形態についての部分的な方向性を決めるだけだ。)
( ※ この考え方に従えば、「環境が類人猿の脳を発達させた」という発想は否定される。環境は類人猿の手足の形状や機能などを変えることはできるが、脳というような基本的な性質を大幅に変化させることはできないはずだ。……そして、このことは、二足歩行をする他の動物が脳を発達させないことからもわかる。 → トカゲの二足歩行
 
 [ 余談 ]
 「象の鼻はなぜ長い?」
 という有名な質問がある。ダーウィン論者ならば、
 「鼻が長いと有利な環境にいるから、鼻が長くなったんだ」
 と答えるだろう。しかし、「鼻が長いと有利な環境」とは、何だ?  (^^);
 むしろ、もともと、「ある程度のバラツキがあった」と考える方がいい。その上で、
  A,B,C,D,……
 などの種のうち、Aは鼻を長くし、Bは足を速くし、Cは角を尖らせた、……などと考えるといい。
 このような発想は、不自然ではない。実際、われわれ人間は、そうしているはずだ。人にはそれぞれ個体差がある。その個体差に基づいて、ある人はスポーツに精進して筋力を高め、ある人は勉強に勤しんで学力を高め、ある人はお化粧とダンスに勤しんで美人になろうとする。……ここでは、環境が個人の方向を決めるのではない。もともとある個体差が方向性を決める。
 そのようなことは、種の進化においても成立するはずだ。とすれば、「環境が進化を決める」というような従来の発想は、あまりにも一面的すぎる、と言えるだろう。そんな単純な発想は成立するはずがないのだ。
( ※ にもかかわらず、そういう一面的な進化論が、世に はばかる。「環境が脳を発達させた」というふうな。……進化論は長年、全然 進化していないですね。)



 【 後日記 】 ( 2009-05-20 )

 あとで考え直したことがあるので、改めて示す。重要!

 上記の紹介記事では、次のように記されていた。
 「この三つは、共通祖先から順々に分岐したのではなく、共通祖先から一挙に分岐した」
 つまり、次のことが主張されている。
 「三つのものが、共通祖先から一挙に分岐した」

 これは論理的に間違いである。生物学的にどうのこうのというより、論理的にこれは成立しない。そのわけを示そう。

 「AからBが分岐した」ということと、「BからAが分岐した」ということとは、区別しがたい。少なくとも、主流派の見解では、そうだ。AとBのどちらが本来種であるかは決定されず、AとBのどちらも対等なので、「AからBが分岐した」ということと、「BからAが分岐した」ということとは、区別しがたい。
 
 そういう発想を取ってみると、
 「共通祖先から一挙に分岐した」

 という解釈には、難がある。なぜなら、「共通祖先はどこへ行ったか」という疑問が生じるからだ。共通祖先から三つのものが分岐したあとで、共通祖先はどうなったのか? 三つのものに滅ぼされてしまったのか? まさか。

 ここまで考えれば、正しい解釈は次のことだとわかる。
 「共通祖先から三つのものが分岐したのではなくて、共通祖先から二つのものが分岐した。共通祖先は、共通祖先のまま残り、共通祖先のまま進化していった」


 では、共通祖先とは? 最大の多数派である、と考えるのが自然だろう。本項で言えば、「北方獣類」という最大の多数派である。
 一方、貧歯類とアフリカ獣類がある。この二つは、最大の多数派である北方獣類から分岐した。

 では、本項の話題の意味は? 
 「三つのものが、共通祖先から一挙に分岐した」
 という表現は、改められるべきだ。 Ψ のような図式はそのままでいいが、この形で三つある上部のうち、分岐したのは左右の二本だけであって、中央の一本は分岐したのではない。「三つとも分岐した」と見なすのは誤りだ。

 したがって、次のように言い換えられるべきだ。
 「北方獣類は、哺乳類の多数派である。それは昔から現在まで少しずつ進化しつつあった。それは本流としてある。その本流から、貧歯類とアフリカ獣類が(支流として)分岐した。そして、貧歯類とアフリカ獣類が北方獣類から分岐した時期は、どちらもほぼ同じである」

 つまり、次の時期は、ほぼ同じである。
  ・ 北方獣類(古代) から、貧歯類が分岐した。
  ・ 北方獣類(古代) から、アフリカ獣類が分岐した。

 この二つの分岐の時期がほぼ同じだ、というのが、冒頭の記事の意味することだ。

 一方、次のことは意味されない。
  ・ 北方獣類(古代) から、北方獣類(その後)が分岐した。

 このようなことはありえない。北方獣類は北方獣類のまま単純に進化していくだけであって、ある時点で急に分岐したわけではない。つまり、次のことは成立しない
 「北方獣類(古代)から貧歯類やアフリカ獣類が分岐したときに、北方獣類(古代)は絶滅して、北方獣類(その後)にすっかり入れ替わった」

 なぜか? 
 「北方獣類(古代)は絶滅して、北方獣類(その後)にすっかり入れ替わった」
 ということは、絶対にありえないからだ。というのは、次のことはありえないからだ。
  ・ 齧歯類は、北方獣類(古代)から、北方獣類(その後)に入れ替わった
  ・ 霊長類は、       〃         〃
  ・ 奇蹄類は、       〃         〃
  ・ 偶蹄類は、       〃         〃

 このようなことが同時にすべて発生する、ということはありえない。つまり、北方獣類(古代)から、北方獣類(その後)とは、入れ替わったわけではなく、同じまま進化していっただけだ。

 というわけで、北方獣類(古代)から、北方獣類(その後)へは、分岐したわけではなく、単に進化しただけだ。それゆえ、
 「この三つは、共通祖先から一挙に分岐した」
 ということは成立しない。共通祖先というものがあるとすれば、それは、北方獣類(古代)のことだ。そして、北方獣類(古代)から、北方獣類(その後)へは、分岐したわけではなく、単に進化しただけだ。
 分岐したのは、貧歯類とアフリカ獣類だけである。ただし、その時期は、ほぼ同じだったのだ。
 それが、研究から得られた成果である。

( ※ 研究者は、正しい研究をしたのに、そこから得られる解釈を間違ってしまったわけだ。)

  ────────────

 さて。以上のことは、いったいどういう意味があるのか?
 「一つのものから三つのものが新たに生じたのではなく、一本の本流から二つの支流が分岐した」
 という発想には、どういう意味があるのか? それは、ただの言葉の表現の違いか? いや、違う。そこには、重要な意味がある。次のことだ。
 「共通祖先という概念は、種のレベルでは意味があるが、(哺乳類というような)大きなレベルでは意味がない」


 具体的に言おう。
 人間とチンパンジーを考える。ここで、人間とチンパンジーは、違う種だ。ここでは種レベルで考えている。すると、種レベルで「共通祖先」というものが考えられる。その「共通祖先」とは、今日まで残っている種ではなく、すでに絶滅した種だと考えられる。そこで、「人間」でもなく「チンパンジー」でもない別の種として呼ぶ必要があるので、「共通祖先」という言葉で呼ぶ。それは古代における一つの種だ。
( ※ 人間の祖先である原人も猿人も、多様な古い種がいずれも絶滅しているし、もっと古い種も絶滅している。チンパンジーも同様だ。そういうわけで、人間とチンパジーの共通の先祖はすでに絶滅している。)

 同様のことは、他の種にも当てはまる。今日において、 A,B という二つの種があるとき、それらの共通の先祖である C は、今日ではすでに絶滅している。
 だから、こういうものを呼ぶときには、「共通祖先」と呼ぶしかないだろう。
( ※ もっとも、共通祖先となる種の化石が見つかれば、その種の名前で呼んでもいいが。)

 一方、「哺乳類」というような大きなレベルでいえばどうか? かなり古いレベルでは、単孔類とか有袋類とかいうものもある。その後に有胎盤類が来る。
 ここで、古代の単孔類や有袋類は、現代の単孔類や有袋類とまったく同じグループだと考えられる。単孔類や有袋類の生物は、種のレベルでは昔と今日とでは大幅に入れ替わっているだろうが、単孔類とか有袋類とかいう大きなレベルでは、昔も今も変わっていない。今日の単孔類と、昔の単孔類には、「共通祖先」と呼ぶようなものがあるとしたら、それはどちらも「単孔類」なのである。古代から今日まで、「単孔類」という一つの流れがずっと変わらずに続いているのだ。種を越えた大きなレベルでは。
 同じことは、有袋類や有胎盤類にも当てはまる。もちろん、北方獣類というようなレベルでも当てはまる。さらに言えば、「偶蹄類」とか「齧歯類」とかいうレベルでも当てはまる。
 たとえば、昔のネズミと、今のネズミは、種のレベルではまったく異なっているだろう。それでも、「齧歯類」というレベルでは、まったく変わっていないのだ。昔の齧歯類と今の齧歯類とを見て、「共通祖先は何か?」と考えることは、馬鹿げている。どちらも同じ「齧歯類」であるからだ。……ここでは、「共通祖先」という言葉は無意味である。(大きなレベルでは。)

 したがって、「北方獣類/貧歯類/アフリカ獣類」という区別でも、「共通祖先」というものを考えるのは無味だ。
 昔も今も、「北方獣類」というグループは不変である。その古代の時点のものも、単に「北方獣類」と呼ぶだけでいい。それを「共通祖先」と呼ぶことは不適当である。
 このことがポイントだ。

( ※ 比喩的に言おう。花子と葉子が姉妹で、その母(根子)がいる。花子と葉子にとって、その母は共通する祖先である。ここまではいい。一方、花子は若いときにミノルを産んだとする。昔は若いころの花子だけがいたが、今は花子とミノルがいる。では、昔の花子は、今の花子とミノルの共通祖先か? もちろん、違う。昔の花子は、今の花子と、同一人物である。同一人物であれば、「共通祖先である」などと言うことはできない。たとえば、昔のあなたを、今のあなたの「共通祖先」と呼ぶことはできない。どちらも同一人物であるからだ。……それが上記の話の言いたいことだ。)

( ※ 仮に、記事の主張が正しいとすると、共通祖先である「旧・哺乳類」というものが「類」のレベルで絶滅してしまって、「新・哺乳類」というものが「類」のレベルで新規に出現したことになる。そんなことはありえない。……正しくは、「旧・北方獣類」から「新・北方獣類」への変化があり、それは、同一の「北方獣類」というものの緩慢な進化なのである。それは決して二つのものの交替ではなく、一つのものの変化なのだ。若い花子から、老いた花子へと、変化するように。)

  ────────────


 【 参考記事 】

 冒頭の記事と同じ内容のことを、最近また報道している。
  → 産経ニュース 2009-05-18
 内容は、冒頭と同じであるようだ。2カ月半前のニュース(オールド?)を、なぜまた新規に報道するのかは、不明。

 なお、この記事には、次の記述がある。
 「高等哺乳類は大陸分裂が引き金となって3系統に分岐した可能性が大きい」
 これは妥当ではあるまい。もし本当にそうならば、アフリカにはアフリカ獣類だけがいて、北方獣類はいないはずだ。また、南米には、貧歯類だけがいて、北方獣類はいないはずだ。
 実際には、そうではない。北方獣類は、アフリカにもたくさんいるし、南米にもたくさんいる。このことからも、「アフリカ獣類や貧歯類は、北方獣類(の一部)から分岐した」ということが、強く推定される。

( ※ 私のヤマカンでは、アフリカ獣類は有蹄類から分岐したと思える。貧歯類は、その祖先種に当たる北方獣類は、すでに絶滅していると思える。残っているのは南米にいる貧歯類だけ。)
posted by 管理人 at 19:53| Comment(0) | 生物・進化 | 更新情報をチェックする
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