2009年03月04日

◆ 原発の立地

 原発を容認するべきか? それについて問う前に、原発の立地について考えるべきだ。
 現状では、原発反対の声が多いが、それも当然だ。というのは、原発は人里に近いところにあることが多いからだ。 ──

 私は前にも述べたとおり、
 「原発はやむをえない」(必要悪である)
 という立場を取る。(悪はあるが、他の悪よりはマシだ、という意味。)

 その一方で、
 「原発には全面反対」
 という住民も多い。そして、「原発反対」という裁判がなされることもある。このたび、住民の訴えを棄却する判決が出た。
  → 志賀原発差し止め棄却

 これについて、どう考えるか? 私の見解として、「原発容認」を予想する人もいるかもしれない。
 だが、私としてはいきなり頭ごなしに判断を出さないで、立地を調べてみた。すると、この原発は、かなり人里に近い、ということがわかった。
  → 志賀原発の地図

 これは、石川県の能登半島の一部だが、人里のそばに立地している。(村役場や高校まで、8キロ程度しかない。地図を拡大するとわかる。)
 北の方には、人家のほとんどないところもたくさんある。なのにわざわざ人里のそばに立地しているのだ。あきれるほかはない。

 こんな馬鹿げた立地をする原発には、私はとうてい賛成できない。何でまたこんな気違いじみたことをするのか、全然わかりませんね。
( ※ いや、本当はわかっている。コスト削減です。人里離れたところに建設すると、コストがかかる。そこまで太い道路を建設するのに、道路建設費がかかる。その金を惜しんでいるわけ。……馬鹿にした話。)

 ──

 ついでに、他の原発を見たが、似た事情にある。たとえば、これだ。
   → 柏崎原発の地図

 これもまた、人里に近い。柏崎市という大きな市に近く、市役所や病院まで5キロも離れていない。この例もまた、北の方には、人家のほとんどない領域が広範にある。なのにやはり、わざわざ人家のそばに原発を作っている。

 ──

 原発というものは、大量の冷却水を必要とするので、海のそばに建設する必要がある。そして、日本は幸運なことに、海岸線がとても広い。その点では、ドイツとは全然違う。
( ※ ドイツで原発を作れるような海岸線といえば、ブレーメン周辺しかないが、そこでは人家がすでにたくさんあるので、とうてい原発を作ることは不可能だろう。たぶん。)

 とにかく、日本には、ほぼ無人の海岸線が非常にたくさんある。だから、そういうところに、原発を作ればいい。……それが私の考えだ。

 ただし、現実には、そうなっていない。電力会社はあえて人里に近いところに原発を作っている。「原発は安全です」と嘘をついて、近隣住民を危険にさらしている。……こういう馬鹿げたことには、私は反対する。どうせ原発を作るなら、まともな方法でやればいいのだ。いくらかコストはかかるにしても。

 ──

 現状はどうか? 原発の立地は、次の政策でなされる。
  ・ 電力会社は、建設コスト削減のために、人里のそばに建設する。
  ・ 国は、近隣住民を説得するために、税金で公共事業をする。
  ・ 政治家は、公共事業の際に、政治献金(賄賂?)をもらう。

 要するに、すべてが原発を食い物にして、自分が儲けようとしている。エゴのかたまり。

 ──

 私としては、その逆を提案する。
  ・ 電力会社は、建設コストがかかっても、人家のない地に建設する。
  ・ 国は一切、資金援助しない。ただし、住民との調整をする。
  ・ 電力会社は、住民のために、病院などの福祉に金を払う。
   (現状では公民館や図書館などの箱物が作られる。)


 私の案の場合、住民としては、次の二者択一だ。
  (a) かなり離れている遠くの原発を、甘受する。ただし、甘受する
   代償として、高度な医療などのすばらしい福祉サービスを受ける。
  (b) かなり離れていても原発なんか、絶対にイヤだ。甘受しない。
   別の地に引っ越する。そのかわり、高度な福祉は得られない。


 もちろん、(b) を取って、引っ越ししてもいい。その場合、引っ越し先は、田舎でもいいし、都会でもいい。田舎ならば、無医村などの低福祉を甘受する。都会ならば、ラッシュアワーを甘受する。おまけに、汚い空気で、花粉症の症状もひどくなる。放射能で寿命が縮むことはないが、汚い空気で寿命は確実に縮む。下手をすると交通事故でポックリ。

 ま、私が金持ちならば、原発のそばには行きたくないが、金がなければ(しかも高齢ならば)、原発のそばでも構わないと思う。
 原発のそばといっても、すぐそばではない。50キロ以上離れている。ならば、ほとんど影響はない。それでいて、福祉はたっぷりだし、空気はきれいだ。高齢で病気がちで貧しいならば、そういう土地の方に住みたいですね。その方が長生きできそうだし。おいしいものも食べられそうだし。   (^^);

 ──

 結論。

 原発については、立地が大切だ。単に「賛成」「反対」を論じるべきではない。「どこならば賛成、どこならば反対」というふうに、きちんと場合分けして論じるべきだ。
 なお、現状では、人里のそばに原発が立地されている。これはもう滅茶苦茶だ。反対論が出るのは、当然だろう。
 しかし、だからといって、「原発はすべて反対」という教条的な発想をするのにも、賛成できない。だいたい、距離に関係なく、「原発反対」を唱えるのであれば、日本の原発だけでなく、欧州や米国にまで出向いて、「原発反対」を唱えればいいのだ。どうせ同じ地球なのだから。
 科学的に考えれば、問題なのは、原発の有無ではなくて、原発との距離なのである。
( ※ 危険度は距離の2乗に反比例する。)
 


 [ 付記1 ]
 その伝で言えば、
 「自国内の原発は怖いが、フランスにある原発は大歓迎」
 と唱えるドイツは、イカレているね。
 「 50キロ離れたところの自国の原発は怖いが、200キロ離れたところにあるフランスの原発は安心だ」という発想。
 「途中に国境があるから、放射能が漏れて届くことはない」という発想か。「国境は放射能防護壁だ」と思う発想か。「見て見ぬフリ」というか、「目をつぶれば危険は存在しない」というわけか。
( → ドイツとフランスの原子力発電所の地図
( ※ この地図の一部には、次の記述がある。「海岸地方が少ないドイツでは河川沿いに原子力発電所が建設されている」。……なるほど。)
 
 [ 付記2 ]
 原発との距離は、50km ぐらいが目安となる。(これなら安全。)
 ただし、現実には、人里から 50km も離れるのは、かなり困難だ。そんなに広大な空地は、北海道ぐらいにしかなさそうだ。
 そこで、次の方法が採れる。
 「途中に山地があれば、放射能の影響は少ないので、その場合には、15km ぐらいまで離れていればいいものとする」
 つまり、人里と原発との距離は 15kmなのだが、途中に山地があるので、原発の影響は免れる、というわけ。ここで言う影響は、放射能だけでなく、水などの影響も含む。山地があれば、環境的に隔てられるから、影響も少なくなる。
 特に、半島の先端あたりなら、立地としては好適だ。そこから半径 20km ぐらいは、人間を居住禁止にしておけば、特に問題ないだろう。

 [ 付記3 ]
 原発のための道路建設費(および他の福祉費用)は、電力会社が負担してもいいが、国が負担してもいい。その理由は? 
 簡単に言えば、電力会社が負担しても、国が負担しても、どっちみち国民全員が負担するから、同じことなのである。ただ、負担の仕方が、税金経由か、電気料金経由か、という違いがあるだけだ。
 本来ならば、国が負担した方が、社会的公平性(所得再配分)の点からは好ましい。ただし、電気料金は、値上げした方が省エネ効果が増す。……この二点を勘案すれば、電気料金に上乗せする方が好ましいだろう。

 なお、該当地域の人々に多額の金を払うことは、ちっとも無駄ではない。国全体では損失は発生せず、単に国内の配分が変わるだけだ。詳しくは下記。
   → 原発とエコ (2) 国の補助金
 


 【 関連項目 】
 「原発は危険だから、万一の事態に備えて、山の中などの地下に建設せよ」
 という案。
  → 太陽電池への補助金 (3)
posted by 管理人 at 19:36 | Comment(5) | エネルギー・環境1 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
原発の是非は難しいですよね。
30%以上の電力を今更代替できない事は明白ですし。
ただ、近隣住民はもっと難しい情勢に有ります。
田舎なので誘致によるメリットを考える人が居るためです。近隣の住民が100%反対するわけではなく、50%程度が賛成に回ります。
建設時の雇用・道路の整備、税収アップによる福祉などの向上、数km圏内は電気料金無料など、メリットも多いためです。このため、都会では考えられないような賛成者の数になります。電力社のコストダウンだけではなく、賛成住民が誘致したがるわけです。このため、住民が2極化してしまい、色々な弊害が有るようです。
田舎は難しいですよ。
Posted by yochi at 2009年03月22日 00:45
いずれにしても、そこで働くことになる少なくない人たちは、
放射線の影響から逃れることはできませんね。

解った上で甘受している人ならいいのですけど、
知らずに働かされるようであってはいけません。
Posted by けろ at 2009年03月22日 03:37
地震大国である日本では、原子炉を地殻が安定した場所に置くことを、今では優先順位も高くなっている状態ですので、水辺付近で地震が活断層などが無く、ある一定の広大な面積があり且つ道路や付帯設備などの公共インフラがある場所となると、地域的には湾岸の街付近となるのでしょうね。
例えば、道路にしても原発が出来た後も整備機器等搬出入の為、12m級以上の重荷重仕様の道路を維持しなければならず、15kmを原発専用で維持するとなれば、年間で億単位のお金がそれだけで飛ぶでしょう。(道路上の照明だとかのインフラは省いても)
道路を作らず波止場を作るとしても、タンカーサイズは要らないがそこそこ大きな波止場を作らねば成らず、原発以外使用しない波止場としても維持費が馬鹿に成らないかと思います。
後は、電気使用者がそのコスト(各増加維持費)に賛同が得られれば、その案も良いかと思いますけど実情を考えるとなかなか難しいかと思います
Posted by GERO at 2009年03月24日 11:50
> 年間で億単位のお金がそれだけで飛ぶでしょう。

それはそうですが、問題はないでしょう。
人口1万人レベルの田舎のためにも、そのくらいのコストはかけています。まして、百万人が利用する原発なら、そのくらいのコストはかかっても仕方ないでしょう。

Google の地図を見ると、人家のほとんどないような海岸線脇の国道がかなりあります。輪島のような港湾から国道を何十キロか整備しても、どうということはないでしょう。

ちなみに、高速道路無料化のためには、5000億円の金をつぎこんでいます。それによる省エネ効果は、プラスどころか、マイナスです。
Posted by 管理人 at 2009年03月24日 23:15
ちょっと逆説的なのですが、
人里があるからこそ、原発ができた(誘致)されたのだとも思います。

これは、原発交付金などの補助金狙いに住民が流された結果なのではないでしょうか。
「金がなければ(しかも高齢ならば)、原発のそばでも構わないと思う。」
まさしく、そのような貧しい地域に、しかも、そこそこの人数が住んでいて、補助金が欲しいところに原発が建ったのではないかと思います。

原子力ではありませんが、宮城県の火力発電所のある町も相当のお金が入っています。漁業などの補償金もありました。

人里離れたところでは、そこにお金を落とすメリット(議員さんの票)に結びつかないので、まるっきり人が住んでいないようなところでは、危険性や自然破壊と天秤にかけて、誘致を断ってきたのだと思います。

原発を人里離れた場所に置くべきだとは、ボクも考えるのですが、
地方行って地元の話を聞くと、火力の煙や原子力の放射能を先送りしてでも、お金を取りたい予算不足が背景にあったのだと思います。

代議士という微妙な、住民の意思を代表する人たちが最終的な(細かい)立地場所を左右してきた弊害だと思います。

例えば、お役人に管理人さんのような方がいて、ここに発電所を作ると言って決めるような完全なトップダウン型の方がうまくいったんじゃないかなあ。

これからは、放射性廃棄物の処理場も問題になるでしょうが、反対派の議員さんの言動を見ると、ついていけないなあと感じています。
反対の根拠としている「そこに住んでいる人」が、どんどん減って、仮に漏れたとき、何人の人がまだ住んでいるんだろうか?と思います。
Posted by 磯崎ゆい at 2014年08月23日 22:19
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
  ※ コメントが掲載されるまで、時間がかかることがあります。

過去ログ