地球温暖化論(炭酸ガスを削減せよ)という世論に対して、これに反対する全面広告が掲載された。(朝刊 2009-03-17 )
しかし、これは企業のエゴイズムなので、説得力が薄い。 ──
( ※ 本項の実際の公開日は 2009-03-18 です。)
「地球温暖化阻止のために炭酸ガス削減を」
という世論がある。これに対して、批判論がある。それをまとめたような意見が、朝刊に掲載された。全面広告で。( 2009-03-17 )
これは、日本の各産業の共同意見という形だが、そもそも、掲載者の氏名が掲載されていない。単に「事務局」という名前が掲載されて、その住所が掲載されているだけだ。何の事務局かはっきりとしない。あまりにも胡散臭い。
──
そもそも、ここで共同主催者の形で、各産業の業界団体が列挙されているが、そのことからして、胡散臭い。
「企業が損したくないから、環境保護の金を負担したくない」
というのが見え見えだ。これでは全然、説得力がない。単に「自分勝手で言っている」というふうに見えるだけだ。いくら論拠を並べても、また、それがいかに科学的合理性に裏付けされていても、「自分の化利益が目的でしょ」と思われるだけだ。信頼性がない。
──
では、どうすればいいか?
「自分の利益のため」
という発想を捨てればいい。そのかわりに、
「地球全体のため」
という発想を取ればいい。そうすれば、
「企業の負担金を減らそう」
というような結論にはならず、次の結論になるはずだ。
「地球の緑化のために金を使おう」
「社会的困窮者の生命を救うために金を使おう」
ここでは、「社会の利益のため」という方針が取られる。それは「企業の利益のため」という方針とは違う。
要するに、
「温暖化阻止のために太陽電池みたいな馬鹿げたことに無駄遣いをするのはやめよう」
「炭酸ガス削減のために過剰な金を使うのはやめよう」
というのは正しいとしても、その目的は、「企業の利益のため」「自分の利益のため」というエゴイズムに基づいているのでは駄目なのだ。むしろ、エゴイズムを越えて、社会全体の利益を図るべきなのだ。
・ 地球環境を守るため
・ 最底辺層の生命を守るため
その根底にあるのは、「生命こそ大事だ」という発想だ。さまざまな動植物の生命や、人間の生命。それを尊重すること。── これが基本的な発想であるべきだ。
そして、それは、「金が欲しいから」という企業のエゴイズムとは、正反対なのである。
なるほど、「地球温暖化阻止のために炭酸ガス削減」というのは、詐欺的な論拠である。しかし、だからといって、「詐欺師に金をやらないで、おれたちに金を寄越せ」というのでは、同じ穴のムジナだ。
企業はまさしく、生産活動の途上で、地球環境を破壊したり、最底辺層を困窮化させたりしている。そういう問題が生じている。だから、そういう自分の醜さに気づいて、自分の醜さを正すことが大切だ。
詐欺師を指して、
「あいつらは醜い。だからおれたちは醜くない」
というのは、論理が倒錯している。むしろ、
「あいつらは醜い。おれたちも醜い」
と気づくべきだ。そして、「どちらも同じ穴のムジナだ」という意識に基づいた上で、真の社会正義のために動けばいい。
どんなに正論を吐いても、その正論が自分の利益を増すためだとバレていれば、そんな正論の信頼度は稀薄になるのである。
きれいごとを並べても、欲得ずくめのエゴイズムの魂胆は見透かされているんですよ。
2009年03月03日
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