2009年02月12日

◆ 狂気の生命科学

 遺伝子操作による医療というのが話題になっている。しかし人類は今や、生命の操作をすることで、異常な怪物を作り出しつつある。ほとんど神の領域を侵すように。
 【 警告 】 気持ち悪い話なので、気の弱い人は読まないでください。
 ──

 あらかじめ、警告しておこう。本項は、気持ち悪い事実を、あからさまに示す。吐き気を催すような画像も示す。甘い気持ちで読んでいると、本当に吐くかもしれない。
 その旨、あらかじめ、お断りしておく。……気の弱い人は、読まないでほしい。失神するかもしれないので。

 ──

 本項で示すことは、
 「人類は怪物を作り出している」

 ということだ。しかも人々はそれを、「すばらしいことだ、科学の進歩だ、万歳」と大喜びしている。おのれの狂気に気づかずにいる。……それを本項は指摘する。

 ──

 具体的に言おう。最初にあったのは、こうだ。
 「再生医療で、人間の臓器を作り出す」


 ここまではまあ、特に騒ぐこともあるまい。しかし、そのために、臓器を作り出すだけでなく、臓器を他の生物と合体させようとしている。

 これはあまりにもおぞましい発想だ。「目的のためには手段を選ばず」というわけだ。いわば、
 「移植臓器を得るために、他人を殺して、その臓器を得る」
 という犯罪的な発想に、ちょっと似ている。

 ──

 で、その結果、どうなったか? 次のようなものができた。
 「人間の耳を、ネズミと合体させる」

 つまり、ネズミの背中から、人間の耳が生えているわけだ。ニョキニョキと。その画像は、あまりにもおぞましいものだ。

 いきなり見せるとショックで驚くだろうから、まずは、図を示す。
  → 図(イラスト)

 次に、文章を示す。
  → 驚いた人の感想 (孫引き)
  → 批判する人の文章

 このあと、写真のサムネイルの一覧を示す。
 すごく気持ち悪いので、あらかじめお断りしておきます。怖いもの見たさで見るのはいいが、そのあと、画像を拡大して見ると、いやーな感じになるはずなので、ご注意下さい。
  → サムネイル一覧

 ※ 私の感想は示しません。各人で感じてください。

  ────────────

 これが行く着く先は、何か? ミノタウルスだ。すなわち、
 「頭は牛だが、体は人間」
 というやつ。
  → ミノタウルスの画像一覧

 ここで注意。神話のミノタウルスは、
 「頭が牛であるような人間」
 であるにすぎない。つまり、人格をもつ。しかし生物的には、その逆だ。つまり、
 「体が人間である牛」
 である。こいつは頭が牛なので、どこまでも牛としてふるまう。しかしながらその肉体は、人間の肉体なのだ。「人間の耳の付いたネズミ」のように、「人間の体のついた牛」なのだ。……そして、その肉体は、あなたの遺伝子を借りて作った牛かもしれない。(あなたの肉体をもつ牛。げげげ。)

 ──

 《 予想ストーリー 》


 「再生医療のために、あなたの遺伝子をお借りします。……ほら、できましたよ。あなたの肉体をもつ牛が」
 本当だ。その牛は、体がどこからどこまで、あなたとそっくりだ。シワも、シミも、ホクロも、あなたとそっくりだ。しかしながら、頭だけは牛である。
 医者は言う。
 「これであなたの肉体はいつ傷ついても大丈夫です。この牛から、その肉体を移植すればいいんですからね」
 あなたは大喜びした。その直後、あなたは交通事故で、大ケガをした。肉体がボロボロになった。そこであなたは頼んだ。
 「ミノタウルスの肉体を、おれに移植してくれ」
 医者は了承した。そして、ミノタウルスの肉体をちょん切るかわりに、あなたの頭部をちょん切った。あなたの頭部を、ミノタウルスに移植した。医者は笑った。
 「うひひひ。人間の頭部を、他の生物に移植した。大成功。合成人間を作ったようなものだ。これで私は史上最初の、新たな移植をした医者として記録されるぞ。ノーベル賞でももらおうか。うひっ、うひっ、うひひひっ。この次は、二人の人間の頭部を交換してやろうか。」

 マッド・サイエンティスト。

( ※ 後日談。ミノタウルスに移植されたあなたの頭部は、最初はあなたの思考をしていた。あなたは自分があなた自身だと思っていた。だが、しだいに、あなたはおかしな行動を取るようになった。ときどき四つん這いになった。「モー」と鳴くようになった。草を食べたがるようになった。……あなたはやがて、自分が誰であるか、わからなくなってきた。)

 ──

 実は、頭部の移植というのは、まんざら冗談ではない。すでに、似た話が進んでいる。次のように。
  → 死者からの顔面移植

 あなたの顔をもつ他人が生まれるかもしれない。その他人はひょっとしたら、人間でなく、半人半牛かもしれないが。

 ──

 その後、どうなるか? たぶん、次のようなものができるだろう。(気持ち悪い画像なので、ご注意あれ。蛇の生えた頭をもつ人間、という感じ。神話中の存在だが)
  → メドゥーサ ( 画像1画像2画像3

 キメラ(キマイラ)のような怪物は、ギリシヤ神話や試験管のなかだけだと思っていたが、人類はいつしか、神の領分を侵しつつある。「それが科学の進歩」だと思い込んでいる。

 このような驕った生物(ホモ・サピエンス)は、遠からず、絶滅するだろう。自らが自らを滅ぼす形で。
   → 狂気の新薬

 メドゥーサの画像は、明日の人類の姿かもしれない。
 


 [ 付記 ]
 この話を書いたあとで、さっそく、二の舞みたいな例が報道された。ネズミではなくて犬を改造する、という話。現実の出来事だ。
  英国の愛犬家団体が犬の審査基準を健康重視に変えた。人が、数百年にわたってつくってきた純血犬の美の基準が変わりそうだ。
  ……(しかしながら)……
 「人は犬に芸術性も求めており、犬の健康とのかねあいは難しい。」
( → 朝日新聞 2009-02-12
 「人は犬に芸術性も求めている」という言葉。ここでは、人間が生命を勝手に操作して、その基準を「芸術性」に取る、ということを平気で書いている。
 だが、これはもはや、次の発想と同様だ。
 「芸術的な肉体の女性が欲しいから、幼女を自分好みに改造する」

 なるほど、人間が生命を操作する、ということは、必ずしも悪とは言えない。たとえば、稲のような植物を収穫量の多いタイプに改造することは、別に悪ではない。また、ショウジョウバエを放射線でいじって、遺伝子操作をすることも、特に悪とは言えない。
 しかし、犬というのは、人間の言葉を理解することができるほど、賢い動物だ。それはほとんど「半分だけ人間的」と言ってもいいぐらいだ。実際、犬と家族同然に暮らしている人も多いし、犬と愛しあっている人も多い。(犬は萌えキャラと違って、実際に愛情をもつ生物だ。忠犬ハチ公の例もまんざら嘘とは言えない。)
 なのに、そのような生物を、勝手に改造していいのか? それはもはや「人間の改造」に近い。しかも、その基準が、「芸術性」である。これはもはや、
 「芸術的な肉体の女性が欲しいから、幼女を自分好みに改造する」
 というのと、どれだけの差があるのか? 

 はっきり言って、どちらも狂気である。狂人の発想だ。なのに朝日は、狂人の発想を、何の断りもなく、当り前のごとく報道している。
 仮に、どこかのロリコン・オタクが、ニヤリと笑いながら、
 「芸術的な肉体の女性が欲しいから、幼女を自分好みに改造する」
 というふうに語ったら、それを断りもなく平然と書くつもりだろうか?

 朝日の記者は、ほとんど人間性を喪失している。やって良いことと悪いこととの区別がついていない。それで、気違いの発想を、そのまま平気で報道する。気持ち悪さすら感じていないようだ。

( ※ これは、オタク時代に特有の現象かもしれないが。人間性の喪失。異常を異常と感じない神経感覚。生物としてもまともな感覚を失ってしまっている。……コンピュータに触れすぎているせいかも。
 


 【 追記 】
 今にして思うと、「フランケンシュタイン」というのは、時代を先取りしていたと言えそうだ。
 「死者の体をつぎはぎして、新たな生命を作り出す」
 これが元の発想だ。で、
 「首だけが生きている人に、死者の胴体をつぎはぎしてくっつけて、首だけが生きている人を五体健全な形にする」
 としたら、これはもはや、フランケンシュタインの怪物に近い。
 で、そのうち、脳腫瘍になったら、脳を移植する。または、首をすげ替える。死者の首を移植して、電撃を加えて、生き返らせる。……かくて、原作とほとんど同じことが起こる。

 さて。それよりもっと恐ろしいのは、次のことだ。
 「こうして生命操作することで、失敗した人間(できそこない)ができるのではなくて、完全な人間ができる」
 この場合、完全な人間には、人権を与えるしかない。そして、人権を与えられた合成人間が、次々と同類を増やしていく。その一方で、まともな人間は、オタク化して、次々と滅亡していく。……
 世界は合成人間に乗っ取られてしまう。
posted by 管理人 at 19:27| Comment(1) | 医学・薬学 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
このミミネズミの作成は「移植」用ではなく「自己形成」のための実験だったと自分では記憶しております。
 患者本人の細胞を培養する時、器官形成は人工的に制御できるのか? という趣旨であり、他の動物で作成された器官を人間に移植が目的ではなかったかと。
 どちらかというと臓器パーツとしてのクローン人間の可否(ぶっちゃけクローンって一卵性双生児と同じですよね……)や遺伝子治療>改造へ進む話であり、移植用ミノタウロスよりは犬の品種改良の話に通じる所が大きいように思われます。

 犬の改良に関しての最大の嫌悪感は、犬のため若しくは科学や人類の発展のためのではなく、ブリーダー達の自己満足(+商品価値のため)という生命をもてあそぶに等しい所にあると仰られたいのですよね。激しく同意です。犬という種族の多様性を狭める行為です。……サラブレッドなんか既にその域な訳ですが……。
 遺伝子改造も品種改良も人類に有益な遺伝子を残すという意味では、さしたる違いが感じられないので、遺伝子をいじる事自体へは自分も反対ではありません。ただ、その種を改良された品種で埋め尽くすのだけはやめて欲しい所ですが。

 そしてこうした生命操作の果てにできる人間に近しい生命に対する人権の認識ですが、コンピューター界でもチューリングテストの定義以降似たような議論がありましたよね「人間と判別つかない人工知能に人権はあるか」。
 大まかには「人間と意思疎通できて、お互いに文化を共用(尊重?)できるなら人権は認められる」派が優勢であったように思います。
 旧世代の石器人が現在居なくなってしまっていても人類としては今も続いているのだし、同じ遺伝形質を持ち文化的にも続いているのなら、そういう新しい生命も人権が与えられていいと思うし、その先に現人類の(穏やかな、であって欲しい)終焉があったとしても、まあ世代交代かなぁと個人的には思うのです。

 とりとめも無い文で申し訳ありません。
Posted by riu at 2009年02月13日 18:21
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