2009年02月10日

◆ ガザの悲惨さ

 ガザでは悲惨な状況が進んでいる。日本のマスコミは、ほとんどが知らぬ顔の半兵衛なので、かわりに私が情報伝達する。YouTube の動画で。 ──

 NHK がパレスチナ関係の番組を報道した。( 2009-02-08 午後6時の番組。)
 ガザに限ることなく、イスラエルやイランなどの状況も伝達したが、ともあれ、ガザも含めて、中東の悲劇性をいくらか報道していた。その一方で、新聞の報道は稀薄である。

 というわけで、新聞に頼っている限りは、ガザの悲劇性はほとんど理解できない。日本の新聞は、「給付金をもらうか」とか「金儲けをどうするか」というようなことばかり。
 また、ネットにいるオタク連中は、「あいつは馬鹿だ、トンデモだ」と騒ぐのに熱中していて、ガザの悲劇性になんかちっとも目を向けようとしない。

 ──

 日本の状況はあまりにもひどい。「知的な盲目性」とでも言おうか。「見ざる聞かざる言わざる」とでも言おうか。「社会性についての白痴」とでも言おうか。
 あまりにもひどいレベルなので、私としても何らかの努力をしたい。前にも「泉の波立ち」で写真を紹介したが、よく考えると、動画の方がよさそうなので、ネットを探してみた。ほんのちょっとだけ手間がかかったが、とにかく見つけた。

 ──
 
 以下では、ガザの悲惨な画像を示す。これを見て、世界には苦しんでいる人々がいるのだ、ということを理解してほしい。
 何の責任もなく、ただその地に生まれたというだけで、頭の上から爆弾が降ってくるのだ。しかも、逃げ場がない。地獄的な状況とは、このことだ。


 【 注意 】

  * あまりにも悲惨な動画です。吐き気がする恐れあり。
  * YouTube で最初に「年齢制限」の確認画面が出ます。
   年齢制限をクリアしないと、ちゃんと見えません。
   (あらかじめ、年齢を登録する必要があります。)








 【 関連項目 】

 → ガザ募金のご案内
    (ユニセフ経由で募金する方法)

 → IMAGINE for the Middle East
    (パレスチナの平和を願って。ジョン・レノンの歌詞のもじり。)
posted by 管理人 at 19:12 | Comment(15) | 一般(雑学)1 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
>ネットにいるオタク連中は、「あいつは馬鹿だ、トンデモだ」と騒ぐのに熱中していて、ガザの悲劇性になんかちっとも目を向けようとしない。

悲劇性なんて百も承知、その上で「白燐弾は〜」とか「ガザでクラスタ弾が〜劣化ウランが〜」とか勘違いをしてしまっている人に反論しているんだよ。
多くの軍オタはこう言っているんだ、「ガザの悲劇を訴えるのにデマはいらない、妄想を捨てて普通に批判すればいいじゃない」ってね。
煙幕を撃ち込んだ後には殺傷力のある榴弾が撃ち込まれる、航空爆弾も落とされる、戦車だっている、そのことを訴えればいいじゃない。

もっともイスラエルばかりを絶対悪とし、ハマスもイスラエル市民を殺戮していることを無視する連中は似非平和主義者と言わざるをえないが。
イスラエルを特別養護するわけではないが、何の責任もなく、ただその地に生まれたというだけで、頭の上からロケット弾が降ってくるのだ。しかも、逃げ場がない。どっちもどっちだと感じる瞬間だ。
どっちも殺したり殺されたりしている、それを訴えるのが一番なんですがね。マスコミは確かにもっと国外にも目を向けるべきですわ。
Posted by 名無し at 2009年02月09日 18:59
すみませんが、軍事オタクの話にはついて行けません。

人の殺し方を問題にしているわけじゃないので。殺すこと自体を問題にしているので。

> どっちも殺したり殺されたりしている

朝日の漫画に、面白いことが書いてありましたよ。

のび太みたいな子供がジャイアンみたいな子供にいじめられて、一発殴り返した。すると、滅茶苦茶にぶたれて、半殺しになった。
するとブッシュみたいな親が出て、「喧嘩両成敗。どっちも同じように悪い」と口先で仲裁してから、のび太みたいな子供を蹴っ飛ばした。

まあ、どっちも悪いんですけどね。同じように悪いかどうかは、別問題。
Posted by 管理人 at 2009年02月09日 19:32
同じでしょう、どっちも殺しているんだから。殊更ガザの悲惨さだけを強調するのはどうかと思いました。
Posted by 名無し at 2009年02月09日 20:03
ガザの悲劇性に目を向けた後はどうすればいいのでしょうか?

考える、伝達する、そのための行動する?
Posted by sona at 2009年02月09日 20:37
> どうすればいいのでしょうか?

本サイトは基本として、他人に「こうせよ」とは示しません。せいぜい、
「こうしたらいかが?」と示唆する程度。
 例。「オタクをやめたら?」(その傾向が蔓延している場合。)

通常は、情報を出すだけです。政府やマスコミに「こうせよ」と語ることはあっても、個人に対して「こうせよ」と語ることはありません。

ただ、前項では、「ガザへの募金」について案内をしています。それでも、案内情報を出すだけです。そのあとのことは、自分で決めて下さい。
Posted by 管理人 at 2009年02月09日 20:43
ありがとうございます
指針があるだけでも有難いです。

普段はガザに限らずだいたいの物事を、別世界で起きている関係ないことと考え、それに対しての行動も起こすことはありませんが、その気になって考えれば、募金など自分で行うことがあるんですね
Posted by sona at 2009年02月09日 20:57
ガザの悲惨な現状を動画で見て心を動かされるものがありました。

しかし、僕は、この動画を見てイスラエルを非難する気持ちにはならず
「どうしてハマスは戦い続けるのか」という事の方が疑問でした
負ける戦争ほど悲惨な事はありません
それでも戦うなら「悲惨」なことをカードに使うのは筋違いなのではないか
と考えてしまいます

ただ、この問題の根底にはユダヤ教・イスラム教という対立や
ユダヤ人達の・在的過剰な自衛意識など
日本人には簡単に理解できない問題が根底にある気がするので
報道すれば理解できる問題とも思えませんが・・・

(報道しなくて良いという意味ではなく)
Posted by いーじす at 2009年02月12日 12:39
> 「どうしてハマスは戦い続けるのか」

簡単です。

ジャイアンが のび太を、ぶんなぐり続けます。のび太は、ずっと我慢し続けています。そばを警官が通りかかったので、「おまわりさーん、助けて!」と叫びました。しかしおまわりさんは、近づいたとき、逃げ出してしまいました。なぜなら、そばにジャイアンの親がいたからです。ジャイアンの親はものすごい金持ちなので、おまわりさんは逆らえないのです。

のび太は絶望しました。「おまわりさんが助けてくれない! どうしたらいいんだ。このままでは殺されてしまう!」
そこでのび太は、一発だけ、殴り返しました。すると、喧嘩になったので、大勢の注目を浴びました。大勢の人々は、今まで傍観していたのに、急に言い出しました。
「のび太が一発だけ殴り返したのが悪い! のび太は非暴力を貫徹するべきだった! のび太が悪い! われわれのように何もしないのが正しいのだ!」

 ──

 さあ。本当に悪いのは、誰だったでしょうか? ジャイアンか、のび太か? それとも……
 よーく考えてくださいね。

 (なお、私は、別に、誰かを非難しろとか憎めとか言っているのではありません。むしろ、その逆です。私の基本ポリシーは、「あいつが悪い!」というような憎悪とは反対のことです。)
Posted by 管理人 at 2009年02月12日 13:02
残念ですが、僕はのび太の行動に賛同できませんでした・・・
すいません・・・
Posted by いーじす at 2009年02月12日 20:02
読めばわかると思いますが、本当に悪いのは、ジャイアンでも、のび太でもありませんよ。
Posted by 管理人 at 2009年02月12日 20:15
すいません、先ほど送ったコメントは言葉が足らなかったです。

正確にはどちらが悪いか、どちらが非難されるべきか決めれませんでした
どちらにも、非があるような気がして・・・


去年だったか一昨年だったかパレスチナが内部分裂している時にNHKで見た映像で
パレスチナの女性が「これならイスラエルのほうがマシよ!」と叫んでいた映像が
今回動画を見て心を動かされたのと同じように
僕には強い印象を持って残っています

たしかに、ハマスには戦う理由があります
しかし、目の前の悲惨が嫌なら屈辱の中での平和のほうがマシなのではないか?
と僕は考えてしまいます・・・
Posted by いーじす at 2009年02月12日 20:17
> 目の前の悲惨が嫌なら屈辱の中での平和のほうがマシ

それは平和ボケした日本人の発想です。
イスラエルは「入植地」の形で、パレスチナの土地をどんどん侵略しています。世界中の国はそれを「侵略」と呼ばず「入植」と呼ぶことで、容認しています。したがって、パレスチナが何もしないでいれば、数十年後には、パレスチナ人は土地をすべて失って、海に突き落とされ、絶滅します。仮に、世界に杉原千畝みたいな人がいれば、世界はパレスチナ人を受け入れて、パレスチナ人は生きながらえるでしょう。しかし、そんなことを主張する人は、一人もいません。朝日新聞だって、「中国やフィリピンから外国人労働者を受け入れよ」とは何度も主張しますが、「苦しんでいるパレスチナ人を受け入れよ」と主張したことは、ただの一度もありません。
つまり、何もしなければ、民族絶滅するしかないんですよ。絶滅するか、戦って死ぬか、二者択一。「屈辱の中での平和」なんていう選択肢は存在しません。

なお、以上は、私の考えではなくて、イスラエルの国家的方針です。「たとえ少しでもパレスチナ人が生きている限り、安心して眠れない。ゆえにパレスチナ人を一掃せよ。隣人としては生かしておけない」という発想。
民族粛正です。昔自分たちがやられたように。
Posted by 管理人 at 2009年02月12日 20:36
入植地という意味ではイスラエルもパレスチナも同じ歴史的経緯だったかと。
 その意味では双方が争わざるをえないのも仕方の無いことではあると思います。

 ただし、停戦期間終了後の市民に対する無差別攻撃という点ではハマスが先に手を出しましたが、それに対する報復が大規模侵攻ではイスラエル側がより非難されるのもむべなるかなという気はします。

 他宗教民族の粛清という意味では、キリスト教の十字軍、イスラムのジハド、仏教のバラモン排斥等どんな宗教でも大なり小なり同じ側面があり、最終的には宗教という概念への否定になりかねませんからここでは言及しませんが。
Posted by riu at 2009年02月13日 18:58

 言わずもがなかもしれないけれど、私の考えを示しておきます。

 イスラエルが攻撃しなくなるとしたら、パレスチナ人が攻撃しなくなったときです。パレスチナ人が攻撃しなくなるとしたら、攻撃しなくても生きながらえると感じたときです。
 とすれば、そのためには、世界の人々が、パレスチナに愛の手を差し向ければいいわけです。そうすれば、パレスチナ人っは、「世界に愛されている」と感じて、自暴自棄になることもなくなくなるでしょう。
 しかし現実には、世界の人々はパレスチナ人を見捨てています。「あいつらは勝手に殺されればいいんだ」と思って、平気でいて、何もしません。

 ここまで言えば、わかるでしょう。パレスチナに戦争をもたらしているのは、世界の人々なのです。一人一人がエゴイスティックに生きているから、この世界からは戦争が絶えないのです。

 だから私は、ジョンレノンのイマジンをしばしば引き合いに出すわけです。戦争をなくすものは、理性や知性や武器ではなくて、人間の愛です。……ただし、現代においては、それが最も困難なのでしょうが。
Posted by 管理人 at 2009年02月13日 22:50
そもそもパレスチナが過去と現在置かれている状況を知らない、または理解できていないから、平和ボケや軍事オタクの視点からのコメントが出てくるのでしょう。
何でパレスチナは攻撃しなければいけないハメになったのか。
水もまともに飲めないような地域に押しやられ、隣の「入植者」に頼んでも分けてくれない(くれないどころか攻撃される)。世界に訴えてもまともに問題を取り合ってくれない。
パレスチナ側にこぶしを振り上げるしかない原因を作り出しているのは、イスラエル側と世界の無関心だ。
※もっとも「無関心」の状況を作り上げようとしているのも、力の大きい勢力側だと思うが。

イスラエル側にも犠牲者がおり、確かに痛ましい。
だが、こんな状況で世間一般で言われる「喧嘩両成敗」が成立するとはとても思えない。

平和ボケした目や軍事オタクの視点ではなく、今までのパレスチナ、今のパレスチナのありのままを見ようとするとが重要だと思うのですが、
報道できる機関が少なすぎる。また我々に知ろうとする姿勢もなさすぎる。
管理人さんがYoutubeで紹介してくれているのが救いだと思います。
Posted by laph at 2009年02月13日 23:41
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