まさしくその通りだ、と私は思う。 ──
「ゲーム脳」という言葉は、ある学者が唱えたもので、「コンピュータ・ゲームが人間の脳に生理的な悪影響を及ぼす」という仮説だ。
→ Wikipedia
具体的に言うと、脳の生理構造が悪影響を受けて、何らかの化学物質(脳内物質)の分泌などに影響して、精神疾患っぽくなる……ということだ。
このことは、ただの仮説であるが、現実には、こんなことはほとんどありえない。その意味で、上記の意味での「ゲーム脳」という概念は、医学的には否定されている。「トンデモ」扱いされても仕方ない。
──
ところが、例のトンデモマニアという連中がいる。 (^^);
こういう連中は、「ゲーム脳」という概念が否定されたということで、「ゲーム脳」という言葉を見ると、「そんなことを言うやつはトンデモだ!」と大騒ぎする。ま、2ちゃんねらーと同じで、お祭りだ。連中はやたらとお祭りが大好き。 (^^);
そこで、連中をからかう意味で、わざと「ゲーム脳」という概念を正当化してみよう。(またモルモットの収集です。 (^^); )
──
「ゲームをすると、脳が生理的に変化する」
ということは、ありえないだろう。しかし、次のことならば、ありえそうだ。
「ゲームをすると、脳が機能的に変化する」
これは別に、不思議ではない。なぜなら、人間の脳はたえず、機能的に変化しているからだ。そのことが具体的に現れるのが「教育」「学習」である。あれこれと学ぶことで、脳の機能があれこれと高められていく。
さて。ここにゲームが入ると、どうなるか? 教育の効果が、ゲームによって現れる。たとえば、例として、いくつかを上げよう。
(1) 漢字学習
DS用のゲームソフトには、漢字学習ソフトがある。
DSソフト 「200万人の漢検」,「THEどこでも漢字クイズ」
これによって、漢字学習の教育効果が出る。これも、ゲームによる、脳の変化の一例だ。(明らかに好ましい効果)
これによって漢字能力を高めた子供は、その頭が「ゲーム脳」の効果で改善した、と言えるだろう。
( ※ いちいち「ゲーム脳」と言うほどじゃない、と思うかもしれないが、これはただの導入部。悪いことを学ぶ例の前に、良いことを学ぶ例を示しただけだ。)
(2) 脳年齢
DS用のゲームソフトには、「脳年齢」を測定するソフトがある。
脳を鍛える大人のDSトレーニング
これによって脳年齢がわかる、と言われる。これはベストセラーになっている。おかげであちこちで、「ぼくの脳年齢は?」などという会話がなされる。
さて。この「脳年齢」は、どういうふうに決まるか? 次のようになるそうだ。
「20歳を最高として計算する。加齢するほど、数値が下がる」
馬鹿じゃなかろうか? こんなことで出す数値は、滅茶苦茶の極みだ。
たとえば、単純な短期記憶ならば、20歳ではなくて、10代の半ばが最高だろう。
一方、思考力ならば、20歳なんてガキのレベルにすぎない。20歳の大学教授なんていないでしょう。大学教授に聞いてみればわかるはずだが、自分の能力がまともになったと言えるのは、(分野によって違うが)だいたい 30歳ぐらいになってからのはずだ。そのあと、40歳ぐらいまでは、どんどん成長する。それ以前の20歳なんて、あまりにも青二才であって、恥ずかしくて人前に出せない程度の知力であったはずだ。
要するに、思考力というものは、30〜40歳まではどんどん向上する。そのあとは個人差があるが、50〜60歳ぐらいまで伸びることも多い。(経験力が加わっているので、思考の基盤が大きい。回転速度は鈍っても、思考の基盤の差がものを言う。院生レベルでは、逆立ちしてもかなわない。)
こういうふうに、思考力というものは、どんどん成長するものだ。にもかかわらず、
「20歳が最高で、以後は脳力は衰えるばかり」
というような判断を下すのは、頭がイカレているとしか思えない。(脳年齢が低すぎる。 (^^); )
たとえば、父親が計測して、
「あなたの脳年齢は 40歳です」
と言われたとしよう。それならば、子供は、
「すばらしい。さすがにお父さんですね」
と思うのなら、まともだ。ところが、
「何だあ、お父さん、能力が落ちているね。僕は 20歳の脳年齢だから、僕の方がずっと若々しくて利口なんだ」
なんて思う子供がいたら、あまりにも狂っている。「20歳だから未熟だ」と思うべきなのに、「20歳だから利口だ」と勘違いしている。あまりにもイカレた判断だ。
そして、こういうイカレた価値観(脳力は 20歳が最高だという価値観)を流布させるのは、イカレた頭の大学教授だ。
ま、「それで計測しているのは、ただの単純作業の数値だけです」と注釈しておけば、特に問題はないかもしれない。ところが、その注釈は、ほとんど理解されていない。単に、
「年を取ると頭が悪くなる」
という曲解ばかりが、世間に出回る。
そもそも、単純作業だけを計測して「脳年齢」なんていうのを見るという発想自体が、根本的に狂っている。(「脳年齢」ではない、別の名前ならともかく。)
そして、こういう曲解を世間に出回らせたのが、当のゲームの弊害だ。このゲームが大好きな連中は、「年を取ると頭が悪くなる」という馬鹿げた認識をするようになる。誤った嘘を学ぶようになる。……ゲームによる悪影響の見本。その悪による社会的な弊害は、見過ごせないほどひどい。
実際、現在、子供が大人や老人を馬鹿にするようになっている。昔ならば「老人を尊敬しよう」という風潮が一般的だったのに、今では「老人は軽蔑しよう」という風潮ができている。ここには、ゲームの影響が及んでいる。ゲームが子供たちの脳や思考を歪めている。(このゲームのせいだけではないだろうが、このゲームによる弊害は明らかにあるだろう。洗脳効果。)
(3) 攻撃型ゲーム
「相手を攻撃することで得点を得る」というタイプのゲームがある。攻撃型ゲーム。……これは、ゲームの主流であり、広く普及している。
こういうゲームを、昔の子供たちの好んだものと、比較してみよう。
《 昔のもの 》
・ ゲームではなく、アニメが多い。自分は見るだけ。
・ 「勧善懲悪」タイプが多い。「正義の味方が悪をやっつける」。
・ 「スポ根」タイプも。「つらい努力をして成功する」。
《 今のもの 》
・ 自分で操作する、攻撃ゲームが多い。
・ 自分が相手をやっつける。(特に暴力をふるう。)
・ 攻撃の目的は、自分のポイントを高めるため。
・ ポイントを高めることで、財産や美女を獲得する。(例外あり)
対比すると、次のようになる。
「昔のものは、自分のためではなく、社会のためだった。社会を破壊する悪党を懲らしめるために、正義の味方が自己犠牲をして、命を惜しまず、努力する。そのヒーローとしての行為に、子供たちが感動して共感する」
「今のものは、社会のためではなく、自分のためである。おのれのエゴのためである。『愛のため』というふうに美化することもがるが、しょせんはおのれのエゴのためにすぎない。他人のために自己を犠牲にするのではなく、自己の欲望を満たすために他人を攻撃する。その攻撃を正当化するために、他人が『悪』という装いをしているだけだ。根本的には、『自己のエゴを満たすために他人を攻撃する』というタイプだ。そして、他人を攻撃するためには、何らかのつらい努力をするのではなく、単にポイントを稼いでアイテムを集めるだけだ。裏技などを知っていると有利なだけ。必死に努力するよりは、こすからくカンニングをして利益を得ようとする。そして、最終的には、富と美女を得て、大喜び」
要するに、昔と今とでは、正反対である。
・ 昔 …… 悪の親玉が、富と美女を得ようとして、社会を破壊する。
・ 今 …… 自分を善と自惚れている人が、富と美女を得ようとして、相手を「悪」と呼びながら攻撃する。
* *
比喩的に言えば、次の差だ。
・ 昔の例 …… ナチスによる破壊を阻止しようとして、米国が犠牲を払った。
・ 今の例 …… イラクを勝手に「悪」と呼んで、イラクを大量破壊。
要するに、ルーズベルトとブッシュ(父・子)との違いがある。
ルーズベルトは、高尚な精神ゆえに、米国を犠牲にして、ヨーロッパをナチスから守ろうとした。正義のための自己犠牲。
ブッシュは、エゴイズムゆえに、イラクで権益を得られると思って、イラクに侵攻した。そのために「フセインは悪魔だ」というふうに、相手を悪に仕立てた。自分の攻撃を正当化するために、相手を悪と見なした。
ブッシュがイラクを攻撃した名分は、「フセインが大量破壊兵器をもっているから」であった。しかし現実には、フセインは大量破壊兵器を持っていなかった。相手を「悪」と見なすために、「大量破壊兵器」という容疑をかけたが、それはまったくの嘘八百だったのだ。
その一方で、ブッシュはイラクを徹底的に破壊した。大量破壊をなしたのは、フセインではなくて、ブッシュだった。ブッシュがいかにイラクを破壊し尽くしたかと言うことは、最新の読売新聞にもある。( → 読売・朝刊 2009-02-01 )
たぶんブッシュは、ゲーム感覚で、戦争を始めたのだろう。「悪を攻撃して、自分のポイントを上げよう」と。
ブッシュはコンピュータ・ゲームをやっていたか、と言えば、やっていないだろう。しかし、ゲームをやっていると、ブッシュみたいな思考構造を取るようになるものだ。
つまり、コンピュータ・ゲームをやる効果は、「ルーズベルトでなく、ブッシュのようになる」ということだ。ここでは「ゲーム脳」と「ブッシュ脳」は、ほぼ同義である。脳の生理構造が同じというよりは、脳の思考構造が同じになる。
人々が攻撃型のゲームをやればやるほど、人々はブッシュ化していく。これもゲームの効果だ。
(4) 萌えゲーム
萌えキャラばかりに惹かれて、現実の女性に惹かれなくなる……という弊害。オタクの問題。(何度か言及したので、改めて言及することはしない。)
[ 付記 ]
こういうふうに私が書くと、例のトンデモマニアが、大騒ぎするだろう。
「それが正しいと実証せよ! 実証もしないで唱えるのならば、非科学的だ! そんなことを言うやつはトンデモだ! まだ証明されていないのだから、ゲームは決して悪影響を及ぼさないのだ!」
ここにどういう論理ミスがあるかは、すでに述べたとおり。
トンデモマニアというのは、思考力が低下しているという意味で、ゲームの悪影響があるのかもね。 (^^);
これは案外、冗談ではない。次のことがありそうだからだ。
「 ゲーム好き → 読書不足 → 読解力低下 → トンデモマニア 」
ゲーム好きのせいで、トンデモマニアになる、というわけ。その攻撃性も、ゲームのやりすぎで説明される。風が吹けば桶屋が儲かる。
( ※ と書くと、「そんな誇大なことを言うやつはトンデモだ!」と連中は騒ぐだろう。…… ただ今、モルモット収集中。 (^^)v )
[ 余談 ]
「脳年齢」なんていう言葉を使うのは、ほとんどトンデモと言える。
だから、例のトンデモマニアたちは、本当にトンデモつぶしを目的とするのならば、ニンテンドーを批判すればいいのだ。
しかし連中は決して、ニンテンドーを批判しない。なぜなら、ニンテンドーは強者だからだ。連中が攻撃する相手は、常に弱小の個人であり、強者を相手に戦うことはない。
で、ニンテンドーのような強者を攻撃するのが、私である。するとたちまち、トンデモマニアたちが、「そんなことを言うやつはトンデモだ!」と騒いで、蛾のように集まってくる……だろう。 (^^);
【 追記 】
「脳年齢」などというものが専門家から見ればトンデモ同然だということは、次のサイトでも示されている。(理研の研究者のページ)
→ http://www.brain.riken.jp/bsi-news/bsinews33/no33/network.html
以下は余談。
私がこれを見つけたのは、上記の本文を書いたあとだ。他にも同じことを言っている人はいないかと思って調べたら、二〜三人ぐらいはいるようだ。ただ、警告を鳴らす程度であって、私のように厳しく指弾する人はいないようだ。(私の場合には、批判される相手が明白化されている。会社とソフト開発者がともにはっきりとわかる形。)
トンデモマニアが本当に世間の「トンデモ」を批判する気があるのであれば、私のように、はっきりと指弾すればいいのだ。
「ここがおかしい」(論理的に明白化する)
「誰それがおかしい」(検索すればすぐにわかる形で明示する)
こういう形ではっきりとインチキを指摘すればいい。しかし、例のトンデモマニアは、そういうことは決してしない。彼らがやりたいのは、トンデモを批判することではなくて、単に他人の悪口を言って、自分の傷をなめたがることだけだ。
そこで、腰抜けの彼らのかわりに、私が堂々と「真のトンデモ」を批判するわけだ。「こういうふうに批判するべきだ」というふうに批判の見本を示して。
──
なお、上記の理研の研究者が批判したことは、直接的には、次の宣伝文句だろう。かんたんな計算・音読などの問題をすらすら解くことで、脳を活性化することができるのです。東北大学・川島教授が最新脳科学で実証したトレーニングで、毎日楽しく効果的に脳の若返りを!あまりにも馬鹿げた内容だ。どこがおかしいかを、いちいち素人に説明する気はないが、こんな嘘を信じてはいけない、ということを私ははっきり指摘しておく。
( → 脳年齢ソフトの宣伝文句 )
( ※ ほとんど当り前のことだから、説明はしない。本当は、トンデモマニアが批判してくれればいいのだが、連中は、私を批判することに熱中していて、脳年齢ソフトを批判する気はないようだ。 (^^); )

ルーズベルトを褒めたいわけじゃなくて、「ブッシュに比べれば」という留保つきで考えてください。ここで書いていることは、ルーズベルトへの称賛ではなくて、ブッシュへの批判です。
なお、少なくとも、ルーズベルトが何もしなければ、ヒトラーは欧州を制圧して、欧州はナチス帝国になっていたはずです。歴史は大きく変わっていたでしょう。
ま、日本が真珠湾を攻撃して、ルーズベルトを助けてあげたのかもしれませんが。高尚なのは日本軍だったか? (^^);
あと、人種差別は、米国民全体の問題であって、ルーズベルト一人を責めても仕方ない、という気もします。彼一人が何かしたわけでもないので。
ただ外を歩いて、物事を見聞きするだけでも、そこから得る情報量は、大人の倍以上在るのでは無いのでしょうか....
(大人には既知の情報でも、子供にとっては未知のモノが溢れており、また、先入観や固定観念などの弊害も少ないかと....)
本来、成長していく為に備わっている集中力や学習能力を、ゲームという「狭い世界」に奪われ過ぎるのは、その個人の成長に大きな障害を与えている様な気がします。
つまり、普通に生活しているだけで、自然と身に付いていくはずの知識や判断力、思考力や礼節、そして他を思いやる心など、これらの「生きていく為の力」を養う大切な「時間」が奪われ続けているのではないでしょうか....
親の言動にも薄い反応しか示さず、DSに夢中になっている友人の子供達を見て、怖さを感じる今日この頃です。
卒善懲悪→勧善懲悪でいいんですよね?
わざわざググってしまいましたが
いや,ミスタイプ,誤字はいつも
適当に読み直しているんですが
どういう間違いをすればこうなるか
と興味をもったまでで
システムエラーです。このブログ、システムが古いせいで、編集をするうちに、ときどきエラーが起こる。文字の一括置換。
かわる文字はほぼ一定で、「卒」や「臓」などの文字に置換される。置換元の字は不定で、置換後の字はほぼ一定(5種類ぐらい)。同じ文字がすべて置換される。
今回も4種類ぐらいなおしたのですが、まだ一つ残っていたんですね。ご指摘ありがとうございました。
(そんなブログやめちまえ、という案もあるが、他のブログにはないメリットが大きいので、こっちを使っています。)(エラーをほぼ回避する方法もあるので、今後はそうする予定。)
> ルーズベルト
また別のコメントが来ましたが、掲載しません。話がどんどん逸れていくので。
これはあくまで比喩の話です。ルーズベルト論議は別のところでどうぞ。
脳の機能が変化する原因になり得るというところに共感します。
自分が思い通りになるゲーム機では機嫌良く遊べるが、そうはならない生身相手のゲーム(将棋やトランプ、すごろくのようなもの)の結果を受け入れられずソッポを向いてしまうことがあります。
ゲームの世界は、商売のためにプログラマによって造られたもので、攻略方に基づいてボタンを上手に押すだけで自分が好きなように振舞え、いい気持ちになれるようにしてあります。結果が気に入らなければリセットしたり別のゲームの世界に住み替えることも出来ます。
対して実際の世の中は、世の中の広さと深さ、己の小ささ、そして良し悪しを含んだ他者との関わりに対峙して、それらを自分なりに消化せねばなりません。うまく行かなくて当然なところが全く違います。
そういった経験を積むための時間を、ボタンを上手に押せるための練習に浪費してしまうのは大変もったいないと思っています。
そんなことを伝えようとしていますが、親の小言と冷酒は後で効くと昔の人はうまいことを言ったもので、今はなかなか苦戦中です。
後で効いてくれれば良いのですが。(^^;
(1) ゲーム機は取り上げる。決して使わせない。
(2) 本やオモチャを与える。
(3) 小言は言わない。愛情を与えて、「愛情ゆえにゲーム機を与えないんだ。おまえのことを大切にしているからこそ与えないのだ」と伝える。ゲーム機の有害性も示す。
(4) いっしょに遊んであげる。スキンシップ。
頭ごなしに叱りつけるのは無意味です。教育は短時間の単純な小言では駄目です。じっくり時間をかける必要があります。
私のお勧めは、「ひまわり」という遊び。
→ http://oshiete1.goo.ne.jp/qa3736273.html
これは楽しかったなあ。男の子と女の子たちが突っつきあって。女の方が大きいから、女の方が優勢だったりする。 (^^);
ネットを探してもあまり見つからないから、今ではすたれてしまったのかも。かわいそうな子供たち。
教えてあげる大人がいるといいんですけどね。
いつも読ませて頂き、参考にさせて頂いております。
ゲーム機に関して、1は時々生活態度が悪い時にしておりました。
今後も2と4を進めつつ、3、1に移行してみます。
じっくり時間と愛情を掛けて・・・頑張っているつもりですが難しいです。
自分自身元オタクで、なかなか親の気持ちになりきれていなかった部分がありましたし。
子供の頃の外遊び、懐かしいです。
暗くなってヘトヘトになるまで遊んでいました。
そういえば、ゲーム機(任天堂のゲームウォッチ)も持っていましたが、外遊びの方が好きでした。
管理人さんご紹介のひまわりはやったことがありませんが、下記のような遊びをしていました。
十字架(私は十回まわり、などと呼んでいました)
http://www2.ocn.ne.jp/~happyman/Tanbojyujika.htm
けいどろ(刑事と泥棒に別れる鬼ごっこ)
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q129997187?fr=rcmd_chie_detail
一番楽しかったのは缶けりでした。
http://www.tsubamesanjo-jc.or.jp/kodomo/kankeri.htm
隠れながら缶に忍び寄り、仲間を助ける快感が良かったです。
他にもザリガニを捕まえて戦わせたりフナ釣りをしたりしてました。
「僕もやってみたい!」「あたしもやりたい!」
忘れてしまったルールも、今はwebで簡単に見つかりますし、住宅地なら公園も一定の割合で設置されていますので、子供たちさえその気になれば再開出来るかも知れませんね。
ありがとうございましたm(__)m
それは、人とのコミュニケーションにおいて、質や間(ま)よりも効率やレスポンスを無意識のうちに求める傾向に向かいつつあるような気がすることです。
コンピュータやインターネットの技術が進んで、ボタンを押したら即結果が得られる、という生活になれすぎているためなかあと思います。
妻や子供と会話するときに、効率やレスポンスを求めるとよくない結果を生みますので、注意が必要です。
そういう意味で、子供からゲームを取り上げるのに加え、パソコンやインターネットとの付き合いも制限する必要があると思いますが管理人さんはいかがお考えでしょうか?
http://openblog.meblog.biz/article/1588.html
http://openblog.meblog.biz/article/159147.html
> パソコンやインターネットとの付き合いも制限する
まず私から始めなくっちゃ。冷や汗。 (^^);
──
なお、ゲームの弊害の問題については、私は私なりの見解を出しますが、他の人に私の意見を押しつけるつもりはありません。各自が自分で考えてください。
そもそもこれは、他人に迷惑をかける問題ではなく、自分の人生をどう生きるかの問題ですから、各人が自分で決めるべきなのです。私としては、個人的な意見を出しますが、それはあくまで参考に留めてください。(私としても押しつけるつもりはありません。)
私は半側空間無視の後遺症と片麻痺の後遺症を持つ男性ですリハビリの一環として、脳トレゲームや同様の記述をよく見ています。ゲームは目に良くないという一面があるようですが、脳の活性化には良い効果があると聞きました。自分としては病気を治して、社会への復帰を望んでいるのでがんばります。
ゲーム機なんかでリハビリ効果はほとんどないと思います。失われた能力を回復することは非常に困難なので、それよりは、残った能力によって一人前に生活できることの方が大切です。
はやぶさを思い出してください。残った能力を使うことで、使命を完遂しました。壊れた機能を戻そうとするより、残った機能を最大限に発揮することの方が大切です。
なんか、とても「ホっ!」とする内容ですね。
>「ゲームをすると、脳が機能的に変化する」
仰る通りですね、私の考えた理屈で申しますと、
人が『TVゲーム類』に『必死・熱中・夢中』という『強いストレス状態』の『脳』では、
恋愛感情と同様の『快楽』を司る『脳内物質』が多く分泌されている人間がとても多く存在し、
そのことにより、そのような人間は、やがて『TVゲーム類』に対する『愛情・執着』を司る『脳内物質』が増加し、
いつしか、何を置いても『TVゲーム類』『様・さん・ちゃん』を守ろうとする『TVゲーム類・ナショナリズム』を持つようになる。
それ故に、
>「ゲーム脳」という言葉を見ると、「そんなことを言うやつはトンデモだ!」と大騒ぎする。
ということになるのでしょう。
ようするに、
★「『TVゲーム類』は『TVゲーム産業』を守る兵隊さんを造るための『洗脳・マインドコントロール』装置」★
ということですね。
それでは、どうも失礼いたしました m(_ _)m 。