2009年01月06日

◆ パラサイトシグナル

 生物学の話題。(細胞進化の話。)
 ミトコンドリアや葉緑体が、それを含む細胞本体のDNA複製を制御している、ということが判明した。その意味を考える。 ──

 ミトコンドリアや葉緑体は、細胞本体に含まれる。真核生物におけるこの関係については、リン・マーギュリスの「細胞内共生説」が有名だ。ほとんど定説と言っていい。(詳しくは Wikipedia 参照。)
 
 ここで、ミトコンドリアや葉緑体は、細胞本体と、どういう関係にあるか?
 「前者は後者に含まれているのだから、前者は後者に制御されている」
 というのが、従来の見解だった。(一応の定説。ただし、証明されたわけではない。)

 ここで、定説に反することを唱えると、「トンデモだ!」と批判されるはずなのだが、例によって今回もまた、定説に反することが事実であると証明された。それが今回の実験結果。
 簡単に言うと、次の通り。(朝日・夕刊 2009-01-06 )

  ・ シゾンという原始的な単細胞藻類を調べた。
  ・ そこには、ミトコンドリアや葉緑体(= 小器官)が含まれている。
  ・ シゾンの増殖過程では、次の順でDNAが複製がなされた。
      小器官のDNA複製 → 細胞核のDNA複製
  ・ 小器官のDNA複製を薬剤で阻害すると、細胞核のDNA複製も停止。
  ・ 小器官のDNA複製時できる物質を与えると、細胞核のDNA複製が開始。
 以上のことから、次のことがわかる。
 「小器官が、この物質(テトラピロール類)を通じて、DNA複製の信号を送り、細胞増殖を制御している」

 こうして、従来の定説が覆されたことになる……というのが、記事の趣旨だ。

 ──

 これについて、私なりにコメントを加えておこう。
 この実験結果は重要なのだが、その解釈がいささか曖昧である。
 「細胞 → 小器官」
 という制御の順が否定されて、逆に、
 「小器官 → 細胞」
 という制御の順が示された、……というふうに読み取れる。しかし、それは、妥当ではあるまい。むしろ、次のように解釈するべきだ、と思う。(私の考えでは。)

 ──

 そもそも、話の根源から考えよう。「細胞内共生説」によれば、細胞本体と、小器官とは、由来が別々である。そこでは、「一つのものから発展的に生じた」という形は取られず、「まったく別々のものが後でたまたま共存するようになった」というふうになる。
 とすれば、そこでは、「共存」を可能にする原理が必要だ。そのなかでも特に、「分裂の時期を一致させる」ということが最重要になる。……なぜなら、別々のものがそれぞれ勝手に分裂の時期を決めたとしたら、(真核生物の)細胞分裂は不可能になるからだ。
 ここでは、「時期の一致」が非常に重要になる。この点に着目しよう。

 では、その時期は? 両方が「あ・うん」の呼吸で決めることはありえないから、一方が他方に指令を出すはずだ。では、どちらが先か? 次の二通りが考えられる。
  (1) 細胞本体 → 小器官
  (2) 小器官 → 細胞本体
 そのどちらか? 

 (1) は、ありそうだが、機構的にはちょっと難しそうだ。「細胞本体が小器官を制御するための能力をもつようになる」ということは、ほとんどありえそうにない。細胞本体は、そういうことをしたいだろうが、小器官は、その言うことを聞いてくれそうにないのだ。そういう仕組みが都合良くできるとは、考えられない。(ただしダーウィン進化論を信じる人々ならば、「ちょうどうまくそういう進化が起こったのさ」というご都合主義を取るだろう。しかし物理化学的に考えるなら、そういうご都合主義が成立する確率[小器官が都合よく進化する確率]はゼロに等しい。)

 (2) は、簡単だ。なぜか? 次のことが起こるだけでいいからだ。
 「小器官が分裂するときに、何らかの物質を分泌する」
 これだけでいい。今回の例では、それはテトラピロール類という物質だった。しかし本当は、別のものだって良かったのだ。何でも良かったのだ。とにかく、それが分泌された。そのことを、細胞本体は、検知する。検知したら、それを「小器官の細胞分裂」と認識して、自分もまたDNA複製を開始すればいい。

 この(1)と(2)の違いは、「進化が、小器官で起こるか、細胞本体で起こるか」という違いだ。
 (1) では、小器官が進化するが、そんな進化が都合よく起こる確率はゼロに等しい。
 (2) では、細胞本体が進化するが、その進化が都合よく起こる確率はとても高い。なぜか? 細胞本体には、もともと「さまざまな物質のレセプター」がたくさん用意されているからだ。そのレセプターのうちの一つがちょっと変化するだけで、「テトラピロール類のレセプター」となる。それが「細胞本体のDNA複製の開始」という作用を引き起こすようになればいい。そのくらいの進化ならば、容易に起こる。

 ──

 以上をまとめて結論すると、次のように言える。
 「テトラピロール類は、細胞本体のDNA複製について、その全体を制御しているのではない。では何をしているのかというと、細胞本体のDNA複製について、その時期を制御しているのだ。DNA開始の時期をいつにするか、という時期を。……つまり、引き金の役目を果たしている。それだけだ」

 この意味から、次のことも結論される。
 「細胞本体のDNA複製について、その全体を制御しているのは、もちろん、細胞本体である。ただし、その制御には、ただ一つ、『いつ』という時期指定の制御だけが欠けている。つまり、引き金が欠けている。それを果たすのが、小器官のテトラピロール類だ」

 これについては、さらに次のことが推定される。
 「共生する以前では、テトラピロール類に相当するものは、もともとの細胞本体の側に備わっていたはずだ。しかし、共生した後では、その機構が作用停止した。かわりに、小器官のテトラピロール類が、作用を勤めるようになった。……こうして、細胞本体と、小器官とが、DNA複製の時期をほぼ一致させることが可能になった」

 ──

 以上が、今回の実験についての、私の解釈である。
 
 ( ※ なお、「パラサイトシグナル」というのは、テトラピロール類の作用を一種の信号と見なして、そういう名前で呼んだもの。……私に言わせれば、センスのない名前ですね。私だったら、「同期信号」と呼びたいが。)

( ※ 蛇足だが、この「パラサイトシグナル」という変な名前は、「パラサイト・シングル」のもじりだろう。たぶん。 …… こんなところで、オタクを皮肉らなくてもいいのにね。 (^^); )
 


  【 追記 】
 この「パラサイトシグナル」におけるミトコンドリアの役割は、「アポトーシス」におけるミトコンドリアの役割に、似ているようだ。
 「アポトーシス」においては、ミトコンドリアによってカスパーゼという物質(タンパク質分解酵素)が活性化される。そのせいで、細胞にアポトーシスが起こる。
 ここで注意。カスパーゼは毒物ではない。つまり、カスパーゼそのものが細胞を死なせるのではない。細胞が死ぬ機構(自殺する機構)は、あくまで細胞そのものに備わっている。カスパーゼがなすのは、その機構のスイッチを入れることだけだ。
 こういう発現経路もまた、本項で述べたことに似ているだろう。

 《 参考 》

 以上のことから、重要なことが推論できる。こうだ。
 「アポトーシスは、細胞死と見なされているが、その本質は、細胞全体の死ではなく、真核生物におけるだけの死であろう。そして、核だけの死が、結果的に細胞全体の死をもたらす」

 DNA複製のときには、核だけのDNA複製をもたらす。これは、ミトコンドリアによる核への操作である。
 同様に、アポトーシスのときには、核だけの死をもたらす。これも、ミトコンドリアによる核への操作である。
 一般に、核全体への操作は、核自身はなしえない。そこで、核の外部にあるミトコンドリアが、核全体への操作をなすのであろう。
 以上のような形で、DNA複製やアポトーシスというものを理解できる。(私の仮説的な理解。定説ではないので注意。)



 [ 余談 ]
 「例によって今回もまた、定説に反することが事実であると証明された。」
 と上に述べた。これを怪訝に感じる初心者もいるだろが、実はこれは当り前のことである。あらゆる研究成果は、定説通りではないのだ。むしろ、定説に反するのが普通だ。
 なぜか? 定説通りならば、研究にはならないからだ。当り前だ。
 たとえば、百科事典や教科書には、定説が掲載されている。それをそっくりそのまま書き写して、学界で「私の研究成果です」と発表したら、袋だたきに遭うはずだ。 (^^);
 研究というものは、「定説に反するもの」や「未知の事柄」を解明したときに、初めて意味をもつ。科学というものは、常にそういう形で発展してきた。
 
posted by 管理人 at 21:00| Comment(2) | 生物・進化 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
本項の執筆後に判明したことだが、研究者本人がプレスリリースを発表している。(ついさっきは見つからなかったのだが。)
  http://www.h.chiba-u.jp/archives/2009/01/post-25.html

 ここには、次の文章がある。
 ──
 夢物語と考えられてきた小説(映画)「パラサイト・イブ」の世界(ミトコンドリアが意思を持ち,宿主の人間の支配を企てる(注3))が、少し現実味を帯びてきたのかもしれません。
 ──
 これは「ミトコンドリアが細胞本体の全体を制御する」という発想である。
 やっぱりね。そう思っているんじゃないか、と予想していたら、案の定だ。
 それゆえ、そのことを否定する本項には、意義があるだろう。

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 《 余談 》
 「ミトコンドリアが細胞本体の全体を制御する」
 というのは、ほとんど「トンデモ」に近い発想なのだが、そういうのを否定する(まともな)私の方を批判したがるのが、例のトンデモ騒ぎの連中だ。あはは。 (^^) 
 トンデモ騒ぎをする連中ってのは、自分自身が(まともよりも)トンデモを支持したがっているわけだ。自縄自縛。
Posted by 管理人 at 2009年01月06日 23:43
一本のニュース記事だけからここまでお考えになることに驚きました。

その助けになるか分かりませんが、いくつか注釈を入れさせてください。


> (1) 細胞本体 → 小器官
この可能性を「ない」としていますが、充分ありえる話です。
むしろ、直感的には(1)の流れの方が自然で、(2)の小器官ゲノム遺伝子産物が核分裂を制御することの方があり得ないと思います。

(1)の場合、小器官ゲノムが昔持っていたDNA複製にかかわる因子の遺伝子が、核ゲノムにコードされていればいいわけです。
(共生の初期に、小器官ゲノム遺伝子の多くは核ゲノムに移行していることが知られています。)
これなら、作られた因子がきちんとミトコンドリアに輸送される仕組みさえあればOKです。
(いや、その輸送の仕組みの成立についてが、正に頭を悩ませる点ではあるのですが。)

(2)の場合、細胞核は、共生するために(a)細胞核の分裂という、極めて複雑巧妙で極めてストレスに敏感な現象を制御する新たなメンバーとして小器官ゲノム遺伝子産物を迎え入れるか、(b)細胞核に「小器官ゲノム遺伝子産物の受容体」という新たな構造を用意するかしないといけません。
だから、大抵の研究者は「(2)の経路なんてないだろーな、あっても必須じゃないだろーなー」と考えていたと思います。



>アポトーシスは、細胞死と見なされているが、その本質は、細胞全体の死ではなく、真核生物における核だけの死であろう。そして、核だけの死が、結果的に細胞全体の死をもたらす

分裂制御とアポトーシスとを関連付けて思考実験するというのは非常に面白い視点だなあと感心してしまいました。
ただ、これについては正確ではないところがありますね。

アポトーシスの経路については結構分かってきています。
その中で、まず、細胞質のとあるタンパク質がミトコンドリアに移行することでミトコンドリアから複数の因子が漏れ出てくることが分かっています。
有名なのはチトクロムCですね。
チトクロムCを含む複数の因子の漏出は、最終的に、細胞核や、小胞体、リソソームなど多くの細胞内小器官へのシグナルとなっていきます。
また、ミトコンドリアを介さないアポトーシス経路も存在していて、実際にアポトーシスが起きるときには複数の経路が同時平行していると考えられています。
つまり、アポトーシスとは「核だけの死」ではなく、細胞の構成物総動員のでかいお祭りなのです。
まあ、総動員で死ぬ準備をする、というのがアポトーシスのそもそもの肝でもありますからね。


>これは「ミトコンドリアが細胞本体の全体を制御する」という発想である。
>やっぱりね。そう思っているんじゃないか、と予想していたら、案の定だ。
いや、研究者の名誉を守るために言いますがそれはありえません。
生物学の研究者が、たった一種の因子、たった一種の経路だけでとある生命現象が制御されているなんて、全く考えることはないです。
ましてや、核分裂という、生命現象の本丸においては、ジョークにもなりません。
しかもその論拠が、たった一本の論文だなんて。

生物学の学部教育の段階でそうした単純な機械論的生命観はなくなるはずです。
なくならなかった人間が、今回のような仕事を成し遂げるような普通の研究者にはなれないでしょう。

というか、制御因子自体すでにいくつも発見されています。
テトラピロール類を含めて数十もの制御因子があり、実行因子も含めれば数百もの因子が分裂に関与しているのです。
テトラピロール類が特殊な扱いを受けるのは、それが、「研究者の多くが考えてなかった小器官由来の制御因子」だからです。

ただ、素人のインタビュアーに対して分かりやすく話をするとき、また、研究費の請求などで自身の研究成果を最大限アピールしなきゃいけないときなんかは、「自分が発見したこの経路がこの現象に最重要で、発見にはすごい意義がある」なんて言い方をしますけどね(苦笑)。
それは、自分の研究内容への誇りであり、素人の理解増進のための親切心であり、研究生活を続けるためのちょっとした小手先技術です。

この研究者らはすでに、管理人さんが思考実験したようにテトラピロール類が、核分裂のどの時期に作用しているのか仮説を立てて実験を開始しているはずです。うまく行けば2,3年中に論文が出るかもしれませんね(新聞報道されるかどうかは分かりませんが。)。

それでは。長文で申し訳ありません。
他のエントリも読ませてください。
Posted by ハサ at 2009年01月16日 14:17
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