2008年11月06日

◆ 英語理解と脳

 英語を学ぶ際に重要な脳の部位がわかった、という報道がある。しかし、これは勘違いに満ちた記事である。あっさり信じてはならない。その誤りを指摘する。 ──

 これは朝日新聞の記事。(夕刊 2008-11-06 )
 本来ならば、転載は著作権法違反なのだが、今回は全面批判する必要があるので、あえて丸ごと掲載する。画像も掲載する。(ま、元の内容は、学術文書だから、朝日に著作権があるわけでもない。)
 ともあれ、元の記事は次の通り。(一部着色。)
  《 長期学習者は英語を省エネ脳で理解 文法中枢調べ判明 》
 東京大、宮城学院女子大などのグループは、英語を学ぶ際に重要な働きをする脳の部位を突き止めた。英語力を定着させるには、短期間での習得よりも、6年以上続けて英語に接する方が重要なことがわかった。5日付の米脳科学誌電子版に発表される。
 東京大の酒井邦嘉准教授(言語脳科学)らは、中高生に英文を見せて文法の正しさを判断してもらい、その際の脳活動を調べた。すると、母国語である日本語を理解するのに使われる左脳前部の「文法中枢」と「文章理解の中枢」と呼ばれる部位が、英文を判断するときに日本文のときよりも、より盛んに活動することがわかった。
brain.jpg また、習熟期間の違いについて検討。英語の学習期間が1年以上6年未満の短期習得者と、6年以上学習を続けている長期習得者を比べた。すると、短期習得者は文法中枢の活動が盛んな人ほど成績がよく、長期習得者は逆に活動が低いほど成績がよかった。
 この結果、短期習得者は英文を理解するために文法中枢に蓄えた知識を総動員しなければならないが、長期習得者は文章を理解する回路がすでにできあがりスムーズに思い出せるようになっていることがわかった。熟練により英語力が定着すると、省エネ型の脳になるらしい。(鍛治信太郎)
( → 朝日新聞

 酒井准教授は「文法中枢では、長く英語を学んだほど『省エネ脳』になっている。テストの成績は同じでも、長く学んだ人とそうでない人は脳の使い方が全く異なる」と指摘。
( → 時事通信
 ──

 この記事でおかしなところは、二点ある。赤く着色した部分だ。

 (1) 回路

 「英語力を定着させるには、短期間での習得よりも、6年以上続けて英語に接する方が重要なことがわかった。」

 と記事にある。これは、何を言いたいのか?

 ちょっと読むと、次のように思える。
 「英語を習得するには、時間をかけて習得する必要がある」

 これではトートロジーであり、何も言っていないのと同様だ。

 そこであらためて考え直すと、次のように整理できるだろう。
  (i) 脳に回路が形成されると、回路が働くので作業がスムーズに進む。
  (ii) 脳に回路が形成されるには時間がかかる。

 
 このうち、(i) は当り前だ。「回路」という言葉の定義にすぎない。
 だから、肝心なのは、(ii) だ。しかし、これは次のことと同様だ。
 「英語の習得には時間がかかる」


 結局、これだけを言っていることになる。しかし、そんなことをいちいち指摘するのも、馬鹿げた話だ。そこで、もう少し正確に言い直すと、次のようになる。
 「英語の習得が脳でなされるのには、時間がかかる」


 結局、これが今回の研究でわかったことだ。しかし、それは、あまりにも当たり前すぎる。

 ──

 どうして当り前かというと、同じことは、体の運動にも当てはまるからだ。
 体の運動ならば、随意運動パターン運動がある。同じ動作を何度も繰り返して練習することで、体に動作がしみついて、動作を上手になせるようになる。たとえば、逆上がりならば、逆上がりの練習をすることで、逆上がりが上手になる。
 そして、このようにパターン運動を身につけるには、時間がかかる。時間がかかっているあいだは、パターン運動ではなく、随意運動でぎこちなく動作を続けることになる。
 そして、それと同様のことが言語理解にも当てはまる、ということだ。

 ──

 今回の研究では、そのことがわかった。つまり、体の運動と同様のことが言語理解にも当てはまる、と。
 しかし、そんなことはいちいち教えてもらうまでもなく、誰だって知っている。
 そもそも、「英語を習得する」ということが、そのようなこと(英語の言語回路を脳に形成すること)を意味するのだ。

  ────────────

 ここで、話を発展させよう。単に他人の批判をするだけでは、物事の真実に到達できない。本項の狙いは、ただの悪口ではなく、真実に到達することだ。

 そもそも、上記の記事で紹介された解釈には、根源的な難点がある。それは、「機能局在論」というものだ。すなわち、
 「脳の機能は特定の領域に局在する」

 という発想だ。これは、事実というよりは仮説にすぎないのだが、多くの脳科学者は、これを事実だと思い込んでいる。

 上記の記事を見よう。こう記してある。
 「英語を学ぶ際に重要な働きをする脳の部位を突き止めた。」

 しかし、これが間違いだ。

 ──

 具体的に言おう。
 上の図では、「文章理解の中枢」という領域が記してある。しかし、「文章理解の中枢」という機能は局在しない。なぜなら、文章理解のためには、ウェルニッケ野(左脳の後半部・側頭葉にある広い領域)がとても重要だからだ。もし「文章理解の中枢」というものを(あえて)一つだけ挙げるならば、ウェルニッケ野の方がふさわしい。
 ウェルニッケ野が損なわれると、言語の理解ができなくなる。これがウェルニッケ失語だ。このことを忘れて、「文章理解の中枢」という領域を前頭葉に想定するなんて、おかしい。

 もちろん、前頭葉に「文章理解の中枢」がまったくないというわけではない。その領域が損なわれれば、文章理解がうまくゆかなくなることもあるだろう。ただし、そこだけが該当の領域なのではない。つまり、「文章理解」という機能は局在しないのだ。

 ──

 一般に、言語機能では、言語野のすべてが大事である。特定の領域だけが重要なのではない。
 言語は、総合的なものである。特に、読み書きは一体化している。読むだけで書かないのではダメだ。(読む・書くという機能が局在しているわけではない。言語は総合的だから。)
 また、文字と音声は密接な関連がある。文字だけ・音声だけというのは、不可能ではないが、どうせ習得するなら、双方を関連させた方がずっと能率は上がる。

 また、一般的な視覚も重要だ。たとえば、apple という言葉を理解するには、その文字や音声だけでなく、現実の赤い果物である「あれ」と結びつけて理解するべきだ。 ( → apple.gif ) 
 良い例を示そう。それは、 apple のような名詞でなく、動詞や前置詞だ。
 たとえば、take という言葉を理解するには、「取る」というような言語概念で理解するより、「手でつかんで持ち上げる・引き上げる」という視覚イメージで理解する方がいい。その際、「取る・つかむ」というような言葉は忘れてしまった方がいい。
 また、on, off, over, through などの前置詞も、視覚的なイメージで理解した方がいい。たとえば、「8月まで」は「 through August 」だが、たいていの日本人は「 till August 」というふうに言う。「 through August 」と聞くと、「え、どうして?」と理解できずに質問する。(詳しい説明は教えません。ここは英語講座じゃないので。) 

 ──

 言語は総合的に学ぶものだ。言語を学ぶときには、視覚や聴覚などが総動員される。
 なのに、脳と言語との関係をとらえるとき、機能局在論ふうの解釈で理解しようとすると、真実とは懸け隔たる結果になってしまうのだ。

 現代の脳科学者は、機能局在論を採りすぎる。そのせいで、「脳が総合的に連関している」ということを、見失いがちだ。

 実は、脳の機能は、もともと局在しない。脳の各領域は、神経線維によって結びつけられている。脳の各領域は、分断された隔離状態(いわば鎖国状態)にあるわけではないのだ。そこを見失って、機能局在論を採ることは、あまりにも脳の本質から遠く隔たっている。

  ────────────

 (2) 省エネ/英語脳

 さらに本質的なことがある。(悪口よりも真実を示そう。)
 上記の記事では「省エネ」という言葉が用いられている。しかし、いくら時代が「省エネ」ブームだからといって、あっさり流行語に乗るのは見識がない。
 英語を習得するということは、省エネなんかではない。では、何か?
 英語を習得するということは、次のことだ。
 「英語をちゃんと習得すると、もはや日本語を経由しなくなる」

 例。
 《 習得前 》
  apple (英語) → リンゴ(日本語) → apple.gif (脳内の)

 《 習得後 》
  apple (英語)       →        apple.gif (脳内の)

 前者では、「リンゴ」という日本語を経由して、理解する。
 後者では、「リンゴ」という日本語を経由しないで、理解する。
 前者は間接的だ。後者は直接的だ。そういう違いがある。
 そして、後者のようになること(i.e. 英語と、脳内の概念・心象とが、直接的に結びつくということ)が、英語を習得するということだ。
 それは、脳内に英語の回路が形成されるということだ。つまり、英語脳ができるということだ。

 英語脳ができるということは、「回路ができる」ということだ。回路ができないうちは、日本語脳を経由するので手間暇がかかるが、回路ができれば、日本語脳を経由しないので手間暇がかからない。

 ──

 ここでは、「英語脳ができる」(日本語脳を経由しない)ということが本質的だ。そして、それは、「省エネ」というのとは違うことだ。
 この両者を勘違いしてはならない。

 比喩で示そう。
 昔の人は、東京から大阪まで、五十三次をてくてく歩いていた。それには莫大な時間とエネルギーがかかった。
 現代人は、東京から大阪まで、電車の座席に着いているだけで、移動できる。それには時間もエネルギーもほとんどかからない。
 この両者を比較して、脳科学者は主張した。「現代人は東京から大阪までを、省エネで移動する。現代人は省エネなのだ。そこが両者の違いだ」と。
 しかし私は、こう主張した。「現代では東京から大阪まで、東海道新幹線ができている。新幹線という新たな回路があるかどうかというのが本質的な違いだ。省エネかどうかなんて、見当違いの解釈だ」
 どちらが妥当かは、言わずもがな。

 ──

 以上の話は、私の主張だが、実は、この私の主張は、今回の実験から、証明されるのだ。(ここが大事!)

 まず、記事を見直そう。記事にはこう記してある。
 母国語である日本語を理解するのに使われる左脳前部の「文法中枢」と「文章理解の中枢」と呼ばれる部位が、英文を判断するときに日本文のときよりも、より盛んに活動することがわかった。
 これを真に受ければ、次のように考えられる。
 “ 長期習得者は、英語を使うときに、「文法中枢」と「文章理解の中枢」とが活動しないのだから、英語を使うときには文法も文章理解もしていない。”

 しかし、もちろん、そんなことはない。ここからわかることは、次のことだ。
 “ 長期習得者は、英語を使うときに、日本語用の「文法中枢」と「文章理解の中枢」とがあまり活動しない。”

 つまり、こうだ。
 “ 長期習得者は、英語を使うときに、日本語を使わない。”

 つまり、こうだ。
 “ 英語に慣れると、日本語を使わないで、英語だけで考えるようになる。つまり、英語脳ができる。”


 だから、今回の実験が明らかにしたことは、「(習熟につれて)英語脳が形成される」ということなのだ。

 ──

 同じ実験を見ても、間違った結論を出すこともあるし、正しい結論を出すこともある。では、なぜ?
 現代の脳科学者は、根源において、「脳とは何か」ということをよく理解できていないのだ。そして、それというのも、「機能局在論」という、馬鹿げた発想を取るからだ。
 なるほど、「視覚は視覚野で」「聴覚は聴覚野で」というような局在(感覚機能についての局在)ならばある。
 しかし、「思考」とか「記憶」とかの機能は、局在しないのだ。一つの領域で、記憶と思考が同時になされる。たとえば、視覚の記憶と視覚の思い出は、同じ領域で起こる。また、聴覚の記憶と聴覚の思い出は、同じ領域で起こる。
 言語理解も同様だ。言語のさまざまな感覚に応じて、聴覚野や視覚野が同時に総合的に働く。人が言語を使うときは、脳の大半の領域が働くのだ。(特定の小さな領域だけが働くのではない。)
 そして、そういうことをわきまえない現代の脳科学者は、脳の基本をまともに理解していないのだ。彼らは、「文章理解の中枢」なんていうものを勝手に想定しているので、最終的にはおかしな結論を出してしまう。「省エネのため」というふうな。その一方、「英語脳が形成される」という真実には、洞察が届かない。
 
( ※ こういう状況で、学者の曖昧な言葉を聞いた知ったかぶりの記者が、早とちりして、妙に拡大解釈した記事を掲載する。かくて、誤解を世に広めることになる。)
( ※ ただ、上記でもリンクしたが、cf. 時事通信の記事 は、朝日ほどひどくはないようだ。)
 

 [ 付記 ]
 実験者・記事の言う「省エネ」という言葉の趣旨は、次のことであろう。
 「これまでは坂道を一段ずつ降りていたので手間がかかったが、習得すると、滑り台のような回路ができるので、あっという間に速やかに同じ経路をたどれる。回路ができたことで、同じ経路をたどるにしても、能率がアップする」
 しかし、違う。正しくは、こうだ。
 「これまでは、日本語脳というところを通って寄り道してきたが、これからは、そこをバイパスして(同じ経路をたどらないで)、一挙に目的地に達する」

 つまり、短絡だ。この違いを、先に apple の図で示した。
 なお、同じことは、本項最後のリンク先( nando ブログ)にも記してある。



 [ 補説 ]
 この話を読んで、「何か役立つのか?」と思う せちがらい人のために、教えておこう。

 元の記事を読んだなら、次のように思うだろう。
 「長く英語を学んだほど『省エネ脳』になっている。長く学んだ人とそうでない人は脳の使い方が全く異なる。だから、英語能力を高めるには、脳の使い方を変えればいい。そうすれば、短期間で、英語が上達するだろう」
 「では、どうすれば、脳の使い方を変えることができるのか? そいつが問題だ。特定の領域をうまく使うように、電気刺激などを利用すればよさそうだ。それで楽々と英語上達。しめしめ」

 しかし、そんな「うまい方法」なんてものはない。そんな発想をするのは、あまりにも本質からはずれている。
 一方、本項の話を理解すれば、英語が上達する方法はわかる。こうだ。
 「英語脳を形成する」
 これは、逆に言えば、こうなる。
 「日本語を使わないで英語だけで考える」
 これが英語上達の王道だ。つまり、いちいち和訳なんかしないで、英語と発想とをダイレクトに結びつける。英語と発想とのあいだに、(日本語を経由しない)回路を形成する。そうして英語脳を形成する。

 このことは、すぐ下のリンク先でも、詳しく述べてある。



 【 関連項目 】
  → nando ブログ 「 英語の早期教育」



 ※ ついでだが、下記サイトも、ちょっと参考になる。
  → http://okwave.jp/qa110668.html
posted by 管理人 at 20:04| Comment(2) | 科学トピック | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
本項で話した内容は、ちょっと高度すぎたようだ。あるブログでは、本項を批判して、次のように述べている。

> 「定着」と「習得」が区別して使われていることぐらいちゃんと認識してくださいね。

 これでは本項で述べたことを全然理解していないことになる。そのことを解説しようかと思ったが、やめた。素人には、何を言っても無駄だからだ。

 本項を理解するには、大脳の機能局在論に対する批判を、あらかじめ理解しておく必要がある。しかし、そこまで説明することは、脳理論の問題となるので、本項の枠を越えてしまっている。

 素人には何を言っても無駄だと思うので、いちいち解説しない。理解できない人は、本項を読んで、「トンデモだ」と非難していればいい。私は優しくないので、いちいち説明してあげません。
 売られた喧嘩は、買いません。  (^^);
Posted by 管理人 at 2009年02月01日 13:38
本文中にある誰かについての悪口をしきりに書き込んでいる人がいますが、すべて掲載しません。本サイトは悪口を書く掲示板ではありません。
 そんなものを読まされる読者はたまったものじゃない。
 悪口を書きたければ、2ちゃんねるに書いてください。
Posted by 管理人 at 2010年11月14日 23:55
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