2008年10月13日

◆ ヒッグス粒子

 ヒッグス粒子とは何か? 「物質に質量を与えるものだ」と説明される。では、それで、質量とは何かがわかったことになるのか? ──

 「ヒッグス粒子とは何か?」「質量とは何か?」ということが、新聞記事で大きく取り上げられている。(読売・朝刊 2008-10-12 ,朝日・朝刊 2008-10-13 ) 
 粒子衝突実験装置によって、ヒッグス粒子の存在が判明するかもしれないという。また、理論的なシミュレーションもなされているので、ヒッグス粒子の存在領域もかなりわかってきているようだ。

 以上のことからすると、ヒッグス粒子の存在性はかなり確度が高いので、いつかは存在性が証明されそうだ。
 では、それで、「質量とは何か?」がわかったことになるのか?

 ──

 「質量とは何か?」がわかるには、「ヒッグス粒子がどう作用して質量が生じるのか?」がわかる必要がある。しかしながら、これはまったくわかっていない。「どれだけの量で作用する」という定量的なことはわかっているのだが、「なぜ作用するのか」ということはわかっていないのだ。つまり、作用の本質がわかっていないのだ。

 よく言われるのは、
 「ヒッグス粒子は真空中における抵抗物(糊のようなもの)だ」

 という説明だ。このことから、次のように説明される。
 「物質が動こうとするとき、抵抗物(糊のようなもの)が動きを阻害する。これが質量だ」


 しかし、この比喩はまったく不正確である。なぜなら、ヒッグス粒子によって与えられる「抵抗」のような力は、物質の動きを阻害することはまったくないからだ。
 ただし、そう表現するのも、実はちょっと不正確である。正確に表現すれば、次のようになる。
 「ヒッグス粒子は、物質の加速度運動を阻害するが、物質の等速直線運動を阻害しない」

 (数学的に言えば、二次微分には影響するが、一次微分には影響しない。)

 すぐ上のことは、物理学者のあいだでは常識である。だから、先の比喩についても、
 「比喩がちょっと不正確なだけさ。もっと正確な比喩を使えばいいだけさ」
 と思いがちだ。しかし、ここには根源的な問題がある。

 ──

 根源的な問題とは、何か? それは、相対論(特殊相対論)との関係だ。
 「等速直線運動には影響しない」(阻害しない)

 ということは、相対論の
 「相対性原理が成立する」
 ということに相当する。というか、相対論そのものだ。

 しかしながら、現在の量子論は、相対論とうまく合致しないのだ。
( ※ 正確に言えば、たがいに矛盾する。部分的であるが。それが「無限大の発散」の問題に当たるが、「くりこみ理論」でうまく逃げおおせている。しかしながら、根源的な解決にはなっていない。)

 なるほど、ヒッグス粒子の理論によれば、
 「物質に加速度運動で力が働く」
 ということはわかる。そこまではいい。しかしながら、
 「物質に等速直線運動で力が働かない」 (*
 ということはわからないのだ。 ……(**

 また、先の比喩を用いるのならば、
 「物質に等速直線運動で力が働く」(糊が抵抗の力を与える)
 ということになる。これでは、(*)に矛盾してしまう。とすれば、この比喩は明らかにおかしい。
 では、この比喩を捨てればいいのか? いや、たとえ捨てても、もともとの理論(数式)において、(**)という難点が生じる。比喩を捨てようがどうしようが、この難点(わからないこと)は 解決がつかないのだ。

 ──

 現代の物理学には、このような問題(**)がある。要するに、「質量とは何か?」は、よくわかっていないのだ。

 この問題は、次のように単純化することができる。
 「質量とは何か? 『質量』を、『ヒッグス粒子の作用』と説明することができても、それはただの言葉の言い換えにすぎない。一つの言葉を別の言葉で置き換えて、説明したつもりになっているだけにすぎない。その説明で、元の言葉の謎を解明したつもりになるが、かわりに、新たに別の言葉が謎になってしまっている。結局、謎は、一つ減って、一つ増えただけだ。何もわかったことになっていない」

 
 ここで、「謎は、一つ減って、一つ増えた」というのは、謎が消滅して生成したわけだ。量子みたいに。   (^^);
 ま、これは冗談だが、ともかく、「質量とは何か?」という謎は、ヒッグス粒子を登場させても、まだまだよくわかっていないことになる。

 なるほど、ヒッグス粒子を登場させれば、質量が生じる過程を部分的に解明することになるし、その発現の仕方を定量的に示すことにもなる。だから、自然の領域の一部を解明したことにはなる。だが、一部ではあっても、全部ではない。
 ここでは「質量とは何か?」は解明されずに、「質量はいかにして作用するか」という構造のうちの、ごく一部(ほんの表面のあたり)が解明されただけだ。
 もちろん、それが解明されただけでも、重要なことである。とはいえ、その奥にある肝心の本体部分(質量とは何か?)ということは、いまだに謎に包まれているのである。

 われわれは、「質量については、まだよくわかっていない」と理解するべきだ。ヒッグス粒子の理論は、質量について一部のことを教えてくれはするが、あくまで一部でしかない。一部を知っただけで、全部を知ったと自惚れてはならない。
 「頭隠して尻隠さず」という言葉があるが、質量というものの全体像のうち、尻のあたりをちょっと見つけただけで、質量というもののすべてを知ったつもりになってはならない。その胴体も頭も、いまだに見えていないのだ。
 わかってもいないのに、わかったつもりになることほど、始末に負えないものはない。まずは、「まだほとんどわかっていない」と謙虚になることが必要だ。100のうち 10を知ったなら、「もうほとんど知ったのだ」と自惚れずに、「まだ 90を知っていないのだ」と自覚するべきだ。……そして、そういう自覚を持ったとき初めて、真理に近づく一歩を始めることができる。

( ※ わかっていないことの典型を示す。── 真空中で粒子と反粒子がぶつかると、質量が消滅して、エネルギーが発生する。逆に、エネルギーがあるところで、粒子と反粒子が生じると、質量が発生して、エネルギーが消滅する。……これらの例では、質量が消滅したり発生したりするが、そこにおいてヒッグス粒子がどういう作用をするかということは、わかっていない。ヒッグス粒子が質量の加速度の抵抗となることはわかっても、質量の発生と消滅については何もわかっていない。質量について確率的な定量的な数値だけは出せるが、質量が発生するメカニズムはわかっていない。)( 実は、まったくわかっていないわけじゃなくて、クォークと反クォークによる相互作用から生まれる質量、というのもあるのだが、そこまで話を進めると、ヒッグス粒子の話からはみ出てしまうので、ここでは省略しておこう。どっちみち、よくわかっていないことには変わりはない。)



 [ 付記1 ]
 本項の説明は、主流派の物理学者から総スカンを食う可能性がある。
 なぜなら、主流派の物理学者は、自惚れているからだ。
 「現代物理学はこんなにたくさんの成果を出しているすばらしい理論なのだ」
 「自分たちはもはや自然の大部分を解明したのだ」
 「自分たちはものすごく頭がいいのだ」
 と。こういう人々に向かって、
 「いや、人類はまだろくに真実を知っていない」
 と主張すれば、ものすごい反発を食いそうだ。
 「おれたちを馬鹿扱いするのか?」
 と怒り狂った声が押し寄せそうだ。
 とかく、自惚れ屋というのは、始末が悪い。南部氏のように天才的な人は、常に自然に対して謙虚だが、たいていの物理学者は、そうではない。
 本項には大量の非難が襲いかかる懸念がある。……あらかじめそのことを注記しておく。

(たとえば、「シュレーディンガーの猫の核心」という文書には、大量の非難が押し寄せてきた。「シュレーディンガーの猫については、物理学の世界ではまだはっきりと解決していない」と書くと、「いや、コペンハーゲン解釈またはエヴェレット解釈で解決している」と主張する連中がいっぱいいる。その二つの解釈が両立不可能だということを忘れて、矛盾するものを二つ並べ立てて、自説の矛盾に気づかないまま、非難してくる。……こういう非論理的な連中が、物理学の世界には山のようにいるのだ。何事であれ、人は、わかった気になりたがるのである。) 

 [ 付記2 ]
 われわれはまだ自然についてよくわかっていない。質量とは何かもわかっていない。── このことから得られる教訓ないし結論として、次のことが言える。
 「金ばかり大量にかけて、実験装置ばかりを作っても、それだけでは駄目だ」
 要するに、理論なくして実験ばかりしていても、駄目なのである。頭を働かせずに、手ばかり働かせても、駄目なのである。

 ノーベル賞受賞者の野依教授(実験化学)が「実験が大切だ」と主張していた。「理論だけがあっても駄目だ。実験もとても大事だ」と。それは間違いではないが、しかし、そんなことはいちいち主張するまでもない。
 日本にはそういう実験主義者ばかりが多すぎる。彼らが莫大な予算をどんどんかっぱっている。一方、理論研究者は、気が弱いので、予算をどんどん奪われている。(ワーキングプア状態だ。)

 別項 でも述べたが、政府は物理学の実験装置に 8000億円ぐらいの国家予算を投入することを検討中だという。実験はこれほど重視されるのだ。しかし、その一方で、理論はほとんど無視される。

 だからこそ、私は強調したい。理論なくして実験ばかりやっても、ろくなことはない、と。
 それはいわば、「図体ばかりがデカくて頭がない」という巨人のようなものだ。やみくもに実験ばかりしていても、自分が何をしているかわかっていないことになる。そして、残念なことに、「頭をもたずに、自分が何をしているかわからない」というのが、今の物理学の状態であろう。

 [ 付記3 ]
 どうして以上のように現代物理学を批判できるか(何もわかっていないと批判できるか)というと、「質量とは何か?」ということは、実は、超球理論ではおおよそ解明できるからだ。
 「え、ホント?」
 と疑う人も多いだろうと思うので、次のようにモデル的に説明しておこう。



 【 補説 】

  ( ※ 物理学的に面倒になるので、特に読まなくてもよい。)


 超球理論では、基本的には、次のようになる。

 「粒子(物質)とは、超球が回転を止めた状態である」
 「超球が回転を止めたとき、超球に質量が生じる(発現する)」
 「超球が回転を止める仕組みは、まだよくわかっていない。」
 「その仕組みには、ヒッグス粒子が関係しているかもしれないが、特にヒッグス粒子が関係している必要はない。……つまり、ヒッグス粒子は、質量の発現(つまり重量)には関係していないようだ」
 「しかしながら、質量には、慣性質量(加速度への抵抗力)という意味もある。ここには、ヒッグス粒子が関係しているようだ」
 「ヒッグス粒子の作用は、粒子の運動を止めるとしての作用と言うべきではない。その比喩は不正確だ」
 「ヒッグス粒子の作用は、物質が等速で動くのを阻害しない」(等速直線運動には関与しない)」
 「ヒッグス粒子の作用は、物質が加速するのを阻害する」(加速度運動には関与する)」

 以上は、基本的なことだ。もう少し詳しく言えば、次のようになる。

 「物質が等速直線運動するというのは、波の伝播にすぎない。そこでは、何も阻害されない」
 「物質が加速するというのは、物質が波として(同一方向に)重なるということに相当する。そこでは波の重なりによる効果が生じる。」
 「波の(同一方向の)重なりとは、前の波に後の波が襲いかかって、波が重なることだ。そのとき、波によって媒体の密度変化が生じる。その効果はドップラー効果に似ている。」
 「媒体の密度変化とは、超球の密度変化のことだ。そして、超球の密度というのはまさしく、相対論的な効果を与える。」
 「この相対論的な効果が、重力であり、質量へ働く力である。それはまた、相対性原理により、加速度への抵抗力の逆力でもある。」(物体が加速していることと、物体が重力を受けていることは、等価である。)
 「ここでは、相対論的な力が働くが、その力とは、粒子間で働く力ではなく、超球の密度からなる真空という空間(つまり場)から働く力である。」
 「ここでは、空間(場)が力を与えるのであって、粒子間で直接的に相互作用が働くのではない。この力は、量子論的な力というよりは、相対論的な力である。
 「ヒッグス粒子は、空間(場)に満ちているものであって、場が物質に作用するときに直接的に媒介する量子であろう。」
 「ただし、物質に力が及ぼされるとき、本質的に影響するのは、空間の密度変化(密度勾配)である。それは決して『糊』というふうに喩えられるものではない。」
 「とにかく、そこで(抵抗のような)力が働くのは、物質が加速度運動をするときだけである。等速直線運動をするときには、空間に密度勾配が生じないので、力は働かない。力をもたらすものは、あくまで空間の密度勾配である。そこでは、相対論的な原理が働く。(つまり、量子論だけで考えていては駄目だ。)」

 
 いささか舌足らずだが、ざっと説明した。理解できないかもしれないが、それはそれで仕方ない。

 ──

 ただ、とりあえず、理解の一助のために、図式的な説明を加える。(超球理論の図式を転用する形で。)

 《 等速直線運動の図式 》

 まずは、粒子が移動する図式。

T1:     _____________
T2:     _____________
T3:     _____________


 上の図式は、次と等価である。(波が伝播する図式。)

T1:     ___∧__________
T2:     _____∧________
T3:     _______∧______


 上の図式は、次と等価である。(波を横波でなく縦波で表示。密度差に注意。)

T1:     | | ||| | | | | | | | |
T2:     | | | ||| | | | | | | |
T3:     | | | | ||| | | | | | |


 ※ 等速直線運動では、波が伝播するだけだ。事前と事後で、変化はない。
 ※ 媒体は、瞬間的には局所的な加速があるが、一瞬後には、逆方向への加速があるので、トータルでは加速はないのと同然だ。
 ※ したがって、媒体の密度は、次の図のように表示できる。
 
T1:     | | ○ | | | | | | | |
T2:     | | | ○ | | | | | | |
T3:     | | | | ○ | | | | | |


 つまり、粒子の前後で、媒体の密度は常に一定である。

 《 加速度運動の図式 》

 次に、加速度運動の図式を示す。

                     →
       |   |  |  | | | ○ | |||


 粒子が矢印方向に加速しているとき、媒体の密度は、粒子の後方では稀薄であり、粒子の前方では濃密である。(ただし座標系は粒子自体に置く。)
 このような密度差によって、粒子 ○ には前方から抵抗力を受ける。その抵抗力は、空間(の密度差)から与えられる抵抗力である。別に、糊のようなものがあるわけではない。(だからこそ加速度のときだけに抵抗力が働く。)

 ──

 なお、以上のことを理解するには、「超球理論」(超球と超ヒモ)をあらかじめ理解して、相対論との関係をよく知っておく必要がある。先にそれを読んでおくこと。

 特に、本項の大事な注意点を示すなら、次のように言える。
 「質量について考えるときには、相対論的に考える必要がある。量子論(標準理論)のなかだけで考えても、物事の本質にはたどりつけない」

( ※ ま、こう言うと、多くの物理学者から総スカンを食いそうだ。彼らは「量子力学と相対論との統合なんて、特に必要ない。統合できなくたって、別に構わないさ」と平気で考えているからだ。……ま、その気持ちは理解できますけどね。「量子論と相対論は是非とも統合される必要がある」と言い出したら、現在の量子論は足元から瓦解してしまいかねないからだ。そんなことは、とうてい認められないだろう。身の毛のよだつ不安。)



 [ 注記 ]
 ときどき勝手に質問する人がいるが、素人のコメントはご遠慮下さい。前提となる話を読みもしないで質問してきても、こちらは返事のしようがありません。



 【 関連項目 】

 → 質量とは何か? (次項)
 → ヒッグス粒子と質量
 → 重力質量と慣性質量(重力・ヒッグス粒子)

posted by 管理人 at 09:37| Comment(8) | 物理・天文 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
後半の [ 付記 ][ 補説 ]の話を、いくらか書き換えました。
 タイムスタンプは下記 ↓
Posted by 管理人 at 2008年10月13日 17:26
素人向けに平易な表現をしていただき、感謝いたします。何となくしか理解できませんが、基礎が無いので仕方ありません。でも一般向け記事で解説されているような「煙に巻いたような」説明ではないのでありがたいです。

「超袖」は「超球」だと考えてよろしいですね?
ド素人なのでちょっとした変換違いにつっかえて暫く悩んでしまったりします。
(無料アクセスのブログ記事ですから、校正のお手間までは求めませんので)
Posted by けろ at 2008年10月13日 23:29
> 超袖

 ご指摘ありがとうございました。
 これは、ブログの異常が起こったせいです。ちょっと漢字がズレてしまうのです。
 校正してアップロードすると、時たま、こういうことが起こります。これまでにも十回ぐらい起こりました。
 たいていは気づくのですが、今回は見逃してしまいました。
 他の項目でも、同様の現象が見逃されている可能性があります。また、今後、同じエラーが発生する可能性があります。

 このブログ、システムが古いせいか、バグみたいなのが残っているんですね。  (^^);
 でもまあ、Seesaa ブログは新しくなってかえって使いにくい(広告が多いし)ので、エラーが起こっても、今のブログの方が気に入っています。
Posted by 管理人 at 2008年10月13日 23:45
ヒッグス粒子の存在については、ほぼ否定的な実験結果が出ている。つまり、どうやら存在しないらしい。まだ確定はしていないが、存在する見込みは非常に少なくなったと言える。
 → http://www.afpbb.com/article/environment-science-it/science-technology/2821780/7666695
<!--
 私としては、その方が受け入れやすい。超球理論を採る限りは、ヒッグス粒子なんていうものは存在しない方が好都合だ。-->
Posted by 管理人 at 2011年09月23日 20:14
ヒッグス粒子が見つかったかも、という報道。

http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20111207-OYT1T01281.htm
Posted by 管理人 at 2011年12月08日 11:28
「等速度運動の時にはブレーキとはならない」ことについて、ずっと疑問だった。
世の中の多くの記事は、ヒッグス粒子の作用について糊の比喩で書かれている。
新聞記事ならまだよいが、科学雑誌でもだいたい同じ。

まだ質量について分かっていないんですね。
それに、ヒッグス粒子で説明できるのは、質量のごく一部らしいですね。

続きも読んでみます。
Posted by ジムキキ at 2012年11月02日 21:52
管理人様はさっきNHKでやってたスペシャル「神の数式」についてどう思われますか?
Posted by 虫宇日 at 2013年09月21日 22:15
数式よりもモデルの方が重要だ、というのが私の立場です。
 モデルが核心を与えて、モデルを精密化するのが数式です。モデルなしに数式だけを出しても、中身のない外殻みたいなもので、もぬけの殻です。下記を参照。
 → http://openblog.meblog.biz/article/5873914.html


 また、数式の本質については、下記を参照。
  「物理法則は、エネルギー保存則の別表現である」
 → http://openblog.meblog.biz/article/5933649.html

 これらはシリーズなので、シリーズ全体を番号順に読むといいでしょう。
Posted by 管理人 at 2013年09月21日 22:47
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