2008年10月12日

◆ パンダの遺伝子

 パンダ(ジャイアント・パンダ)の遺伝子が解明された。パンダは犬に近いと判明したそうだ。では、これは何を意味するか? ──

 まず、新聞記事を引用しよう。
 パンダゲノム(全遺伝情報)の解読に成功したと発表した。すでにゲノム解読された哺乳類との比較ではイヌに最も近く、ネコがこれに続いた。パンダゲノムの分量は、ヒトとほぼ同じ30億塩基対あり、含まれる遺伝子もほぼ同数の2万〜3万個。ゲノム解読された動物との比較では、イヌに最も近く約80%が一致。ヒトとは約68%、マウスとは約48%が同じだった。 ( → 朝日新聞

 パンダの遺伝子はイヌに近いことが分かった。イヌとクマは近い動物であることから、これまで多くの研究者が唱えてきた、「パンダはクマ科の亜種に分類できる」との考え方の証明にもなるという。
 目の周囲が黒い独特な毛色――など、「パンダの謎」に解答がもたらされる見込みがある。( → サーチナニュース
 以上は新聞報道だが、このような記事をあっさり鵜呑みにしてはならない。ここでは肝心のことが記されていないからだ。以下では生物学的な観点から説明をしておこう。

 ──

 (1) 犬と猫

 パンダを「犬に近く、次いで猫に近い」と表現するのは、あまり妥当ではない。( or ピンボケである。)
 これではまるで、犬と猫とが全然別の種類のように思えるが、犬と猫とは、類縁性の近い生物だ。顔はあまり似ていないが、骨格を見ると、頭骨の骨格は相同である。猫の鼻を長く伸ばせば犬のようになるし、犬の鼻をつぶせば猫のようになる。この点、馬や牛などとは、全然違う。
 実際、分類でも、犬と猫は「ネコ目(食肉目)」という同じ大分類に属する。
(より詳しい話はこのあとで。)

 (2) タヌキ

 パンダの目のまわりが黒いところを見ると、タヌキに似ている。だから、どうせ比べるなら、パンダとタヌキの類縁性を考える方がいい。
 では、パンダとタヌキは類縁なのか? 
 実は、タヌキは、犬とほとんど同じ仲間である。タヌキの分類は、「イヌ科タヌキ属」である。「タヌキは犬の一種だ」と言っても、そう間違いではない。
 さて。「パンダは犬に近い」ということが判明したとしたら、「パンダはタヌキに近い」と言ってもいいのだろうか? 新聞記事からすれば、そう言えそうだが、実は全然違う。

 比喩的に言おう。次の言明がある。
 「青に近い色は、黄色や橙色である。赤ではない」

 これは、まったくの間違いではないが、あまりにもピンボケだ。
 どうせなら、次のように言うべきだ。
 「青に近い色は、緑である。黄色や橙色は、かなり離れている」

 今回の記事に即して言えば、これは次のようになる。
 「パンダに近い種は、熊である。タヌキや犬は、かなり離れている」

 距離関係を図示すれば、次のようになる。

          猫
          犬
            タヌキ

          パンダ
          熊

 
 パンダは、タヌキや犬や猫には、あまり近くはない。むしろ、熊に近い。なのに、犬や猫を持ち出すのは、全然見当違いだ。


 (3) 熊

 というわけで、パンダの近縁関係を考えるのなら、あくまでとの比較をするべきだ。かなり離れた犬や猫との比較をしても、たいして意味はない。また、人間やマウスとの比較をしても、たいして意味はない。
 では、熊との比較では、どうか? パンダの遺伝子は、「犬や猫よりも熊にずっと近い」と判明したのか? いや、判明していない。というのは、まだ熊の遺伝子がわかっていない(らしい)からだ。
 とすれば、今回のニュースは、一番肝心の情報が欠けていることになる。画竜点睛を欠くどころではなく、肝心要の情報が欠けていることになる。「パンダに近いのは熊である」という情報が。そして、副次的にすぎないような、「犬や猫に近い」という情報ばかりが流れている。
 だから、今回のニュースに対する評価は、
 「パンダの遺伝子が解明されて、近縁関係がわかった」
 のではなく、
 「パンダの遺伝子が解明されたが、肝心の熊の遺伝子が解明されていないから、近縁関係はまだよくわかっていない」
 という評価であるべきだ。つまり、
 「何かがわかった」
 というよりは、
 「『近縁関係はまだよくわかっていない』ということがわかった」
 というだけだ。

 比喩的に言おう。あなたに生き別れの弟がいるとしよう。その生き別れの弟がどこにいるのかわからないので、「探してくれ」と興信所に頼んだ。そうしたら、興信所は、調査の結果を寄越した。
 「判明しました。あなたの従兄は、茨城県に住んでいます。この人です」
 こう聞くと、あなたは怒るはずだ。
 「茨城県にいる従兄のことは、聞かれなくても、ずっと前からわかっている。私が知りたいのは、生き別れの弟のことだ。いったいどこにいるんだ?」
 ところが興信所は、あなたの質問には答えないで、「従兄を見つけたから、成果報酬を下さい」と要求するばかり。そしてマスコミには、こう発表した。「この人の生き別れの弟についての情報を発見しました。すばらしい成果です!」と。

 何たる見当違い。それが今回のニュースの意味。



 [ 付記 ]
 パンダが熊に近いことは、すでに知られている。遺伝子分析を見るまでもなく、かなり判明している。
 だから、どうせ比べるのならば、犬や猫よりも、もっと別のものと比べる方がいい。私としては、次のものと比べるのが妥当だ、と思う。
  ・ アライグマ
  ・ アナグマ
  ・ イタチ
  ・ アザラシ,アシカ
 これらとの近縁性は、よくわからない。調べるなら、ここだろう。結果は興味深い。

 なお、私の推定では、次のようになる。
 「これらの種は、パンダにとっては、熊よりは遠いが、犬や猫よりも近い」…(*
 こうなるはずだ。きっと。だからこそ、これらについて、調べる価値がある。(パンダと)犬や猫との比較なんて、調べるまでもなく、だいたい見当がついているのだ。一方、上記の生物については、(*) が成立するかどうかは、はっきりしない。「イエス」となりそうだが、ひょっとしたら「ノー」かもしれない。「部分的なノー」かもしれない。正解を知りたいものだ。
 


 【 参考 】
 → Wikipedia ネコ目
posted by 管理人 at 19:23| Comment(5) | 生物・進化 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんばんは。
興味深く記事を読ませていただきました。
記述に不適切な点があったので指摘させていただくと、
「犬に近く、次いで猫に近い」という表現は妥当です。
ただし、犬に一番近いわけではなくクマに近い。
いや、むしろパンダはクマ科の1種です。

それと、付記に関しては全ゲノムを読まなくても一部の遺伝子を見ればかなりの精度で推定ができます。
すでに類縁関係の推定に関する研究はたくさんあって、結果はまさに「推定」のとおりです。
Posted by Putorius at 2008年10月20日 19:36
> パンダはクマ科の1種です。

 分類学ではそうなっているのですが、分類は人間の都合ないし視点があるので、歴史的にしばしば変更されます。
 分類と遺伝子の近縁度(つまり進化の歴史)には、かなり食い違いが見出される、ということが今日では判明してきました。

 分類ではなくて、遺伝子レベルでは、パンダとクマの関係はまだ明白に断定できるほどではありません。近縁の程度もよくわかっていません。
Posted by 管理人 at 2008年10月20日 19:49
この場合、分類と遺伝的近縁性は矛盾しません。
パンダに一番近縁なのは他の現生クマ科全種です。
クマ科の系統関係は大まかには明らかになってますよ。

>分類と遺伝子の近縁度(つまり進化の歴史)には、かなり食い違いが見出される、ということが今日では判明してきました。
Posted by Putorius at 2008年10月21日 09:20
> 大まかには明らかになってますよ。

 同趣旨のことはすでに書いてあります。

 ただ、(厳密に)遺伝子的にはまだ明らかになっていない、と言っているです。
  、、
 もし熊の遺伝子が明らかになっているなら、パンダとの類縁関係も明らかだし、犬や猫を持ち出すのはおかしいでしょう。それが趣旨。
Posted by 管理人 at 2008年10月21日 17:24
何を厳密な類縁関係とするかは難しいですが…
全ゲノムを解析したところで正しい類縁関係が分かるとは限らない。
むしろ間違った結果が出る可能性もある。
すべての遺伝子が中立な進化をするわけではないから。

この場合、全ゲノムでもミトコンドリアの一部領域でも結果は変わらないと思います。
個人的な意見を言うと、類縁関係を推定するためにわざわざ全ゲノムを調べる必要はないと思います。
もちろん、全ゲノムを読む意味がないといってるわけではないです。
各遺伝子の進化の歴史を知るためには必要です。
Posted by Putorius at 2008年10月21日 22:59
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