ゴミの分別はあまり意味がないようだ。特に、プラスチックと紙をいちいち分ける分別は、意味がない。 ──
地域によって異なるが、ゴミは細かく分別することになっている。プラスチックゴミ、紙ゴミ、古新聞、瓶、缶、金属など。こうして細かく分別することで、リサイクルする、という建前だ。
ただし、現実には、プラスチックと紙が混在しているゴミが多い。一般のスーパーの食品などでは、紙の値段シールが貼ってあったりすることが多い。すると、疑問が生じる。
「紙とプラスチックがいっしょなのに、どうやって石油に戻すのか? とても簡単じゃないぞ」と。
そこで、良心的な人々は、せっせとシールを剥がしたりする。シールが剥がれなければ、切り取ったりする。また、汚れたトレイなどは、せっせと水で洗浄する。あれこれと苦労するわけだ。
→ 苦労する例
しかし、いくら個人が苦労しても、九牛の一毛にすぎない。自分一人がせっせと苦労しても、大部分の人は紙や汚れといっしょになったプラスチックを出す。
では、リサイクル業者は、いったいどうしているのだろうか?
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この件は、私は前から疑問に感じていたことだが、朝日の記事に裏付け情報があったので、記しておく。朝日の記事(朝刊 2008-08-25 )は、リサイクル組合の話として、あっけない事実を明かしている。
「現在の技術では、プラスチックと紙を分離することはできない。だから、プラスチックと紙を混ぜたまま、発電の燃料として燃やしている。」
要するに、リサイクルといっても、プラスチックを石油に戻しているのではなく、プラスチックと紙をいっしょにして燃やしているわけだ。
とすれば、いちいちプラスチックと紙を分別しても、何の意味もないことになる。いや、むしろ、分別しない方がいい。プラスチックに紙が貼ってあれば、そのまま紙をいっしょに付けたままにした方がいい。そうすれば、紙が熱エネルギーに転じるからだ。
つまり、せっせと紙を剥がしたり、汚れを洗ったりするのは、まったくの無駄なのである。また、洗ったことで水滴が残ったりすれば、その水滴があとで熱エネルギーを奪うから、かえって有害である。菓子袋に菓子の屑が残っていれば、菓子の屑はそのまま残しておけばいい。水で洗ったりするのは有害無益だ。
肉や魚のトレイを洗うのも同様だ。そんなものを洗うために、いちいち水をたくさん流すのでは、かえって無駄になる。汚れたままのトレイを、そのまま出せばいい。
( ※ ただし付着した水分は除去した方がいい。水分は熱を奪うので。)
[ 付記1 ]
このようなこと(石油に戻さずに燃やしてしまうこと)ことについては、リサイクル団体などは反対するだろうが、私は前から賛成している。ゴミは細かく分別するより、燃やして発電用に回すのが一番いいのだ。
ただ、どうせなら、「プラスチックゴミ」という分別はやめて、プラスチックと紙をまとめて、「プラスチック ・紙ゴミ」という分別にした方がいいだろう。そうすれば発電に回す量が多くなるし、また、一般家庭でも細かく分別する手間が省けて、都合がいい。
[ 付記2 ]
どちらかというと、「燃えるゴミ/燃えないゴミ」の方がよさそうだ。その点では、東京都の方針は好ましい。
というのは、東京都では、2008年度から、プラスチックゴミは「燃えるゴミ」に分別されるようになったのだ。(それまでは「燃えないゴミ」として埋められていたのだが、今後は「燃えるゴミ」として発電用に回されることになった。)
→ 東京都の方針転換と効果
一方、いまだに細かく分別する自治体もあるが、そういうのは、かえって有害だろう。(紙ゴミを無駄にしてしまっていることになる。また、分別をしたがらない人が、プラスチックゴミを生ゴミと混ぜて一般ゴミにしてしまう。)
リサイクルというのは、あまり細かく強制すると、かえって効果が下がる。現状の東京都のように、「燃えるゴミ/燃えないゴミ」の方がいい。
( ※ なお、「燃えないゴミ」には、濡れた紙ゴミを含む。水気は駄目。)
[ 付記3 ]
一部の自治体では、プラスチックを「燃えないゴミ」に分別している。どうしてかというと、プラスチックを燃やすかわりに、埋めてしまうからだ。(つい最近までの東京都がそうだった。)
こういう駄目な自治体を正すことが、リサイクルとしては最も優先的な課題になるだろう。住民が努力するよりも、自治体の努力が先決だ。
【 関連項目 】
→ 分別馬鹿
2008年08月25日
過去ログ

→ http://openblog.meblog.biz/article/2974285.html
→ http://openblog.meblog.biz/article/3018965.html