2008年07月02日

◆ 水素生産のペテン

 燃料電池や水素エンジン車では、水素を使う。このため「炭酸ガスを排出しないでクリーンだ」と思われている。
 だが実際は、水素を生産する工場で炭酸ガスを発生する。つまり、差し引きすれば無意味だ。これを「クリーン」と称するのはペテンである。 ──

 燃料電池や水素エンジン車では、水素を使う。その水素はどうやって得られるか? それが問題だ。

 (1) 天然ガス

 通常は、天然ガス(炭水化物)から、水素だけを分離する。これがコスト的にも、現状では唯一の方法だ。
 しかしこの方法では、水素を生産したあとに、炭素が残る。その炭素をどうするか? 
  ・ 炭素を圧縮して地中に埋めてしまう。

    → だったら石油を地中に埋めてしまうのと同じことになる。
      アラブで石油を採掘して、日本で石油を埋める。愚劣。
  ・ 炭素を別に燃焼させて利用する

    → だったら、最初から天然ガスを燃やすのと同じことになる。
      何の意味もない。
  ・ 炭素を燃焼させてそのエネルギーで水素を生産する。

    → だったら、水素生産の分、工場で炭酸ガスが発生している。

 現実になされているのは、最後の方法である。これは 水蒸気改質 と呼ばれる方法だ。天然ガスの水素部分はそのまま使い、残った炭素部分で水を分解して水素を発生させる。つまり、炭素を燃やして水素を発生させる。ここでは、水素が誕生した分、炭素が燃えている。結局、「末端の自動車では炭素を排出しないが、その分、工場で炭素を排出している」というふうになる。
(詳しくは [ 付記 ]の化学式を参照。)

 というわけで、天然ガスを使う限り、いくら「水素でクリーン」と言っても、何の意味もないことになる。「水素と炭素を混ぜて燃やすと炭酸ガスが出る」と言ったあとで、「水素と炭素を別々に燃やす。その上で、水素のところだけを見ると、炭酸ガスが発生しない」と言っているだけだ。実は、別のところでは炭酸ガスが発生するのだから、何の意味もないのだが。
(これが現代の「燃料電池車」や「水素エンジン車」の状況だ。)

 (2) 原子力発電

 原子力発電による水素生産、という方法も考えられる。この場合は、炭酸ガスを発生せず、クリーンである。
 しかし、この方法なら、いちいち水素を経由しないで、最初から電気そのものを使う方がマシだ。たとえば、燃料電池なんかを使わないで、原発の電気をそのまま使う。(電気自動車など。)

 (3) 太陽・風力エネルギー

 太陽や風力のエネルギーを使う方法も考えられている。
  ・ 太陽光発電や風力発電の電気エネルギー
  ・ 太陽エネルギーと触媒による化学的な水素発生

 前者は、(2) と同様で、最初から電気として使った方がいい。
 後者は、まだ研究途上であり、実用化は何十年も先だ。夢物語。

 ──

 結論。

 (1) は無意味。(2)は無駄手間で無効。(3)は無駄手間で無効か、まだまだ無理。
 いずれにしても、駄目だ。結局、「水素による方法」というのは、ほとんど意味がない。遠い将来には、何らかの意味をもつようになるかもしれないが、少なくとも当面では、次の効果しかない。
 「実際には炭酸ガスを削減する効果はまったくないのだが、炭酸ガスを発生する過程を背後に隠すことで、きれいなエネルギー生産だと見せかける」

 これは一種のペテンである。
 比喩的に言うと、次の通り。
 「テーブルの上に、箱がある。布で目隠しをしたあと、布をはずすと、箱が消えている。こうして『箱が消失しました』という手品を見せる。しかし本当は、箱は、テーブルの上からテーブルの脇に落ちただけである。見えないところに移動しただけなのだが、そのことで『箱が消失しました』と見せかける」
 ここで「箱」とは、炭酸ガスのことだ。こいつを、見えるところから、見えないところに、移動する。箱そのものが消えたわけではないのだが、箱が消えたと見せかける。これがつまりは、「水素燃料はクリーンだ」ということのペテンだ。



 [ 付記 ]
 化学的に説明しよう。
 天然ガスの成分は CH4 や C2H6 などだ。
 このうち H の部分はそのまま水素ガスにできる。(触媒で)
 残りの C の部分は、CO (一酸化炭素)になるが、これは H2O と反応させて、水素生産に利用できる。
   CO + H2O → CO2 + H2
 ここでは CO のエネルギーを利用して、H2 を発生することができる。ただしそのとき、CO2 が発生する。
 その後、最終的に、H2 だけを燃焼させる。するとその箇所を見て、「水素は炭酸ガスを発生しないのでクリーンだ」と言われる。
 しかし現実には、水素生産の過程で、 C の部分は(工場で)燃焼させられている。
 結局、最初から最後まで見ると、 CH4 や C2H6 などをそのまま燃やしているのと、同じ結果になる。最終的な生産物(水と炭酸ガス)の発生量は同じになる。当り前だが。
 ただし、 CO2 の発生箇所と H2 の発生箇所を、分離することができる。(前者は水素生産工場で、後者は燃料電池車など。)……こうして、「水素を利用する燃料電池車は炭酸ガスを発生しない」というペテンの論理が成立する。

 比喩。
 悪魔があなたに百円を上げると言った。あなたは喜んで、「ちょうだい」と手を差し出した。すると悪魔は、あなたの右手に百円玉を与え、あなたの左手に百円の借金契約書(つまりマイナス百円)を渡した。するとあなたは「百円儲けた」と大喜びした。喜びながら、手数料として5円を払った。
 その後、悪魔はあなたの家に出向いて、あなたの奥さんから借金契約書の分として百円を取り立てた。
 あなたは帰宅してから、奥さんに自慢した。「5円の手数料を払っただけで、百円をもらったんだ。おれはすごく得をしたぞ。偉いだろう。えへん」
 奥さんは質問した。「百円をもらって、百円を払うのが、どうして得をしたことになるの? おまけに手数料まで払って」と。
 しかしあなたはうまく理解できなかった。「自分は百円をもらっただけだぞ」と信じていたので。

 悪魔はこうやって、愚か者をたぶらかす。



 ※ 以下に「追記」としての話を記しますが、細かな話なので、
   特に読む必要はありません。興味のある人のみ、お読み下さい。
   デーマは「太陽光発電と水素生産」です。傍系の話題。

  【 追記1 】 ( 2008-07-04 )
 上記の (3) の太陽光発電について、
 「太陽光発電して、水素に貯蔵する」
 という方法について加筆しておこう。
 これは、アイデアとしてはしばしば提案されるのだが、実現性はないと見る。
 一つは、コスト的に無理だ、ということだ。(当面は無理)
 もう一つは、原理的に規模が小さすぎる、ということだ。(永遠に無理)

 後者について説明しよう。
 太陽光発電のためには、スペースがいる。そのスペースは、あるか? 気休め程度の発電をするだけなら、あちこちに場所はあるが、日本全体のエネルギーをまかなうためだけの太陽光発電をするためのスペースがあるか? 
 マイクル・クライトンの提示した試算だと、アメリカ(日本の人口の倍)では、太陽電池の敷設にテキサス州程度の面積が必要だという。これは日本の面積の約2倍。……とすれば、(人口も面積も半分の)日本では、日本全部に太陽電池を敷き詰める必要がある。その場合、平地では、田畑はすべて消滅し、山野では樹木や草花がすべて消滅する。
 しかも、である。これでまかなえるのは、既存の発電の分だけだ。そのことで、火力発電も原発もなくすことは可能だが、しかるに、石油燃料の分はまかなえない。たとえば、ガソリンやディーゼルの自動車は、重たい車体を動かすために、大量の石油燃料を使う。その分を、「太陽光発電による水素」でまかなうとしたら、莫大な水素が必要となる。おそらく、現在の日本の発電量の数倍から数十倍になるだろう。そして、そのためには、日本の全面積の数倍から数十倍の土地が必要となる。
 というわけで、「太陽光発電をして水素に貯蔵」という方法は、原理的に不可能だ、という結論になる。少なくとも、日本国内では。

( ※ ただし、話を拡張して、「砂漠で水素生産をする」という案もある。これは以前の述べた方法の応用だ。これはまあ、将来的には可能かもしれない。当面は、太陽光発電のコストが高すぎて無理だが、何十年か先には可能かも。)(……とはいえ、砂漠の場合、水素を生産するための「水」をどこから調達するか、という別の問題が発生する。うまい話はないですね。  (^^); )

  【 追記2 】 ( 2008-07-04 )
 「太陽光発電して、水素に貯蔵する」
 という方法が実現しがたい理由は、他にもある。それは、強力なライバルの存在だ。それは「原発の深夜電力」である。
 現在の情勢が続くと、昼間の電力の必要性から、原発はどんどん増設されるだろう。そうすると、深夜電力が余る。余った分は無駄になる。そこで、この無駄をなくすために、「原発の電力で、水素を生産する」という方法が出現する。
 これは非常に強力なライバルだ。というのは、相手のコストはゼロ同然だからだ。
  ・ 発電の固定費はゼロ同然。(どうせ昼間の分でまかなう。)
  ・ 発電の維持費もゼロ同然。(どうせ常に発電している。)
 要するに、「原発の深夜電力」はタダ同然である。とすれば、「太陽光発電」もまた、タダ同然でない限り、コスト的に太刀打ちできない。(水素生産をするのならば。)
 なるほど、日中の電力ならば、ライバルの火力発電も原発も、ある程度のコストがかかるから、太陽光発電も、将来的には太刀打ちできるかもしれない。しかしそれはあくまで、「電力をそのまま使う」(水素生産には使わない)という限定のもとでの話だ。水素生産のために太陽光発電を用いるのであれば、そのコストはゼロ同然でない限り、意味がないのだ。
 具体的に言おう。将来、水素燃料を使う用途(家庭用燃料電池や水素エンジン車)が現れたとする。大量の水素が必要となる。そのとき、その水素を提供するのは、たぶん、原発をもつ電力会社だろう。電力会社は、自らの深夜電力を用いて、タダ同然のコストで、水素を生産する。そうなったら、太陽光発電で水素を生産しても、何の意味もないのだ。
 というわけで、「太陽光発電で水素を生産する」という案は、現実的には成立しない、とわかる。少なくとも、原発が稼働している期間には、無理だろう。

  [ 余談 ]
 「原発の深夜電力を使えばタダ同然で水素生産ができるのなら、そうやってできた水素を燃料電池に使えばいい」
 というアイデアもあるだろう。それはそうなのだが、もっといい方法がある。
 「原発の深夜電力はタダ同然だから、それをそのまま電気として使って、電気自動車に充電する」
 ということだ。こっちの方がいい。水素生産の設備もなしで済むから、タダ同然どころか、完全にタダにできる。
 ただし、現実には、そうはならないだろう。現状と同様に、深夜電力の価格は、昼間電力の3分の1ぐらいにするだろう。ただし、電力会社の利益は認可制で一定であるから、深夜電力で儲けた分は、昼間電力の「値下げ」として還元される。……つまり、
 「原発の深夜電力を有効利用して、電気自動車に充電すれば、昼間の電気料金が値下げになる」
 ということが成立する。そして、これは、不思議でも何でもない。無駄に捨てられてきた深夜電力が有効利用されて、効率アップするのだから、その分は、利用者に還元されて当然なのだ。
 というわけで、「原発と電気自動車」という形で、電力の代金は今よりも大幅に下がることになるだろう。これが最善の方法だろう。
posted by 管理人 at 19:22| Comment(3) | エネルギー・環境1 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
(3)は、太陽光や風力発電などによる安定供給が難しいという点で、水素をバッファとすることによる安定化ができる方法だと思います。つまり、太陽・風力による電気を安定供給することができるでしょう。電力の保存と言ってもいいかも知れません。
ただ、二度の変換があるため、エネルギー効率が悪いのが難点でしょうか。そのまま使った方がいいというよりも、こちらの方が問題だと思います。
Posted by poimandres at 2008年07月03日 10:14
太陽光や風力発電については、水素による貯蓄という考え方も成立しますね。私もそれは考えました。ただ、太陽光や風力発電そのものがハイコストなので無理そうです。

現時点で主張されているのは、太陽光発電に莫大な補助金を出して商業化する、ということだけです。太陽光発電に莫大な補助金を出して水素生産をする、という発想はちょっと無理っぽい。そこで莫大な補助金を出して、そのあと、燃料電池車や水素自動車に補助金を出したら、補助金のかたまりを動かしているようなものです。無意味。

太陽光や風力発電については、水素による貯蓄というのは、考え方としては成立するのですが、コスト的に遠い将来の話になるので、今の時点で考えるほどのことだとは思えません。

 なお、その意味は、「水素を貯蔵しても、その使い道がない」ということです。燃料電池車に使う、というアイデアは駄目、ということ。水素だけ貯めても、使い道がないと駄目。
Posted by 管理人 at 2008年07月03日 18:39
最後に 【 追記1 】,【 追記2 】を加筆しました。
 タイムスタンプは下記。         ↓
Posted by 管理人 at 2008年07月04日 00:40
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