2008年05月23日

◆ ダビング 10 への対処


 ダビング 10という規格をめぐって、迷走が起こっているようだ。
 そこで、これに対処するため、私なりの解決案を示す。 ──

 まずは、記事の引用。
 デジタル放送のコピー制限を緩和する新ルール「ダビング 10(テン)」が、解禁予定の6月2日の直前になっても実施のめどが立たない異常事態に陥っている。著作権を保護するためデジタル機器に課金する「補償金」をめぐり、著作権団体と電子機器メーカーが対立しているためだ。
 メーカー側委員「この案では、補償金制度が際限なく拡大する不安を感じる」
 メーカー側は、課金を容認すれば、今後新しいデジタル機器が登場するたびに課金されるのではないか、と警戒感を強める。「ハードディスク録画機とパソコンの線引きは難しく、課金対象の抑止が利かなくなってしまう」(業界団体幹部)

( → 朝日新聞 朝刊 2008-05-23 )
 読売の社説では、ずっと前に論じていた。
 たった1回しかできなかったDVDへのコピー回数を10回まで増やす「ダビング10」の実施が、6月2日の開始予定日を目前に、暗礁に乗り上げそうな情勢だ。
 番組にかかわる著作権料の徴収制度に機器メーカーが反対しているためだ。この問題を検討している政府の委員会でも、メーカー側の頑固な姿勢が目立つ。
 すでにメーカーは「ダビング 10対応」をうたった録画機器を数十万台販売している。コピー回数の制限緩和も、メーカーとテレビ局が作るデジタル放送推進協会が決めたものだ。約束を守れなくても責任はない、とメーカー側は言い切れるだろうか。
 問題があるなら、どうすればいいか。はっきり主張して制度作りに協力すべきだ。合理的な主張なら、政府も調整機能を発揮してまとめていかねばならない。
 消費者団体の委員も理解を示す中、メーカー側の委員だけは「10回に増えても制限があるなら補償は不要」「補償金の対象が際限なく広がる」などと反対した。
 補償金の額は1台当たり数百円になるという試算もある。価格に転嫁できるのかという、メーカー側の苦しい事情も分かる。
 ただ、ダビング10の行方が迷走していては、消費者は録画機器の購入をためらうだろう。テレビ観戦や録画の機会が増える北京五輪も控えている。その商機をみすみす逃すつもりだろうか。

( → 読売・社説 5月10日)
 ──

 さて。私なりに感想を述べると、「メーカーの心配は杞憂だ」となる。
 「この案では、補償金制度が際限なく拡大する不安を感じる」
 というのがメーカー側の心配だが、そんな心配は必要ない。たとえば、パソコンやらカーナビやらケータイやら、さまざまな方面に「著作権の課金」がかかるだろう、というのが、メーカー側の心配だ。しかし、そんな心配は必要ない。なぜなら、次のことがあるからだ。
 「範囲が拡大すれば拡大するほど、その周辺領域では稀薄化される」

 
 つまり、領域の広さだけを考える必要はなく、領域の各所における濃度を考えればいい。
 比喩的に言うと、メーカーの心配は、次のことに相当する。
 「波の波紋は無限に広がる。とすると、ある場所で生じた波は、世界中の海に広がるだろう。世界中の海でどんどん波が生じるから、それらが無限に重なって、世界中の波はものすごく高くなり、あらゆる陸地は巨大な波に呑み込まれてしまうだろう」
 もちろん、これはありえない。なぜなら、波の範囲が広がれば広がるほど、波はどんどん稀薄化されるからだ。

 デジタル著作権もまた同じ。範囲が広くなれば広くなるほど、濃度は稀薄化される。たとえば、パソコンやケータイにも料金がかかるとしても、それらの主たる用途はデジタル用途とは別にあるから、そこにかかる課金はごくわずかになる。
 予想では、ダビング専用の DVDレコーダーでさえ、500円程度の課金だという。だとしたら、パソコンでは、せいぜい 50円程度だろう。ケータイも同様。だったら、その程度の課金など、痛くも痒くもない。円レートがちょっと変わっただけでも、パソコンの原価は千円単位で変動する。なのに、50円程度の課金を気にするなんて、馬鹿げている。
 
 ただし、なかには、次のようなことを言う人もいるだろう。
 「私はパソコンを映像利用には使わない。映画の鑑賞もしないし、ましてはダビングなどまったくやらない。なのに、たとえ 50円でも取られるのは、納得できない」
 こういうことを主張する人は、次の性格をしている。
 「他人や政府から物をタダでもらったときには、それをコロリと忘れる。しかし、自分が課税されると、ものすごい金を取られたと思う。」
 たとえば、教育をタダでもらっていることを忘れて、「税金を払っているのにちっとも還元されない」とわめく。そういう性格だ。
 デジタル著作権もまた同じ。普通の人なら、YouTube などを見て、他人の著作物をどこかで眺めているものだ。また、著作権切れの昔の作品をタダで見ていることもあるだろう。(たとえばモナリザの画像とか。)特に、文章であれば、あらゆる文章には著作権があり、それをタダで読ませてもらっているはずだ。(ま、無償のブログはともかく、新聞などの有償サイトの文章をタダで読ませてもらうことは多い。)……なのに、そういうことをコロリと忘れてしまっている人が多い。

 とすれば、著作権者に対して、何らかの支払いをすることは、それはそれで当然のことなのだ。パソコンを購入して、50円とか 500円とか、その程度の金を払うことは、別に問題ない、と思う。
 ま、その金が、政府に吸い上げられるとしたら、まったく噴飯ものだが、その金が著作権者に入るのであれば、まったく問題ないはずだ。
 たとえば、その金の一部が、朝日新聞や読売新聞に入って、そのおかげでこれらの新聞社が有益な情報を公開してくれるのであれば、まったく異存ない。
 メーカーはやたらと大量の情報を処理することばかりに夢中になる。しかし、本当に大切なのは、情報の質を高めることなのだ。

 こんなことも理解できないから、日本のメーカーは、いつまでたっても、デザインセンスの悪い商品ばかりをつくって、アップルの iPod などに負けてしまっている。もうちっと著作権を尊重する姿勢を取らないと、安物ばかりを作るハメとなって、そのうち韓国メーカーに負けてしまうだろう。情けないね。



 【 方法論 】
 「徴収した著作権使用料を、どういうふうに著作権者に還元するか」
 という問題は、別途ある。
 これについては、別途、項目を立てて述べることにする。
 実は、これは、次の項目ですでに述べておいた。
   → デジタル著作権の問題

 簡単に言えば、こうだ。
 「デジタル機器に、それぞれ課金する。その金を政府が徴収する。一方、政府は、著作権者に対して、所得税を減税する」
 これなら、JASRAC みたいな利権団体が介入することはないから、利権団体がピンハネすることもないはずだ。

 なお、この場合、音楽・映像コンテンツに限らず、文章コンテンツも絵画コンテンツも、何でもかんでもひっくるめてしまうのがいいだろう。そもそも、音楽・映像コンテンツに限るというのが、利権団体の発想ですよね。ふざけた発想。
 
 [ 付記 ]
 私見を言えば、守られるべきは、アーティストなどの著作者本人であって、著作権をもつ会社ではない、と思う。
 たとえば、倖田來未であれ、若槻千夏であれ、あまりにもひどい薄給しかもらえず、会社側に搾取されている、ということが話題になる。コンビニ店員よりは少しはマシ、という程度の給料しかもらえず、利益のほぼすべては会社側に入る。ま、これは、他のタレントも同様で、若い女性タレントは、たいていが薄給である。普通のOLよりはちょっとマシだが、ぜいたくなんかできない。それでいて睡眠時間は一日4時間程度。かわいそう。
 そういえば、テレビ局の女子アナも似たようなものか。だから女子アナはすごく卑しくて、金持ちのタレントに「あれ買って」とおねだりをしたりする。(ま、女子アナは、著作者と言えるかどうかは別だが、才能はなくとも、顔だけでも著作権はありそうだ。  (^^); )
( ※ 「肖像権だぞ」という野暮な突っ込みは入れないでください。)

 で、何が言いたいかというと……
 著作権をもつ会社の側は、偉そうなことを言うが、自分たちだって同じ穴のムジナだ、ということを反省してほしいですね。著作者本人を虐待しているくせに。連中は JASRAC のピンハネする輩と、たいして変わらないのだ。
posted by 管理人 at 21:18 | Comment(0) | コンピュータ_02 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
  ※ コメントが掲載されるまで、時間がかかることがあります。

過去ログ