2008年04月15日

◆ 生物と遺伝子 (その2)

                        [ 重要 ]
 前項の続き。いよいよ肝心の話に移る。
 生物の本質は、生きていることである。では、「生きていること」とは、何を意味するか? 特に、遺伝子との関係ではどうか? ──

 前項に続いて、いよいよ重要な話に移る。

 ここまでの話の流れは、前項の通りだ。そこで特に重要なことは (5) である。つまり、次のことだ。
 遺伝子は、個体の「誕生」のときに作用するだけでなく、個体の「生存」のときにも作用する。

 では、これは何を意味するか? 

 ここで、福岡伸一の「生命と無生命のあいだ」に立ち返ろう。( → 該当項目
 この本では、「動的平衡」という概念が示されている。その概念は、「生物とは絶えず変動している存在だ」ということだ。もう少し正確に言えば、「生物とは、組織の各要素がたえず交替している存在だ」ということだ。

 では、(組織の各要素の)交替とは、どういうことか?
 それは、次のことだ。
  ・ 古い要素は捨てられる。
  ・ 新しい要素が誕生して組み込まれる。

 ここで、後者に注意。「新しい要素が誕生して組み込まれる」ことにおいては、遺伝子が作用しているのだ。

 このこと(動的平衡・組織の交替)。それが、「遺伝子がたえず作用している」ということの意味であり、「生きている」ということの意味だ。
 遺伝子とは、個体が誕生しているときだけに作用するものではなくて、個体が生存しているときにも作用しているものだ。( → 前項)
 そして、そのことは、こう言い換えることができる。
 「個体はたえず部分的に生み出されている」


 個体は誕生のときに、個体全体を生み出される。
 しかし、それだけではない。個体は生存しているときにも、個体の各要素をずっと生み出されているのだ。
 つまり、生まれることと、生きていることとの違いは、次のことだけだ。
  ・ 生まれること   …… 個体の全体が一挙に生み出される。
  ・ 生きていること …… 個体の各要素が少しずつ生み出される。


 前者(生まれること)は、「個体発生の期間」(親の妊娠期間)においてなされる。ここでは、受精卵から個体まで一挙に大幅に作用が進む。
 後者(生きていること)は、「生存の期間」(誕生から死まで)においてなされる。ここでは、個体の各要素は、廃棄される分だけ新たに誕生する。……こうして「交替」が起こる。
( ※ 注釈。ここで言う「動的平衡」「交替」という概念は、生物学における「代謝」という概念に似ている。ただし、「代謝」という言葉が使われるときは、組織全体の作用を細胞レベルでの化学反応として見ることが多い。一方、「動的平衡」「交替」という言葉が使われるときには、一つ一つの遺伝子レベルによる分子レベルでの物理化学的な作用を見る。)
( ※ なお、この「交替」は、定常的であるとは限らない。廃棄される以上に生産されることもある。それが個体の「成長」である。)
 ──

 ここまでを、まとめてみよう。
 生物の本質は、「生きていること」であり、「遺伝子が作用する」ということだ。
 そして、「遺伝子が作用する」ということには、二通りがある。「個体の誕生」と「個体の生存」である。
 この二通りがあるが、「遺伝子が作用する」という作用原理そのものは原理的に同じである。両者はまったく別々のことをなしているわけではない。原理的には同じことをなしているのだ。
 遺伝子(生命子)は、個体の誕生から死まで、たえず同じ原理で働き続ける。そして、その遺伝子の働いている状態(二通り)の全体が、生物の本質だ。

 図式的に書けば、次のように書ける。
  生物の本質 = 遺伝子の作用 = 個体の誕生 + 個体の生存


 ( ※ この件については、従来の説と対比する形で、次項でさらに詳しく説明する。)

 ──

 最後に、要約を記そう。次の通り。


 生物の本質は、「生きること」である。「生きること」とは、「個体の各要素が絶えず部分的に誕生している」ということである。そのために、遺伝子は作用する。
 遺伝子は、個体の誕生のためにあるだけでなく、個体の生存のためにもある。遺伝子は生命の根源をになう。遺伝子は「遺伝」のためにある「遺伝子」というより、「生命」のためにある「生命子」である。
 生物の本質は、遺伝子を増やすことではなく、遺伝子が作用していることだ。
 たとえば、あなたの本質は、次世代においてあなたの遺伝子を増やすことではなく、あなたが今この瞬間に、まさしく生きているということだ。一個の個体として、呼吸し、血をめぐらし、全身を活気づけながら、運動したり、食べたり、眠ったり、愛したり、喜んだりするということだ。それこそがつまり、「生きること」である。

 なお、次のようにも言える。


 生物の本質は、たえず部分的に少しずつ生まれつつあるということだ。つまり、たえず生まれ変わるということだ。これは、「新陳代謝」という言葉で呼び替えるとわかりやすい。
 たとえば、皮膚は常に新陳代謝して、新たなものを生じる。だから、皮膚の細胞はどんどん古びても、古いものが捨てられることで、正常な皮膚の状態を保つことができる。同様のことは、一見して同じように見える内臓にも当てはまる。(福岡伸一の「動的平衡」の概念からわかる。たとえ細胞が同じでも、分子レベルでは要素が交替している。)
 こういうことは、物質とは明白に異なる。物質は常に同じ分子を保つ。しかるに、生物はたえず分子レベルで生まれ変わりつつあるのだ。
 そして、そのために、遺伝子(生命子)は働く。遺伝子の本質は、自己複製ではなく、生命を維持することである。
 そして、遺伝子によって生命を維持できるものとして、生物は存在する。ここに生物の本質はある。

( ※ このことを正しく理解するためには、「遺伝子」という言葉を「生命子」と呼び変える方がいいだろう。ドーキンスは、「遺伝子」という言葉にだまされた一人だった、と言えるかもしれない。「遺伝子」という言葉ゆえに、「遺伝子の意味は遺伝だ」と思い込んでしまったのだ。 → 遺伝子の意味(生命子)





 ※ 次項では、補足的な話を示す。
posted by 管理人 at 21:52| Comment(4) |  生命とは何か | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
すぐ上(↑)のコメントは、無意味なので、取り消します。
Posted by 管理人 at 2008年04月16日 13:49
>図式的に書けば、次のように書ける。  生物の本質 = 遺伝子の作用 = 個体の誕生 + 個体の生存

毎度毎度お借りして申し訳ないですが、こう書き変える事には問題がありますでしょうか。

           遺伝子の動作  
生物の本質= −−−−−−−−
          遺伝情報の具象化

     個体の発生 + 個体の成長 + 個体の生存   
= −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 
   遺伝情報の自己複製と増殖、分化による個体の再構成

                                別個体(子)の作出          
                      + −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
                          新しい別個体への情報の継承(変則的自己複製)


「自己複製」の概念のうちに「体細胞分裂」を含めておられるようなので、安心しました。通して読む限り、体細胞分裂まで否定しているようにしか読めませんでしたので、少し心配してしまいました。
しかし、体細胞分裂を個体内での自己複製であると位置付けているならば、ここでも「自己複製は生物の本質ではない」という命題は誤りではないでしょうか?
体細胞分裂という遺伝子の自己複製がなければ個体発生も成長も、生命そのものが成立しないわけですし
「生物の本質は自己複製である」という命題も正しい(否定されない)のですから。
Posted by ItsSin at 2008年04月16日 22:41
私の説はとりあえずドーキンス説を否定することが主眼なので、私の説に基づいてさらに議論を拡張することは、他の人々の役割になります。
 そちらの見解も、それなりの価値があるので、私がとやかく言うほどのことはありません。

> 体細胞分裂という遺伝子の自己複製がなければ

 「××がなければ、成立しないから、××こそ本質だ」
 という論旨を使うと、必要性のあるすべてが「本質だ」ということになって、本質的なものが山のようにたくさんできてしまいます。それでは「本質」という言葉に自己矛盾します。(本質とは唯一の中核的なものだから。)

 私は別に「自己複製なんか不要だ」と述べているわけではないので、念のため。「生命においては何一つ無駄なものはない」とすら言えるかもしれません。
Posted by 管理人 at 2008年04月16日 23:54
後半の [ 付記 ]の前に、[ 補説 ]を加筆しました。
 その直前にも追加しました。
 タイムスタンプは下記。   ↓
Posted by 管理人 at 2012年03月28日 13:13
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
  ※ コメントが掲載されるまで、時間がかかることがあります。

過去ログ