2008年01月31日

◆ ミツバチの教訓 2 (生物の原理)


 前項 の続き。
 生物にとって大切なのは「生存」だ。(前項。)
 しかるに、生物にとって大切なのは「増加」だ、と見なす発想がある。この発想に従うと、生物を誤認することになる。単に「増えればいい」という発想では、真実に近づくどころか遠ざかってしまう。 ──

  ※ 前項の (1) 〜 (4) に引きつづき、(5) 〜 (6) を述べる。

                 ──

 (5) 増加と生存

 生物にとって何より大切なのは「生存」だ。(前項)
 しかるに、それとは異なる発想がある。こうだ。
 「生物にとって大切なのは、増加だ」
 …… (*
 この発想は、生物学の世界ではかなり広く信じられている。ほとんどすべての生物学者がそう信じている、とすら言えるだろう。なぜかというと、彼らは次の発想を取るからだ。
 「生物の本質は、自己複製だ」
 …… (**
 この二つの発想は、「自然淘汰」という発想と結びついている。そして、次のように結論する。

 「生物の目的は、増えることだ。生物は、自己複製をして、どんどん増加する。増加した生物のあいだでは、優勝劣敗による自然淘汰が起こる。かくて、優れた形質のものが増え、劣る形質のものが減る」


 これは、いかにももっともらしい考え方だが、妥当ではない。
 むしろ、次のような考え方の方が、妥当である。

 「生物の目的は、生きることだ。第一に、個体が生きること。第二に、系統が生き続けること。前者は、自分が生きることであり、後者は、親が子を産むことだ。個体は、自分の親のおかげで生まれたので、自分もまた成長後に親として子を産む。そのことで、系統を存続させる。ここでは、増えることよりも、生き続けることだけが大切だ」


 こうして二つの考え方を示した。
  ・ 自然淘汰の考え方 …… 「生物の目的は、増えることだ」
  ・ 生存原理の考え方 …… 「生物の目的は、生きることだ」


 この二つの考え方は、まったく食い違うわけではない。次の意味では、結論は同じようになる。
 「生物の目的が生きることであるならば、数を増やすことが必要になる」


 なお、注意。ここでは、数を増やすことは、それ自体で目的となるわけではない。目的はあくまで生きることだ。ただし、系統を絶やさないためには、数を増やすことが(手段として)必要となる。
 ここでは、数を増やすことは「目的」ではなく「手段」である。

 なお、このことから、次のことが結論される。
 「生存率が低いほど、数の増加率は高いことが必要だ」

 たとえば、(子が大人になるまでの)生存率が 1% であるならば、子の数は 百以上であることが必要だ。生存率が 0.01% であるならば、子の数は 1万以上であることが必要だ。(有性生殖の場合はさらにその2倍の数が必要だ。)

 そして、このことはまさしく成立する。次のように。
 「下等な生物ほど、生存率が低く、産卵数は多い」

 たとえば、魚類の産卵は、数百〜数千個。両生類の産卵は、数十個。爬虫類の産卵は、十数個。哺乳類の出産は、数匹。こうして、数だけを見ると、進化した生物ほど、産む子の数は少ない。では、産む子の数が少ないから、進化した生物ほど不利なのか? いや、そんなことはない。下等な生物は、産んだ子のほとんどが死んでしまうが、進化した生物では、死亡率が低下する(生存率が上がる)。別に、「産卵数が多いほど有利だ」ということにはならないのだ。
 同様のことは、われわれ人間にも当てはまる。途上国では、所得が低いが、生涯出産数は高い。先進国では、所得が高いが、生涯出産数は低い。この関係は、下等生物と高等生物の関係に似ている。── 途上国では、子が死亡率が高いから、多くの子を産む必要がある。先進国では、子の死亡率が低いから、二人ぐらいの子を産むだけで済む。

 さまざまな生物種であれ、人間であれ、「数を増やすこと」は、それ自体では目的とならない。目的はあくまで「生存し続けること」である。ただし、生存し続けるためには、数をたくさん増やす必要がある。下等な生物ほど、数をたくさん増やす必要がある。

 ( ※ なお、「増加」を目的だと考えると、話が矛盾する。先進国の人々ほど、所得が高いので、子供をたくさん扶養できる。ならば、先進国の人々ほど、子だくさんになっていいはずだ。しかし現実には、その逆である。つまり、「貧乏人の子だくさん」だ。橋下知事みたいな「金持ちの子だくさん」は、あくまで例外である。  (^^); )

 (6) 自然淘汰か 多様性か

 生物にとって大切なのは、「増加」ではなく「生存」である。では、どうすれば「生存」が可能か? それが問題となる。
 ミツバチの場合は、特殊な方法を取った。「有性生殖と無性生殖の混合」および「不妊になる」という方法だ。これはこれで有効だが、普通の動物(有性生殖の動物)には当てはまらない。
 では、普通の動物は、どうすればいいか? どうすれば「生存」が可能となるか? 

 ここで、自然淘汰を信奉する人ならば、「優勝劣敗を強めよ」と主張するだろう。つまり、こうだ。
 「優勝劣敗を強めれば、優者だけが生き残る。つまり、優れた形質をもつものだけが生き残る。そのことを通じて、種内のすべてが優れた形質をもつようになるので、生存する能力が高まる」と。
( ※ 実はこれは、経済学では普通の発想だ。「市場競争の強化」とか「規制緩和」とか「市場の流動化」とかを唱えて、優勝劣敗を唱える。そうすれば経済状況は改善する、という発想だ。)

 では、本当にそうか? 生物が絶滅を避けるには、優勝劣敗を強めればいいのか? 実は、逆である。優勝劣敗を弱めればいい。
 このことは、嘘のように聞こえるかもしれない。だが、歴史を見れば真実だとわかる。
 地球の歴史上では、環境の大激変により、生物が絶滅に瀕したことが何度かあった。実際、地上の生物の何割かが絶滅してしまったこともあった。有名なのは、ペルム紀末の大絶滅、三畳紀末の大絶滅、白亜紀末の大絶滅(恐竜の絶滅)である。( → Wikipedia
 しかしながら、地上の生物の何割かが絶滅しても、あらゆる生物が根こそぎになったわけではなかった。残りの何割かが生き残った。そしてそこから、新たな進化が始まった。
 ではなぜ、残りの何割かが生き残ったのか? 彼らが優者だったからか? いや、彼らが劣者だったからだ。彼らは、古い環境では劣者だったが、滅びずに生き続けることができた。だからこそ環境が激変したとき、新たな環境で絶滅を免れることができたのだ。彼らは劣者だったからこそ、うまく絶滅を避けられたのだ。
 とすれば、大切なのは、優者だけでなく劣者もまた存在することだ。それはつまり「自然淘汰が弱い」ということであり、「多様性がある」ということだ。

 たとえば、白亜紀には、優者は恐竜であり、劣者は哺乳類だった。哺乳類は地上の主な領域からは追い出されたが、夜間世界というニッチにおいてはかろうじて生きることができた。もちろん領域は競合しているから、恐竜が哺乳類を全滅させてしまうこともありえたかもしれない。しかし淘汰圧はあまり強くなかったので、恐竜のほかに哺乳類も共存できた。ともかくそこでは、優者は恐竜であり、劣者は哺乳類だった。
 あるとき地球環境が激変した。すると、恐竜は劣者となり、哺乳類は優者となった。恐竜は絶滅したが、哺乳類は爆発的に繁殖した。
 ではなぜ、哺乳類は絶滅を免れたのか? 古い環境において優者だったからか? 違う。古い環境において劣者だったからだ。そして、劣者であるにもかかわらず、細々と存続できたからだ。つまり、「多様性」があったからだ。

 生物を絶滅から免れさせるものは、「自然淘汰」ではなく「多様性」である。
 仮に「自然淘汰」が強まったなら、生物はあっさりと絶滅しかねない。前にも示したが、次図の赤線のように。

縦軸は対数表示

 恐竜と哺乳類との関係は、異なる種の間の関係だ。だが、同じ種の内部でも、同様のことは成立する。つまり、種を絶滅から免れさせるものは、「自然淘汰」ではなく「多様性」である。
 たとえば、自然淘汰が極端に強まると、種内の遺伝子はほぼ単一化されてしまう。「最強の個体」と同じ遺伝子を持つ個体ばかりになってしまう。いわば「クローンだらけ」というような状況だ。(他は自然淘汰のせいで退場する。)……しかし、そんなことになれば、環境の激変に対する抵抗力が弱まる。たとえば、ある特定の病原菌に弱かったりすると、あらゆる個体が一挙に全滅しかねない。
 だからこそ、同じ種の内部でも、「多様性」が必要なのだ。つまり、「自然淘汰が弱いこと」が必要なのだ。── 種の絶滅を免れるには。
 ここでは、「自然淘汰こそ最重要の原理だ」という発想は、真実であるどころか、真実とは正反対のものとなっている。
( ※ なお、これは逆説に聞こえるかもしれないが、逆説ではない。「生存原理こそ最重要の原理だ」という発想を取れば、自然淘汰という原理などは二の次だとわかる。)

 ともあれ、生物にとって大切なのは「生存」であり、「増加」とか「淘汰」とかは二の次のことなのだ。「生存こそ大切だ」ということを、何よりもはっきりと噛みしめる必要がある。



 次項 につづく。
posted by 管理人 at 21:05 | Comment(0) |  生命とは何か | 更新情報をチェックする
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