2008年01月24日

◇[補説] ミツバチの利他的行動 2

 血縁淘汰説ないし利己的遺伝子説は、ミツバチの利他的行動をうまく説明した、と見える。
 しかし、これらの説は、うまく説明したように見えても、難点がある。その難点を示そう。
  ( ※ 重要な話は、次項に書いてあります。本項は、その前書きのような話です。) ──

 本項では「血縁淘汰説」の難点をいくつか列挙する。

 なお、「難点」というのは、「不都合な点」「不十分な点」というぐらいの意味だ。学説全体を根本的に崩壊させてしまう、というほどの大々的な意味ではない。そういう根源的な難点については、次項で扱うことにして、本項ではとりあえず、アラ探しのようなことをする。
 意地悪な学者が、ライバル学者の難点をあげつらおうとして、イヤミったらしく欠点をほじくることがあるが、そういうことをしようとする。
 「へえ。あんたいつも、『本質を突け!』と唱えているじゃない。なのに、そんなアラ探しをするのはみっともないぞ」
 と言われたら、まあ、その通り。それでもまあ、みっともないとはわかっているが、アラ探しのようなことをしよう。(女房があなたの悪口を言うようなものだ。……とでも思ってください。 パンチ イテッ。)

 ──

 初めに、用語について。
 本項では単に「血縁淘汰説」と呼ぶことにして、「血縁淘汰説ないし利己的遺伝子説」というふうに長々しく呼ばずにおく。長いと面倒だからだ。また、肝心の核心部分は、ハミルトンの説であるからだ。(ドーキンスの説はそれに根拠を与えたにすぎない。)

 なお、以下で示す難点は、次の二つの分野で示せる。
  ・ 基本的な発想  …… (1)(2)
  ・ 学術的な論拠  …… (3)(4)(5)

 以下では、この二つの順で説明しよう。
 全部で (1)(2)(3)(4)(5) という5点がある。(1)(2) は前半であり、(3)(4)(5) は後半である。

 ──

 血縁淘汰説には、基本的な発想として、二つの難点がある。次の (1)(2) だ。

 (1) 75% という値

 働きバチの血縁度(共通する遺伝子の割合)は、妹との間では 75% だ。とすれば、妹を育てても問題ない。ただし、である。問題ないどころではない。この値はあまりにも高すぎるのだ。(いわば、詐欺師の示す 高い利息のようなものだ。話がうますぎるのである。)
 この値が 75% でなく 40% ならば、まだわかる。次のように説明されるからだ。
 「本当は自分の子を産んで、血縁度 50% の子を育てたかった。だが、残念ながら、自分の子を産めない。そこで仕方なく、血縁度 40% の妹を育てる」
 これならわかる。「理想のものがないから、やむなく次善のものを選ぶ」という発想だ。
 しかるに、血縁度 50% の子と、血縁度 75% の妹と、双方が可能であり、後者の方が(遺伝子にとって)有利なのであれば、誰だって喜んでそちらを取るはずだ。(有利な方を取ることで遺伝子がたくさん増える。)
 要するに、50% よりも 75% の方が有利であるのならば、ミツバチの働きバチに限らず、あらゆる有性生殖の生物で、血縁度 75% の妹を育てればいいのだ。なのになぜ、たいていの動物は、そうしないのか? なぜ有利な方法( 75% の方法)を取らずに、あえて不利な方法( 50% の方法)を取るのか?
 ドーキンスふうに遺伝子主体で考えよう。個体が遺伝子の乗り物にすぎないのだとしたら、遺伝子はあえて不利な生殖方法( 50% の方法)を取らずに、有利な生殖方法( 75% の方法)を取ればいいはずだ。それでこそ利己的というものだ。
 たとえば、人間もまた、ミツバチのような生殖方法を取るべきだ。そうすれば遺伝子にとって有利なのだから。つまり、人間もまた、それぞれのコロニーで、ミツバチのような女王社会を形成するべきだった。すなわち、一人の女王と、多数の奴隷のように働く女性と、精子供給マシンにすぎない男性とからなる社会。そのような社会こそ、遺伝子にとって好ましい社会であるはずだ。なぜなら、そこでは遺伝子は、血縁度 75% の増殖方法を取ることができるのだから。
 なのに、なぜ、人間の遺伝子は、そういう戦略を取らなかったのか? また、なぜ、他の哺乳類や爬虫類もまた、そういう戦略を取らなかったのか?ミツバチのように昆虫のなかでも最も下等と言える生物が、有利な生殖方法( 75% の方法)を取り、人間のような高度に進化した生物が、不利な生殖方法( 50% の方法)を取るというのは、矛盾ではないのか?

 (2) 100% という値

 「 50% よりも 75% の方が有利だ」というのが血縁淘汰説の発想だ。
 しかし、どうせなら、 75% どころか 100% の方法もある。それは、「無性生殖」だ。無性生殖では、血縁度が 100% という値になる。
 遺伝子が自己複製を目的とするなら、血縁度が 100% となる「無性生殖」こそ理想的であるはずだ。だったら、なぜ、遺伝子はその理想的な生殖方法を取らないのか?
 
 ──

 以上の (1)(2) をまとめよう。
 血縁淘汰説では、「血縁度が高いほど有利だ(ゆえに生き残る)」という発想を取った。とすれば、進化した生物ほど、血縁度が高いはずだ。
 しかし現実には、その逆だ。生物は、進化するにつれて、自己複製の割合を、高めるどころか低めている。次のように。
  ・ 細菌類  …… 血縁度 100%
  ・ ミツバチ  …… 血縁度 75%  (働きバチで)
  ・ 哺乳類  …… 血縁度 50%

 これを見ると、「生物は進化するにつれて、わざわざ不利な生殖方法を選ぶようになった」ということになる。自己矛盾。
 もう少し説明しよう。
 「進化とは遺伝子が自己複製(利益増大)に努めた結果である」
 というのが、利己的遺伝子説の根源的な原理であったはずだ。とすれば、進化した生物ほど、自己複製の能力が高くていいはずだ。なのに現実には、進化した生物ほど、自己複製の能力が劣る。これは矛盾だろう。

 ──────────────────


 血縁淘汰説には、学術的な論拠として、三つの難点がある。次の (3)(4)(5) だ。このうち (3)(4)(5) は、区分される。

 (3) 37% という値(姪の場合)

 血縁淘汰説によれば、ミツバチは自分の妹を育てるはずだ。しかし現実のミツバチでは、次の二つの行動がともに見られる。
  ・ 自分のを育てる
  ・ 自分のを育てる
 前者は、血縁淘汰説の通りだ。一方、後者は、血縁淘汰説とは違うものだ。次のとおり。
 コロニー内の個体数が増えると、たくさんの個体が一つの巣に収まりきらなくなる。すると、集団が分割される。これを「分封(ぶんぽう)という。
 分封の際、女王バチは、集団の四割ぐらいの働きバチをともなって、巣から離れる。
 元の巣では、女王バチが去ったあと、集団の六割ぐらいの働きバチが残る。残った働きバチの集団は、女王バチが去る前後に、新女王バチを生み出す。すなわち、巣房の一つを拡大して、新女王バチ専用にしてから、そこにいる幼虫たちにロイヤルゼリーを多量に与える。それらの幼虫のうち、最初に成体になったものが、新女王バチになる。(他の幼虫は殺される。)
 新女王バチは、他のオスと交尾して、子を産む。この子は、既存の働きバチにとっては、(妹にあたる新女王バチの子だから)に当たる。ここに注意。
 ここで、姪の血縁度を計算しよう。姪の血縁度は、75% ではなく、37% である。(なぜなら、姪の遺伝子のうち、母親由来の遺伝子は前述のように 75% である。一方、父親由来の遺伝子は 0% である。だから平均して 37% となる。正確には 37.5% である。なお、姪の母親である新女王バチは、働きバチにとっては妹に当たる。)
 働きバチの前には、二種類の幼虫がいる。妹と姪だ。ここで、血縁淘汰説が成立するなら、働きバチは、75% の妹だけを育てて、37% の姪を育てないはずだ。あるいは、37% の姪を育てるかわりに、50% の自分の子を産んで育てるはずだ。
 では、働きバチは、どうするか? 50% の自分の子を産むことはない。また、75% の妹だけを育てることもない。75% の妹と 37% の姪を区別せずに、どちらも育てる。だから、「血縁度の高いものを育てる」ということは、成立しない。
 かくてこの場合では、「血縁度の高いものを育てる」という血縁淘汰説は不成立となる。

 (4) 25% という値(異父妹の場合)

 血縁淘汰説は、別の場合でも不成立となる。それは、異父妹を見るとわかる。
 近年の観察研究によれば、女王バチは生涯に何度か、交尾する。そのたびに、交尾の相手となるオスは、別のオスになる。(何度も再婚するわけだ。日本人じゃなくてアメリカ人みたいに。)
 さて。女王バチと新たなオスとの間で生まれる子は、働きバチにとっては、異父妹にあたる。(これもアメリカでは良くある話。)
 では、異父妹の血縁度は?
 働きバチにとって、異父妹との血縁度は、25% である。なぜか? 異父妹の遺伝子のうち、母親由来の遺伝子は、同じ女王バチの遺伝子( 2n のうちの n )だから、50% である。父親由来の遺伝子は、妹ならば百% だが、異父妹ならば 0% である。だから 50% と 0% の平均で、25% となる。
 働きバチの前には、二種類の幼虫がいる。妹と異父妹だ。ここで、「血縁度の高いものを育てる」ということが成立するなら、働きバチは、75% の妹だけを育てて、25% の異父妹を育てないはずだ。あるいは、25% の姪を育てるかわりに、50% の自分の子を産んで育てるはずだ。
 では、働きバチは、どうするか? 50% の自分の子を産むことはない。また、75% の妹と 25% の異父妹を区別せずに、どちらも育てる。だから、「血縁度の高いものだけを育てる」ということは、成立しない。
 かくてこの場合でも、血縁淘汰説は不成立となる。

 ──

 以上の (3)(4) からわかるだろう。血縁淘汰説は、必ずしも正しい主張ではない。なぜなら、姪や異父妹の存在を無視しているからだ。とはいえ、
 「そうかもしれないが、ミツバチはバカだから、区別がつかないだけだ。75% の妹と勘違いして、姪や異父妹もいっしょに育ててしまうだけだ」
 という理屈も成立する。(けっこう詭弁っぽいが。)
 ただし、その理屈は、ミツバチの行動を正当化することはできても、それが有利であることを説明できない。たとえ勘違いだとしても、実際には 37% や 25% の個体を育ててしまうのでは、詐欺にあったようなもので、だまされていることになる。(ホトトギスに託卵をされてしまうウグイスみたいなものだ。バカを見ていることになる。)
 で、だまされて 37% や 25% の個体を育ててしまうのでは、「遺伝子をたくさん残す」という目的のためには、ちっとも有利になっていないことになる。とすれば、「遺伝子をたくさん残せるから、自分の子を産まないで、あえて妹を育てるのだ」という説は、どうも成立しそうにない。
( ※ 実際には、どうなっているか? 妹のほかに、姪や異父妹も混在しているせいで、75% と 37% or 25% の混合という現象があるのだろう。すると、平均的な血縁度は、40% 〜 70% ぐらいになるのかもしれない。それでも 50% よりはいくらか上回るのかもしれないが、だとしても、あまり有利だとは言えなくなる。説得力は弱まる。)

 ──────────────────


 なお、さらにもう一つ、次の (5) という難点がある。
 先の (3)(4) は、いかにもタコツボ学者がやりそうな話で、相手の学説の穴を突っつくものだったが、(5) はもうちょっと正面から論破するものだ。

 (5) 近親婚(近親交配)の問題

 「血縁度の高い個体を残すことが有利だ」
 という発想からは、
 「近親婚をすることが有利だ」
 という結論が出る。近親婚ならば、共通する遺伝子の量が増えるからだ。とすれば、次の結論が出るはずだ。
  ・ 兄弟姉妹と交配すると有利だ (オタクはこういう話が好き)
  ・ と交配すると有利だ      (オィディプス神話)
  ・ と交配すると有利だ      (ジョン・ベネ事件の噂)
  ・ イトコと交配すると有利だ    (これは一応合法)


 しかし、近親婚(近親交配)なんて、やりたがる人はいないだろう。血縁淘汰を信じる学者がいくら推奨しても、気持ち悪くて、やる気になれない。……ということは、「近親婚(近親交配)は不利だ」ということが、生物学的に本能として組み込まれている、ということだ。
 つまり、有性生殖の人間にとって、血縁度を高めることは、少しも有利ではないのだ。ちょうど、女王社会をつくることが有利ではないのと同様に、ミツバチの真似をして血縁度を高めることはちっとも有利にならないのだ。むしろ、不利になるのだ。(だから気持ち悪い。)

( ※ なお、次の反論も来そうだ。「近親婚をすれば、血縁度は高まるが、遺伝子を増やすことにはならない」と。しかし、そんなことはない。仮に、子供を一人生んだとしよう。近親婚をすれば、子には、自分と共通する遺伝子の割合が多いので、自分と共通する遺伝子が増える。一方、赤の他人と結婚した場合には、自分と共通する遺伝子が全然ないので、子には、赤の他人の遺伝子を増やす効果が多く出る。)

 ──────────────────


 以上の (1)(2)(3)(4)(5) を、すべてまとめてみよう。
 ミツバチの利他的行動について、血縁淘汰説の趣旨は、
 「妹を育てると、遺伝子をたくさん残せる。だから、自分の子を産まないで、あえて妹を育てるのだ」
 ということだった。しかし、 (3)(4) を見ると、それはどうも怪しい。とても 75% という値にはなりそうにない。
 しかも、 (1)(2)(5) からすると、血縁度を高めることは、有利であるというよりは、不利であるようだ。
 また、 (1)(2) からすると、「遺伝子を増やそうとして進化したせいで、遺伝子を減らすことになってしまった」というふうになり、自己矛盾に陥る。

 以上のことは、完全な論理矛盾というのとは異なる。血縁淘汰説が学説として完全に破綻したというわけではない。
 が、そうだとしても、血縁淘汰説というものが、相当に疑わしい学説であることが判明するだろう。血縁淘汰説は、生物学的な意味で、その合理的な根拠がぐらぐらに揺らいでしまう。とうていこの世界の真実だとは思えなくなってくる。

 では、この世界には、真実はないのか? いや、そんなことはあるまい。おそらくは、血縁淘汰説とは別に、真の理論があるはずだ。「つじつま合わせのできる学説」ではなくて、「何もかもすっきりと説明できる統一的な学説」が。
 特に大切なのは、次のことだ。
 「働きバチは、妹を育てる。ただし、生殖能力があるのに、あえて自己の子を産まずに、妹を育てているのではない。損得勘定(有利・不利)で、妹を育てているのではない。もともと自己の子を産めないのだ。もともと生殖能力を奪われてるのだ。先天的な不妊なのだ。これは明らかに不利な形質である。では、なぜ、そうなのか?」
 働きバチは、75% の方法と 50% の方法から、損得勘定で 75% の方法を選んでいるのではない。もともと 50% の方法を根源的に奪われているのだ。それは、なぜか? 
 そのことを、血縁淘汰説は説明しない。血縁淘汰説が説明するのは、
 「 75% の方法と 50% の方法がともにあったときには、 75% の方法を選ぶだろう」
 ということだけだ。これでは、根源的な説明になっていない。 50% の方法がないこと(奪われていること)を、説明していないからだ。
 むしろ、血縁淘汰説からは、逆のことが結論される。
 「 75% の方法と 50% の方法は、ともにある方がいい。 50% の方法が合っても、ちっとも困ることはない。なぜなら、 75% の方法のほうが有利だから、両者が混在するときには、 75% の方法を選ぶからだ。あえて 50% の方法をなくす必要はない」
 しかし、現実には、そうではない。働きバチは、 50% の方法をなくしている。あえて不妊にさせられている。では、なぜ? ── ここに、根源的な問題がある。

 本項では、「血縁淘汰説が真実ではないこと」を示そうとした。では、真実とは何か? これについては、次項以降で説明される。



 ※ 以下では、補足的な解説を加える。

 [ 付記 ]
 先に述べたように、
     細菌 > ミツバチ > 有性生殖
 という順で、血縁度は低くなる。それはいったい、なぜか? これでは、
 「遺伝子は利益を減らす方向に進化した」
 ということになるので、話がおかしい。これではいわば、「進化とは退化のことだ」ということになってしまう。(進化したせいで自己複製能力が減ってしまうことになる。形質が悪化してしまうことになる。)……いったい、どうなっているのか? 

 実は、話は簡単だ。最初の原理が間違っていたのだ。つまり、
  「自己複製をすることが遺伝子の利益だ」
 という原理が。
 そもそも、「自己複製が大事」というのは、無性生殖の生物に成立する話であって、有性生殖の生物に成立する話ではない。遺伝子についても同様だ。
 遺伝子にとっては、自己複製することは目的にはならない。つまり、ドーキンスの導入した最初の原理は、真実ではない。いわば「間違った公理」のようなものである。だから、そのあとの演繹的体系は、すべて虚構となる。
 具体的に例示しよう。たとえば、あなたの遺伝子は、増殖することを目的としていない。あなたの遺伝子が目的としているのは、単に時間のなかで断絶しないこと(系統が持続すること)だけだ。断絶しなければそれでいいのであって、やたらと増殖する必要などはないのだ。たとえば、あなたはやたらと多数の女と不倫をする必要はない。単に自分の子供2〜3人ぐらいを産んで育てればいいだけだ。
 本サイトの論理では、血縁度が高いことは必要ない。血縁度なんて、ハナからどうでもいいことなのだ。(むしろ、「近親婚は良くない」という意味では、血縁度は低い方がいいかもしれない。)
 というわけで、結局、「血縁度を高めることが大事だ」という血縁淘汰説は、もともと成立しないのだ。

 ただし、これは、裏話である。「血縁淘汰説は正しくない」ということは、まだ説明しきっていない。ここでは裏話を示しているだけだ。
 本項では、血縁淘汰説には難点があるということを、とりあえずいくらか指摘しているだけだ。まだ否定しきったわけではない。(最終的には血縁淘汰説を完全に否定する、ということを、ここで予告しているだけだ。)
 なお、血縁淘汰説の根源的な問題は、次項で示される。
 
  → 次項
posted by 管理人 at 19:49| Comment(7) |  生命とは何か | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
今回のシリーズはどうもなっとくできません…

1.
利子主義、利全主義も利己主義を突き詰めた結果じゃないでしょうか?
乱交しないのは秩序を守らないと殺されるから。
あと、母が子を守るのは自分の体の一部だからというのと、メスは戦闘の結果を考えないで行動する気がします。

2.
蜂というのは集団全体で一つの個だと考えれば妹を育てるのは説明つくのではないでしょうか?
Posted by sumeshi at 2008年01月25日 14:08
> 今回のシリーズはどうもなっとくできません

 別に納得しなくてもいいんですよ。
 私としては別に「私の考え方だけが絶対的に正しくて、他の考え方は間違いだ」というふうに、他人を全否定しているわけではありません。読者は「こういう考え方もある」と知ればいいだけです。
 私は「あっちの説にはこういう難点がありますよ。こっちの説にはこういう利点がありますよ」というふうに述べていますが、そのあとの価値判断は読者に委ねられます。読者はお好みで、好きなように受け止めてください。

 たとえて言うと、「ビッグスリーの大型自動車だけを売っている」という国に出掛けていって、「このハイブリッドも売ります」というふうに、別の商品を新たに呈示しているだけです。
 お客である皆さんは、二つを並べて、お好みのものを選べばいいんです。で、新たに出てきたハイブリッドを見て、「これは納得行かないな」と思うのなら、それでもかまわない。取らなければいいだけです。各人の自由です。
 とにかく私は、「既存のものだけがある」という状況で、新たなものを追加しています。それだけが意図です。(ま、新規参入者を排除したがる独占主義の人もいますが。)

 読者は、いろいろと考えればいいだけです。考えて、お好みのものを取るといいでしょう。
 とにかく、多数派の考え方は、
 「各人は利己主義で自分の利益だけをめざせばいい。そうすれば社会は良くなる」
 とか、
 「遺伝子の増減だけに着目すればいい。それがすべてだ」
 とか、そういう発想ですから、そういう発想がお気に入りであれば、そちらを取るといいでしょう。お好みでどうぞ。

 ただしまあ、「考えること自体がいやだ」というのでしたら、本サイトを読まない方がいいでしょう。

 ──

 なお、私の考え方の根底にあるのは、
 「人はなぜ愛するのか?」
 という疑問です。これに対して、
 「自分の利益のためになるから愛する」
 とか、
 「愛は遺伝子の増減と同じことであるにすぎない。遺伝子の増減を比喩的に言い換えただけだ」
 とか、そういうふうに説明する立場もありますが、私はそれとは違う立場を取ります。愛と利己主義とは正反対のものであり、まったく別の原理による、と考えます。
 あとはまあ、読者の考え方しだい。
Posted by 管理人 at 2008年01月25日 19:41
あなたの記事を初めて拝見しました。
そのうえで、一介の学生風情がなにがしかを述べるというのも礼儀知らずかもしれませんが一応気になった点がありましたので、指摘させていただきたく思います。あなたがコメント欄で繰り返されているとおり、個々人によって捉え方は多様ですし、その一端として見なして頂ければ幸いです。

>平均的な血縁度は、40% 〜 70% ぐらいになるのかもしれない。それでも 50% よりはいくらか上回るのかもしれない
という一文に関してです。これは簡単に片付けて良い問題とは言えないかと。
もし50%よりも少しでも上回るのであれば、それは十分に有意な差と言えます。これは、「程度の差」よりも「相対的な大小」だけを勘案するためです。たとえその差が僅かであれ、世代を重ねるごとに、二つの戦略における小さな差違は拡大していくことは確かと言えるでしょう。

一応これは一般に認められている論理を根底においた反論なのですが、たしかに日常生活の範囲で正しさを実感するような原理ではないかもしれません。しかし事実、大きな差となることは確実なのです。

ドーキンスの理論は「愛」を考えるうえでは受け入れ難いものでしょう。しかし、遺伝学や進化学の理論はそもそもそういった倫理観になんらかの示唆を与えるものではありません(これはドーキンス自身作中で何度も繰り返しているのですが…多くの未読の方はそれを誤解する傾向があるようです。仕方のないことだとは思います)。あなたが「愛」を考えるうえで遺伝子の「利己主義」を否定したくなる気持ちも分からなくもないですが、根本的に両者に関連性を認めるのは不可能です。

以上は記事内容の修正を求めるものではありません。たまたま目にふれた情報の一部であり、それを利用するかはあなた自身の自由です。当然のことですが。
個人の意見として、他のコメントに対するあなたのコメントをみると、あまり良い気持ちはしませんでした。
どうか、生物学を嫌いにならないで欲しいと思い、丁寧な文章を意識したつもりですが…いずれ、解釈はあなた自身にゆだねられています。

私からは以上です。長文失礼致しました。
Posted by G at 2012年11月20日 03:31
>>平均的な血縁度は、40% 〜 70% ぐらいになるのかもしれない。それでも 50% よりはいくらか上回るのかもしれない
>という一文に関してです。これは簡単に片付けて良い問題とは言えないかと。
もし50%よりも少しでも上回るのであれば、それは十分に有意な差と言えます。これは、「程度の差」よりも「相対的な大小」だけを勘案するためです。たとえその差が僅かであれ、世代を重ねるごとに、二つの戦略における小さな差違は拡大していくことは確かと言えるでしょう。

結論から言えば、簡単に片付けていい問題です。理由は、非本質的だから(どうでもいい問題だから)です。

ここで述べているのは、「75%だから(50%を上回るので)有利だ」という説の論拠不足を示しているだけです。別に「40% 〜 70% ぐらい」農地のどれか一つの数値を具体的に出して、その数値を主張しているわけではありません。「75%にはならない」ということを主張しているだけです。相手の75%について「論拠不足」を指摘しているだけです。私が独自の数値を主張しているのとは違います。「なるほど、そうか。75%にはならないな」と感じてくれれば、それで十分です。「50%よりは多いぞ」と感じるのは、また別の問題です。

その上で、「50%よりは多いぞ」と感じるあなたのために、いちいち解答をすると、次の通り。

 姪や異父妹が混在しているせいで、血縁度が75%よりも下回るのは事実だが(上記)、それでも50%よりも上回るかもしれない。なるほど、そういうことはあるだろう。たとえば、55%。あるいは、60%や70%でもいい。
 しかし、そのいずれであっても、結論は同じ。結論はこうだ。
 「別の箇所で述べたように、世代の差が重要。
 (1) 妹や異父妹は自分と同世代なので、自分の血縁度(100%)よりも低いので、育てる価値がない。
 (2) 姪は、自分の次の世代だが、姪の血縁度(37.5%)が子の血縁度(50%)よりも低いので、育てる価値がない。」

 ──

 結局、血縁度だけを見ては駄目で、世代の差を理解することが必要です。なのに、(1)(2)をごちゃ混ぜにして、(1)(2)の平均値 AV を取って、その数値が 50%を上回るかどうかを考えても、意味がない。
 なぜなら、AV は現世代と次世代のごちゃ混ぜになった数字であり、無意味な数字だからだ。(一方、50%という数値は、次世代の数値であり、意味がある。)

> 世代を重ねるごとに、二つの戦略における小さな差違は拡大していくことは確かと言えるでしょう。

 そういう数値を考えるには、ちゃんと世代ごとに数値を分けて考えることが必要です。
 一方ではきちんと世代を考えて、「子の世代は50%」と考えるくせに、他方では「現世代と次世代をちゃんぽんにした数値」を出して、両者を比較するのでは、無意味です。

 別箇所でも示したように、血縁度が50%を上回る妹(ここでは異父妹を含んでもいい)を、いくら育てても、それは「自分の遺伝子を増やす」ことにはなりません。なぜなら、妹はすべて遺伝子を残すことなく死んでしまうからです。妹はすべて不妊だからです。たとえ1万匹の妹を育てたところで、その1万匹の妹はみんな死んでしまうので、自分の遺伝子を残すことにはなりません。
 ただし例外的に、1匹か2匹ぐらいがローヤルゼリーを受けて女王バチとなり、その女王バチが姪をたくさん生みます。しかしながら、そこから生まれた姪は、血縁度が37.5%なのです。
 だったら、最初から自分が女王バチみたいになって、自分で1万匹を産む方が、自分の遺伝子を増やせるはずです。
 それゆえ、「自分の遺伝子を増やす」という説では、どうしたって、「自分が女王バチになって自分の子を残す」ことの方が有利に決まっています。「妹を育てる方が自分の遺伝子を残せる」という説は成立しないのです。(妹は自分と同世代だから、妹の遺伝子をいくら増やしても、それは「次世代」の遺伝子を残すことにならない。)

 ──
 
 では、正解は? 「自分の遺伝子」という概念を捨てて、単に「遺伝子淘汰」という発想を取ればいい。そうすれば、次のことがわかる。
 「働きバチは、自分で1万匹を産む方が、自分の遺伝子を増やせる。しかしながら、産んだ1万匹を育てる働きバチがいない(働きバチはそれぞれ自分の子を育てるからだ)。ゆえに、産んだ1万匹を育てる仲間がいないせいで、その1万匹はみんな死んでしまう。産む数は多いが、育つ数はゼロだ。ゆえに働きバチは、自分で1万匹を産むことをしない」

 要するに、産む数(子の数)が問題なのではなく、「子が育って、その次世代(つまり孫)を産む率」が問題です。いくら子をたくさん産んでも、その子がみんな死んでしまっては、意味がありません。
 大事なのは「遺伝子淘汰」という概念であり、それですべては説明できます。「自分の遺伝子」という概念をとれば、見当違いの間違った迷路にはまり込むだけです。それがシリーズの主張です。
Posted by 管理人 at 2012年11月20日 07:15
> 生物学を嫌いにならないで欲しいと思い、

 何だか勘違いしているようですが、私は生物学は大好きですよ。だからこんなにたくさん書いているんだし。このシリーズを全部読みましたか? それとも、「たまたま目にふれた情報の一部」というふうに、本項だけをつまみ食いしただけですか? きちんとシリーズを読んでください。さもないと、誤読します。

> あなたが「愛」を考えるうえで遺伝子の「利己主義」を否定したくなる気持ちも分からなくもない

 それはたぶん誤読です。
 私が言っているのは、「利己主義」というのが、あまりにも非科学的だ、という指摘です。
 ドーキンスの「利己的な遺伝子」は、次の二つがちゃんぽんになっています。
  ・ 遺伝子淘汰
  ・ 自分の遺伝子
 このうち、前者については、私は全面的に「肯定」しています。
 後者については、私は全面的に「否定」しています。この件を述べているのが、「血縁淘汰説についてのドーキンス説を批判する」というシリーズです。「自分の遺伝子という概念は間違いであり、遺伝子淘汰という概念が正しい」というふうに述べています。
 ドーキンス説のすべてを否定しているわけではありません。彼の説に含まれる二つの要素のうち、一方だけを取り出して、その一方だけを否定しています。
 簡単に言えば、「利己主義」なんていう文学的な用語を使って、二つの概念をちゃんぽんにするな、ということです。「科学的に厳密に考えよ」ということです。

> 他のコメントに対するあなたのコメントをみると、あまり良い気持ちはしませんでした。

 それはたぶん次項の shino... という人を相手にした場合でしょう。世の中にはときどき変な人(ストーカーみたいな人)が湧き出てくるので、そういう例外的な人を相手にしたときには、長らく対応したあとで、こちらも堪忍袋の緒が切れることがあります。「もう構わないでくれ」というふうに。
 それ以外では、変なコメントにも丁寧に対応していますよ。罵詈雑言を浴びせてくるコメントもありますが,それに対してもいちいちていねいに対応しています。……ただ、そういうゴミコメントに丁寧に対応しすぎるせいか、本サイトの常連の読者からは、「ゴミに付き合うな」(読むのが苦痛だ)という苦情が来ることもあります。ごもっとも。私はちょっとていねいすぎますね。反省。
 
> あなたが「愛」を考えるうえで遺伝子の「利己主義」を否定したくなる気持ちも分からなくもないですが、根本的に両者に関連性を認めるのは不可能です。

 まずは人の話を読んでからにしましょう。利己主義は無性生殖の原理であり、愛と性は有性生殖の原理だ、というのが私の結論です。それが何を意味するかは,「生命とは何か」というカテゴリを順順に読めばわかります。生命の本質を理解できますよ。
 人の話も読まないで勝手に決めつけるのが、あなたたち NATROM 一派の悪い癖ですね。
Posted by 管理人 at 2012年11月20日 07:16
『基本的な発想』について
『「 50% よりも 75% の方が有利だ」というのが血縁淘汰説の発想だ。』『「血縁度が高いほど有利だ(ゆえに生き残る)」』などは、誰の主張でしょうか?
ハミルトン則によれば、血縁度が高いほど利他行動は進化しやすくなると考えられますが、血縁度が高い方が生き残るような発想はしていないと思います。

『しかし現実には、その逆だ。生物は、進化するにつれて、自己複製の割合を、高めるどころか低めている。次のように。・ 細菌類  …… 血縁度 100% ・ ミツバチ  …… 血縁度 75%  (働きバチで) ・ 哺乳類  …… 血縁度 50% 』と書いておられますが、これは管理人さまが何らかの意図を持って並べただけではないでしょうか。
実際の生物の出現順にならべるとしたら、50%の甲殻類などがミツバチと細菌類の間に来るべきです。

『学術的な論拠』について
(3)上述のように、ハミルトン則によれば、血縁度が高いほど利他行動は進化しやすくなると考えられますが、利他行動の利益が十分大きければ血縁度が低くても利他行動は進化し得ます。よって血縁淘汰説が不成立とは言えません。
(4)また、複数回交尾の種においては巣内のオスメス比に違いがあり、理論値と合うという研究があったはずです。これは血縁淘汰説の傍証です。
(5)上述のようにそもそも『血縁度の高い個体を残すことが有利だ』が誰の主張なのかが謎です。管理人さまの主張は有性生殖のパラドックスに属するもので、血縁淘汰の否定とはいえません。
Posted by 郭公 at 2013年07月17日 16:57
>>『「 50% よりも 75% の方が有利だ」というのが血縁淘汰説の発想だ。』
> 血縁度が高い方が生き残るような発想はしていないと思います。

 「有利だ」というのは、「個体が自然淘汰のなかで生き残るのに有利だ」という意味ではなくて、「遺伝子が遺伝子をたくさん残すのに有利だ」という意味です。もともとのハミルトンやドーキンスの説がそうです。彼らの説に従ってください。「私が独自に曲解している」というふうには受け取らないでください。(それはあなたの誤解です。)

> 実際の生物の出現順にならべるとしたら、50%の甲殻類などがミツバチと細菌類の間に来るべきです。

 なるほど。それは一理ありますね。そもそもミツバチのような変則的な形は、50%の有性生殖の傍系のものとして、あとから出てきたものですからね。
 ただ、ここでは、「血縁度が高いものほど有利だ」というハミルトン(およびドーキンス)の発想を否定しています。何かを主張しているというよりは、彼らの発想を否定しています。その範囲内でのみ、理解してください。私が何か独自の見解を出しているわけではありません。

> 利他行動の利益が十分大きければ血縁度が低くても利他行動は進化し得ます。

 それは私の見解そのものです。

> 血縁淘汰説が不成立とは言えません。

 事実を否定しているのではなく、論法を否定しています。37.5%の論理など。
 そもそも「血縁度が低くても利他行動は進化し得ます」は、血縁淘汰説じゃないでしょ。むしろその逆です。

> (4)また、複数回交尾の種においては巣内のオスメス比に違いがあり、理論値と合うという研究があったはずです。これは血縁淘汰説の傍証です。

 別項ですでに示しました。
  → http://openblog.meblog.biz/article/17694070.html
 そこでも議論しましたが、お忘れですか? 

> (5)上述のようにそもそも『血縁度の高い個体を残すことが有利だ』が誰の主張なのかが謎です。

 遺伝子淘汰と個体淘汰を混同しているあなたの誤読です。「遺伝子に有利」と「個体に有利」を混同しないようにしましょう。元の発想は「遺伝子に有利」だけです。「個体に有利」なんて、誰も言っていません。私も言っていません。あなただけの勝手な誤読です。
Posted by 管理人 at 2013年07月17日 19:00
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