2007年12月30日
◆ 分別馬鹿
「ゴミの分別をしよう」という運動がある。しかし、分別など、いくらやっても、「リサイクル」「省エネ」の効果はほとんどない。
「リサイクルのため」「省エネのため」という名目を立てても、ゴミの分別は、ほとんど無意味である。 ──
人々はしきりにプラスチックゴミなどを分別する。そして、こう信じる。
「分別されたプラスチックゴミは、石油に戻って、プラスチックに再生される」
と。しかし、これは大いなる妄想である。現実には、そんなことはないのだ。このことを、次に示す。
──
(1) 「焼却」ゆえに無効
プラスチックゴミを分別しても、回収されたプラスチックは、単に「焼却」されるだけだ。石油やプラスチックに再生されることはない。
これは、比喩的に言うと、こうだ。
「野良犬をつかまえてください。つかまえた野良犬は、動物園で余生を安楽に過ごせます」
こうやって野良犬を集めたあとで、野良犬をすべて殺害(殺処分)してしまう。人々は「野良犬のために」と思っているが、実は全然、野良犬のためにはなっていない。本当は「人間のため」になっているだけだ。
プラスチックゴミの分別も同様である。人々は「リサイクルのため」という名分を信じて、せっせと分別しているが、実際にはプラスチックは(殺される野良犬と同様に)焼却されるだけだ。
では、なぜ、自治体は「プラスチックゴミの分別」を唱えるのか? それもまた、野良犬の場合と同様である。野良犬をつかまえるのが「人間のため」であるのと同様に、プラスチックゴミの分別をするのは「自治体のため」である。正確に言えば、「ゴミの減量」のためだ。分別しないと、ゴミ捨て場が満杯になってしまうので、そうならないように、なるべくゴミを焼却したい。生ゴミはそのまま埋め立てることも多いが、プラスチックゴミは焼却すれば埋め立て場に行くゴミの分量が減る。そこで、なるべくうまくゴミを焼却するように、焼却しやすいプラスチックゴミを分別するわけだ。
こうして、「焼却のため」という本音を隠して、「リサイクルのため」と称する。その妄想を信じた人々が、「リサイクルのため」「省エネのため」という嘘を信じて、せっせと分別する。
※ 「分別は焼却のため」ということは、裏付けのデータが必要だろう。
そこで、「プラスチックゴミは実際に焼却されている」ということを、確認するといい。次のサイトを参照。
→ http://www.jplife.co.jp/recycle/famitec/dioxin/media/media/san09.htm
→ http://ameblo.jp/3r2/entry-10054536607.html
→ http://ameblo.jp/3r2/entry-10061442329.html
──
(2) リサイクルしても「逆効果」
すぐ上では「焼却」というふうに述べたが、あらゆるプラスチックがすべて焼却されているわけではない。大半は焼却されているが、一部は「リサイクル」されていることもある。
問題は、そのあとだ。リサイクルすることで、省エネになるのか? つまり、資源は節約されるのか? 実は、そうではない。つまり、次の不等式が成立する。
リサイクル ≠ 省エネ
人々は、「リサイクル」と「省エネ」とを、等価のことだと思っている。しかし、そうではない。実は、「リサイクルをすればするほど、省エネの効果が減じる」ということも、ある意味では成立する。
正確に言えば、こうだ。
「リサイクルは、省エネの方法としては、下手な方法である。もっとうまい方法を取れば、エネルギーをうまく回収できるのに、リサイクルという無駄な方法を取ることで、エネルギーの大半が無駄に浪費されている」
これはどういうことかというと、こうだ。
「リサイクルの場合には、プラスチックを石油に戻す過程で、大量のエネルギーが消費される。そのせいで、リサイクルという行為自体が、大量のエネルギーを無駄に浪費する」
たとえば、プラスチックゴミを回収したとしよう。そのプラスチックゴミを、高温で溶かす。そのとき、高温にするために、大量の石油を燃やす。こうして、石油が大量に消費されるので、差し引きして、もとのプラスチックのエネルギーのうち、半分ぐらいしか回収されない。残りの半分ぐらいは、無駄に消えてしまう。
どうしてこういうことが起こるかというと、プラスチックゴミというのは不純物だからだ。さまざまな汚れなど、余計なものがいっぱい交じっている。それを純粋な石油製品に戻すためには、かなりのエネルギーが必要となる。
では、どうすればいいか? 正解は、すでに判明している。
「焼却しながら、その焼却エネルギーを回収する」
つまり、ゴミとプラスチックをいっしょに燃やして、そこでは発生するエネルギーを熱エネルギーとして回収する。簡単に言えば、
「ゴミ発電」
のことだ。この場合には、もとのプラスチックのうちの大部分が素直に回収される。
わかりやすく言おう。現状では、「リサイクル」という建前のもとで、次のことをやっている。
「きれいな石油は、そのまま燃やしてしまう」
「汚いプラスチックゴミは、きれいに精製してから、プラスチック製品にする」
これではあまりにも無駄だ。
そこで、かわりに、次のようにすればいい。
「きれいな石油は、もともと精製されているから、プラスチック製品にする」
「汚いプラスチックゴミは、汚いまま燃やして、発電に用いる」
こうすれば、問題は解決する。そのことは、環境研究者ならば、たいていの人が知っている。
──
では、なぜ、後者が実現されないか? それは、人々が「リサイクルをするべきだ」という信条にとらわれているからだ。
これはいわば「リサイクル教」という宗教である。それが科学的に正しいかどうかではなく、それが宗教の理念に合致するから、それを推進する。
一種の妄想的狂気。これが現代社会を席巻しているわけだ。
かくて、「リサイクル教」という宗教を信じている人々が、自分の信条を貫き通すために、この社会で多大な石油を浪費させる。社会に迷惑をかけ手間で、自分の宗教的迷信を貫徹する。
これが現代の「リサイクル教」である。オウムと同じようなものですね。……オウムの信者はサリンガスをまき散らす。リサイクル教の信者は炭酸ガスをまき散らす。どっちも似たようなもの。
【 参考 】
ゴミ発電については、下記でも言及した。
→ 「泉の波立ち」5月25日d
【 関連項目 】
→ ゴミの分別
過去ログ

最近大田区のゴミは分別が不要となったが、この問題が解決したからかな・・・
それは私も昔聞いたことがありますが、よほど古いタイプのやつでしょう。
今ではむしろプラスチック類があった方が熱量が増えて発電が良くできる、というふうに聞いています。技術が進歩したから。もしくは、国産技術以外の外国技術を使ったから。(国産技術は外国よりも低い。外国では当り前のゴミ発電が普及していない。)
──
ただ、生ゴミとプラスチックを分別する、ということなら、意味はあるでしょうね。生ゴミは発電効率が低くて無駄が多いのでので、発電目的になりにくい。
http://www.tepco.co.jp/corp-com/elect-dict/file/go_001-j.html
一方、本項で述べているのは、燃えるゴミ(紙類とプラスチック)を細かく分別することの無意味さです。
その意味では、「燃えるゴミを分別するのは無意味だ」と注釈しておくべきでした。
(一方、「燃えるゴミ/燃えないゴミ」という区別は、した方がいい。ビン・カン類も分別した方がいい。あらゆる分別に反対しているわけではない。)
> それは私も昔聞いたことがありますが、よほど古いタイプのやつでしょう。
殆どの自治体がその「よほど古いタイプ」を使用しています。と、言うよりプラスチックゴミは部分燃焼が激しく、耐熱処理が難しく、窯業などの燃料代替としてしか焼却出来ないのが実態です。23区内で始めたプラスチックゴミ焼却は、焼却施設の能力アップに起因するのではなく、埋め立て地の収容能力不足によるものであり、現状でもプラスチックゴミ焼却は困難であることに代わりはないようです。
本記事の要旨である、プラスチックゴミがまともにリサイクルや省エネに生かされていない現実は、管理人さんの仰るとおりであると私も感じております。
http://www.enecho.meti.go.jp/topics/hakusho/2004/html/16021336.html
いつになったらできるかわからない夢物語みたいな燃料電池より、目先のゴミ発電をさっさと最新水準に引き上げる方が、よほど効果的だと思うのだが。
どうも、正月に限らず、初夢みたいなのばかりを見たがるようだ。本日(元旦)の新聞記事も、夢ばかり追っているようだ。……で、足元のことが、おぼつかなくなる。
その点、読売の特集の漫画のようが、よほど皮肉が効いている。現実を直視して、ぴりりと辛みを利かせている。
現実遊離の夢を追いたい人は、新聞記事をお読み下さい。現実を直視したい人は、読者投稿の漫画をお読み下さい。……それがマスコミの方針。
中の空気が抜けて圧縮出来ればいいだけなのに、そういう事は考えもしないようですね。
ラベルを剥がせというのも無意味な気がします。
あれは誰が出したかを隠匿するために始まったんじゃないかと思うんですが、ほかに意味があるんでしょうかね?
「スーパーゴミ発電」はコンバインドサイクル発電の事で、特にプラスチックゴミを焼却できる焼却炉のことでは無かったような気が....プラスチックゴミを大量に焼却するにはまだまだ改善が必要でしょうね。
いずれにせよ、プラスチックゴミ焼却は現状では最も賢い選択だと私も思います。
この発電によって、他の火力発電で使用する石炭・重油が確実に削減できますからね。
ところで、ペットボトルの蓋を外したり、ラベルを剥がすのは、ペットとプラで再生過程が異なるためです。完全にペットだけ(プラが含まれない)であれば、再生が比較的簡単になるはずです。現実は、キャップのリングが有るから結局意味がないとのですが...
以前から尽きてしまうと言われつつも、技術革新により、採掘可能年数が増えています。しかし、石油も有限のものなので、いつか尽きてしまうのだと思います。
だから、石油はエネルギーの『原料』せず、『もの』の原料にすべきで、汚いプラスチックでもリサイクルして、エネルギーの無駄遣いをしてでも石油を節約すべきだというような考え方を聞いたことがあります。。。
まぁ、石油から作られるエネルギーでリサイクルするのでは意味がないので、うまく「自然エネルギー」というのを使わないならない、とはいいますが・・・
現状では、下手なリサイクルよりも、燃やしてしまう方が、石油の節約になりそうですね・・・
今、手元にある紅茶カデンの容器を見ると、
・容器 PET
・キャップ、ラベル プラスチック
と有ります。
リングも簡単にはずせる構造になっています。