私の見解を言えば、これは間違った理論だと思う。発想からして中途半端な発想にすぎず、真実とはまるで違った方向を向いている。 ──
まず、初めにお断りしておくが、本項は、
「5次元宇宙論は、間違った理論である」
と断定しているわけではない。理論物理学の世界では、さまざまな理論があるが、実験で検証されていない限りは、どれが正しいとも間違っているとも言えない。いまのところ、どれもが未検証であるから、どれもが対等の資格である。
したがって、私が5次元宇宙論を否定したとしても、それは、
「私が正しくて、5次元宇宙論が間違っていている」
ということを意味しない。逆に、
「私が間違っていて、5次元宇宙論が正しい」
ということも、同じ資格で成立する。(論理的には。)
ただし、はっきりとしていることがある。「この両者はたがいに相反するので、両方は同時成立しない」ということだ。
その上で、私の立場から、「5次元宇宙論はいかにデタラメか」ということを示す。
【 以下では、口調が厳しくなりすぎています。悪口のオンパレードです。その理由については、本項末尾の 後日記 で説明してあります。 】
──
では、5次元宇宙論の難点を指摘しよう。
まず、基本的な態度が、いい加減すぎる。
「宇宙は5次元宇宙でなくてはならない」
という必然性がまったくない。かわりに、次のように主張する。
「4次元宇宙では解決がつかないが、そこに新たな概念を追加する。そのとき、新たな次元も追加する。そうすると、これまでに解決できなかった問題が、新たに解決できるようになる」
こういうふう立場は、「つじつま主義」という項目で、私が厳しく批判したものだ。
「現状では、問題が起こるが、現状をちょっと変えれば、うまく矛盾を避けられる」
という立場だ。ご都合主義に過ぎる。それは、現状に比べれば、ある程度、真実に近づいている。しかし、真理そのものではなくて、嘘の世界から真実を垣間見ているだけだ。
歴史的に言うと、「ローレンツ収縮」というものがある。「このように物質が伸び縮みすると考えれば、矛盾が起こらない」というふうに。……こういうふうに、矛盾を起こさないように、新たな概念を付け加えるのが、つじつま主義だ。
一方、本質主義というのもある。まったく新たな原理を前提とすることで、つじつま主義の主張を体系の一部として結論するようなものだ。たとえば、アインシュタインの相対論がそうだ。
──
5次元宇宙論というのは、「ローレンツ収縮」と同様で、ご都合主義の新概念で既存の理論を変形したものにすぎない。それは、既存の理論よりは真実に近いし、真実の一部を垣間見ているのだが、あくまで真実ではないのだ。そのせいで、いろいろと、困った結論(理論の破綻)が起こる。
たとえば、「並行宇宙」というような結論だ。こういう馬鹿げた結論を平気で出しているところからして、頭のネジがイカレているとしか思えない。
つまり、小さな問題を解決するために、より大きな根本的な大矛盾を引き起こしてしまう。それでいて、平気でいる。
「根本的な大矛盾が起こるように見えますが、小さな問題を解決できるので、私の言っていることは正しいのです。根本的な大矛盾が起こるように見えても、そちらが真実なのです」
これは、気違いの理屈と同様だ。
「この地球は、宇宙人に征服されており、われわれはすべて脳内の微小な宇宙人細胞に操られているのです。しかし、そう気づかないように、宇宙人に操作されているのです。……こう考えれば、空飛ぶ円盤の謎が解決できます」
うざいですねえ。空飛ぶ円盤の謎が解決できようができまいが、そんなことはどうでもいい。それより、この世界の根本について、根源的に狂った発想をするのだとしたら、そんなものは信じがたい。にもかかわらず、そんなことを主張するとしたら、そんな連中は気違いだ。
5次元宇宙論も、同様である。ただの「つじつま主義」による妄想だ。
──
ではなぜ、そのように結論できるか?
具体的には、次の難点がある。
・ 量子論と相対論の統一ができていない。
・ シュレーディンガーの猫の問題がすっきり解決できていない。
・ 「量子は、粒子か波か」という問題にうまく答えていない。
(普通の量子論と同じで「同時に成立する」と答える。変だ。)
・ 「量子は、局在するか遍在するか」という問題にうまく答えていない。
(これは、「粒子か波か」と同じだが、同時成立は不可能だ。)
・ 「並行宇宙」論という奇怪な結論を導き出す。
これらはあくまで、個別の結論だ。具体的ではあるが、このこと自体が特に問題だというのではない。こういうものをすべて導き出すように、「不完全な理論」だ、というのが問題なのだ。
そのことは、これらをすべて解決する「完全な理論」と比較すると、よくわかる。
──
では、「完全な理論」とは? ……それは、「超球理論」だ。(私の見解)
この理論によれば、真実は次のようになる。
・ 宇宙は、5次元でなく、10次元である。
(ただしいずれも微小な次元である。超ヒモ理論と同様。)
・ 宇宙は、虚数の次元をもつ。
(リサは、実数の次元しか、理解していない。)
・ 重力子という量子は、存在しない。
(重力は、他の力とは、まったく違った種類の力だ。)
(重力の原理は、超球という概念で理解される。)
──
要するに、5次元宇宙論の発想は、次の通り。
「既存の理論の枠組みの中で、新概念と新次元を加えて、問題を解決する」
「重力もまた、あらたな新概念によって、従来の力の延長上で理解される」
一方、超球理論の発想は、次の通り。
「既存の理論の枠組みとは、まったく異なる原理を導入する」
「重力は、従来の力とはまったく異なる種類のものとして理解される」
──
なお、超球理論は、重力理論としてみれば、「一般相対論の表現を変えたもの」であるにすぎない。一般相対論とほとんど等価である。つまり、重力の意味は、こうだ。
「重力とは、空間の歪みが物体に及ぼすものだ」
ここでは、空間が力を及ぼすのであって、量子の原理(電磁波や、強い力・弱い力)によって力が起こるのではない。力の原理はまったく違うのだ。
5次元宇宙論は、従来の量子力学の延長上にある。すなわち、重力を、電磁波、強い力、弱い力の仲間としてとらえている。「空間の及ぼす力」というふうにはとらえていない。
その意味で、5次元宇宙論は、真実とはまるきり異なるところから発想された理論であり、正しい理論ではない。将来的には「ゴミのような仮説の一つ」として捨てられてしまうだろう。
以上が「超球理論」からの結論だ。
──
※ 本項のポイントは、次のこと。
「相対論と超球理論は一体化しているが、5次元宇宙論は(他の量子理論と同様に)相対論とは食い違う。その意味で、相対論が正しければ、5次元宇宙論は正しくない」
※ 素人向けには、次のように勧告できる。
「5次元宇宙論は最新の理論だから正しい、と思うのは、早計である。一般に、科学の分野では、最先端の仮説の大半はあっさり捨てられる。5次元宇宙論もまた、そういうゴミのような仮説の一つにすぎない。おもしろい、おもしろい、と喜ぶのはいいが、くだらない科学の冗談として遊ぶだけにした方がいい。5次元宇宙論においても正しい点もあることはあるが、そんなことをいちいち気に留める必要はなく、ほとんどすべては あっさり捨ててしまっていい。どうしても聞きたければ、落語だと思って聞き流す方がいい。聞いたとしても、あっさり忘れてしまうべきだ。覚える価値はまったくない。なぜなら、虚偽なのだから」
──
【 注記 】
あらためて注記しておくが、本項は私の見解である。別に物理学の世界の公的な見解ではない。多くの見解のうちの一つにすぎない。その点は、本項の冒頭に述べたとおり。
本項を読んだあとで、
「なるほど、そうかな」
と感じてもいい。一方、逆に、
「いや、納得できない。5次元宇宙論の方が納得できる」
と感じるなら、それでもいい。いずれにせよ、どれもが未検証の仮説である。どれが正しいとも現状では判定できない。
ただし、理論的な美しさならば、あっさり判定が着く。
5次元宇宙論は、美しくないのだ。もともと統一的な原理によって説明されるのではなく、あとから追加されたもので構築されている。建物で言うと、「リフォームされた」という感じだ。一見、きれいに見えるが、あくまで建て直しの中古建築である。ゼロから建てられた新築とは違う。……当然ながら、5次元宇宙論は、つじつまで歪められたところがあり、「初めからきちんと体系的に整然と述べられている」という感じがしない。
その意味で、この理論は、美しくない。(既存の理論に比べれば、部分的に美しいところはあるが、全体としてみれば、建て増しされた日本旅館みたいで、あちこちに追加部分が付きだしていて、美しくない。)
[ 参考 ]
現在(2007-12 上旬)において発売中の科学雑誌「Newton」に、5次元宇宙論の解説がある。そちらを読んでもいいだろう。
なお、リサ・ランドール本人の著作もあるが、「それを読めばいい」というふうにはお勧めしない。なぜなら、「それを読めば真実がわかる」のではなくて、「それを読めば真実らしい虚偽の理論がわかる」だけだからだ。「いかにして真実らしいペテンを理論を述べるか」ということはわかる。ただし、そこに書いてあることを理解したとき、あなたは真実を知るのではなく、うまくペテン師にだまされたことになる。
ま、「だまされるために本を読む」というのは、文学書の醍醐味だ。だから、科学的な文学(SF)のつもりでの読むのなら、それでもいいだろう。ただし、読み終えたあとは、すっかり忘れてしまうべきだ。嘘を信じ込んでいると、あなたは嘘の世界(バーチャルワールド)に生きることになる。
これじゃ、科学オタクみたいなものです。
──
p.s.
すぐ前のあたりで、リサ・ランドールのことを「ペテン師」と表現しているが、これは別に、彼女を批判しているわけではない。小説家と同様の嘘つきだ、というふうには言っているが、仮説というのはどれもみなその時点では嘘っぽいのだから、嘘をついて悪いわけではない。その時点では嘘かまことか判明していないのだから、別に悪いことをしているわけじゃない。
じゃ、何が悪いか? 嘘かまことかわかっていない仮説を、さも真実であるかのごとく持ち上げて「5次元宇宙論を唱えたリサ・ランドールはすごい」とお祭り騒ぎをしている連中だ。
こういう連中は、2ちゃんねるあたりでお祭り騒ぎをするのと同じである。真実か否かもわからないまま、単に「面白い」という理由で大騒ぎする。
「みんなが騒いでいるから、自分も騒ごう」
と思う連中が多すぎる。むしろ、騒ぐ連中からは、身を引くべきだ。
新たな真実は、大騒ぎする明るい祭りの場にはなく、人々の気づかない暗がりに、こっそりひそんでいるものだ。
【 追記1 】
上記(いくらか前のあたり)では、リサの理論を「建て増し」などと形容した。
では、どういうところが「建て増し」ふうか? それは、まあ、面倒な話になるが、説明しよう。(ちょっと専門っぽい。)
「建て増し」というのは、たとえば、5次元とか何とか、いろいろとあるのだが、中でも典型的なのが、いわゆる「発散問題」というやつだ。
これは、量子力学では根源的な問題となっている。これに対して、現在の量子力学は、問題の回避はできているが、根源的に問題が生じない理論とはなっていない。……このことは、現在の量子力学でもそうだし、リサの理論でもそうだ。(リサの理論は現在の量子力学の延長上にある。)
また、相対論との整合性も、同様に問題となっている。
一般に、現代の量子力学が不完全な理論だということは、かなり合意されているだろう。不完全な範囲で、かろうじて少しずつ体系を拡張しているだけだ。それは、初めから完全な体系である数学理論とは、まったく様相が異なる。
実は、そもそも、量子力学という体系そのものが、演繹的な体系ではない。これは、公理から導き出される体系ではなくて、便宜的な仮定と近似的な計算による、つじつま合わせの体系である。「必ず正しい」というよりは、「正しそうな計算をいろいろやってみたら、そのうち一つだけは、うまく実験結果に合った。だから、これは正しいのだろう」と推測するわけだ。
ここでは、合理的に決めると言うよりは、「下手な鉄砲も数打ちゃ当たる」というような方法がまかり通っている。
量子力学を、数学的な理論的手法が通じる学問だと思ってはならない。どちらかと言えば、実験で試行錯誤する工学に近い。少なくとも、これまでの歴史はそうだった。
( ※ なお、理論開発の途上では、高度な数学的な処理が必要だ。それで人々は、「数学的な理論だ」などと勘違いしやすいわけだ。「数学を使っている」ということと、「数学である」ということとは、全然別のことなのだが、その区別ができないわけだ。)
( ※ 物理学でなされる数学とは、公理的な体系というよりは、「どうやったら複雑な式をうまく簡単な近似で表現できるか」というような計算が多い。それは、「どうやったら真実を発見できるか」というのとは、全然別のことだ。)
【 追記2 】
リサ・ランドールの説について、次のような説明がなされることがある。
「粒子が消滅するのは、粒子が異次元(第5次元)に移るからだ。とすれば、粒子が消滅する現象をうまく確認することで、異次元(第5次元)があるという説が正しいことがわかる」
これは論理的に間違っている。
「異次元に移る」というのはいいが、その「異次元」というのが「第5次元」である必要はない。実際、超球理論では、計10の次元があって、(計)3次元空間から他の(計)6次元空間へと粒子が移る。だから、移る先の次元が特に「第5次元」である必要はない。
また、超球理論における(計)6次元は微小次元であるが、リサ・ランドールの説の第5次元はマクロ次元である。粒子が消滅したからといって、その移る先の次元がマクロ次元であることは保証されない。
結局、「粒子(のエネルギー)が別の次元に移る」という発想そのものは正しいのだが、それの移る先が特に「第5次元」であると見なす発想は正しいと言えないわけだ。混同しないように注意。
【 追記3 】
第5次元が存在しないということは、かなり強く確言できる。
仮に第5次元が存在するとしよう。とすれば、われわれの宇宙では、エネルギー保存則や電荷保存則が成立しないことになる。なぜなら、われわれの次元にあるエネルギーや電荷は、第5次元に逃げてしまうことが可能だからだ。
一方、われわれの宇宙では、(時間の次元を別として)2次元平面ではエネルギー保存則や電荷保存則が成立しないが、3次元の立体空間ではエネルギー保存則や電荷保存則が成立する。エネルギー保存則や電荷保存則は、この世界における絶対的な真実だ。(それが現代物理学の立場だ。私も支持する。)
以上のことから、第5次元は存在しない。少なくとも通常の意味の次元では、第5次元は存在しない。
また、通常の意味の次元とは異なる意味で第5次元というものを考えるのであれば、それは一種の抽象的思考にすぎない。実態性がなくて、「考える上で便利だ」というだけのものにすぎない。もちろん、検証もされない。そんなご都合主義で物事を考えるべきではない。( → つじつま主義 )
どうせなら、ご都合主義でなく、もっとまともに物事を考えるべきだ。たとえば、超球理論で。
「超球理論とは何か?」
を知りたければ、次のサイトをご覧ください。
「量子論/量子力学 …… その最前線 」
http://hp.vector.co.jp/authors/VA011700/physics/quantum.htm
簡単に原理を知りたければ、上記のページをひととおり読んだあとで、次のページをご覧ください。
「玉突きモデル」
http://hp.vector.co.jp/authors/VA011700/physics/billiard.htm
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この記事を読んで、
あなたの言っていることは私も同感です。
私も5次元宇宙論には妄想だと思います。
最近、そういう理論がでまわってるように感じます。
ただ、それが私の妄想でしたらいいのですが・・・。
何か、物理学に悪い陰謀が影で暗躍しようとしている。そんな気がします。
長々、書いてすみません。
また、ランドールの理論の立証の場でもある、スイスの地下実験の現状はどうなっているのでしょうか?
例えば
>>われわれの次元にあるエネルギーや電荷は、第5次元に逃げてしまうことが可能だからだ。
これは解釈が変だなと思います。
それでも疑うことは大切だと感じました 。
4次元があれば、3次元の物体は4次元に逃げてしまうことが可能です。
比喩的に言えば、3次元の球が2次元の平面を透過するとき、最初は点が現れ、次に点が円になってどんどん拡大していき、最大化してからは円が縮小していき、最後には点になって消えてしまいます。
同様に、4次元の物体が3次元の世界を通過するとき、3次元の物体は急に出現して、どんどん拡大してから、最後には消滅します。これを3次元の側から見ると、出現と消滅が起こります。この消滅の過程は、「3次元の物体が4次元の世界に逃げていく」というふうに見えます。
このように4次元に逃げるということは、ミクロのレベルでは事実です。超球理論では、粒子反粒子振動の形で、ミクロのレベルでエネルギーが別次元(ミクロな別次元)に逃げていくと考えています。
宇宙は論理的につながっていなければならず、理論物理学者リサ・ランドール博士のように、上手く隠された空間などで表現するようなものではない。まして、空間の余剰次元はおそらく無限大であるという論理は、まさに神学論的といわざるを得ません。
彼女は、核分裂実験の過程で偶然、一部の素粒子が突然消失するのを発見し、この論理に行き着いたとしているが、この素粒子は消失したのではなく、移動したのであり「量子もつれ」という現象による移動したと考えるのが妥当でしょう。
量子もつれの現象は事実としてあり、物質が記憶という仕事をするのは厳然たる事実であり、科学はそれらの事象から論理を組み立てなければなりません。
ただ,彼女の解釈が理解されにくい理由も分かっています。
それは,五次元という世界が我々には直接目には見えない世界であり,物質的な習慣を越えた次元だからです。
恐らく,彼女の言う五次元を正確に理解するには物理学だけを学んでも到底理解は出来ない事でしょう。
なので,批判をする人の気持や考え方も理解出来ます。
多くの知識人はぶっとんだ考え方を否定する事で,自分の知識や見解の方が正しい(上だ)とか思ってしまう人もいるように見えますが,それは単にその相手の考え方を本質的に理解出来ていない言い訳であり,エゴに過ぎません。
リサ・ランドールさんの五次元を正しく理解するには,実は様々な知識が必要となります。
この次元に存在する物質は全て,目に見える形のある存在は器であって,目には見えない物が本質的な存在です。
人間の体もそうです。
人間の体は骨や筋肉や臓器が機能して生きている訳ですが,それらを動かしているのは目には見えない精神/心/神経といったものです。
この物質世界における本質も全く同様で,目に見える物質的な存在は全て形骸や器にすぎず,それらは目には見えない法則・摂理・秩序によって成り立っています。
物質世界に住む我々は,物質的な習慣を基準に物事を考えていますが,実は我々の住む世界も五次元の中のほんの一部分でしかありません。
五次元というのは,つまり全く同じ空間であっても,空間の性質が異なる世界です。
この五次元の存在が証明されれば,ファフロツキーズ現象なども簡単に説明が出来るようになります。
ここでは書ききれませんが,物事を正しく深く理解するには,“理解しようとする意思”と“理解する能力”の二つが必要となります。
リサ・ランドールさんの五次元理論を正しく理解するには,やはり理解する為の意思と能力が必要になる訳ですが,彼女の考えを頭から否定や批判をしている人の多くは物理学をかじっているだけに過ぎず,彼女の考えを理解する意思と能力が足りないだけです。
もっと色々な事を学んで下さい。
本項を正しく深く理解するには,“理解しようとする意思”と“理解する能力”の二つが必要となります。
もしくは日本の物理学会に本ブログを閲覧するよう申し出るとか・・・。
ここで1人で持論を展開したり他の理論に異議を唱えても誰も見ませんよ?
いや、このページはけっこう見られているんですよ。「リサ・ランドール 五次元」でぐぐってごらん。YouTube 以外の一般の文字サイトでは、本サイトが検索で1位です。
ただ、見てもらいたいかどうかでは、見てもらう必要はありません。本項は学術的な理論ではなくて、ただの感想ですから。個人的にそう感じる、というだけの話。
> ここで1人で持論を展開したり他の理論に異議を唱えても
そんなことしていませんよ。ただの感想。理論はありません。数式もありません。直感があるだけ。
> 本人に直接英文で電子メールを送ってみてはどうですか? もしくは日本の物理学会に本ブログを閲覧するよう申し出るとか
そんなことしたって、無意味でしょ。論争が生じるならともかく、感想では論争は生じません。
ついでですが、私は
「5次元宇宙論は、間違った理論である」
と断定しているわけじゃない。そのことは冒頭にきちんと述べてあります。わかっていますね?
【 注記 】 でも記していますが、わかっていますね?
※ 本サイトに来る文句のほとんどは、勝手読み(誤読)を理由とした、イチャモンです。私が書いてないことを「書いた」と勘違いして、イチャモンを付ける人。
彼女はモデル理論を勘違いしてますね。
従来のモデルの定説は管理人が書いたとおり、
その名が示す通り新しい理論を、構築することであるが
彼女の主張だとモデル理論とは理論が正しいかどうか計算すると言う概念になっています。
それを読んで我が目を疑いましたよ。
研究に巨額の資産を投じてるアメリカ学会が
そんな単純なミスをしでかすとはないと、
正しいそう書いてあったのは事実です。
あり得ない事ですが翻訳者が間違えたのでしょうか?