2007年07月07日

◆ 企業とメセナ

 チャイコフスキーコンクールで、日本人が一位になった。このバイオリンは、サントリーが貸与したものだ。
 これに関連して、「企業とメセナ」という問題を考えてみよう。
 (話の趣旨は、「技術ばかり考えていると、技術バカになるぞ」というようなこと。) ──

 まずは、記事を引用しよう。
モスクワで開かれていた第13回チャイコフスキー国際コンクールのバイオリン部門で29日、大阪府豊中市出身の神尾真由子さん(21)が優勝した。同コンクールはショパン国際ピアノ・コンクールなどと並ぶ若手音楽家の登竜門。
 日本人が同部門で優勝したのは1990年の諏訪内晶子さん以来で2人目。
( → 読売のサイト
 朝日新聞(朝刊・2面「ひと」欄 2007-06-30 )によると、このバイオリンはストラディバリで、サントリーが貸与したものだという。
 サントリーは立派ですね。サントリーホールという箱物を建設するだけでなく、ちゃんと文化を育成している。ま、この程度のことは、どこの外国でも一流企業はみなやっている。だから、当り前ではあるのだが、当り前のことをちゃんとやっているところが偉い。
 
 ひるがえって、他の企業はどうか? トヨタ・ソニー・キヤノンなどを見ても、同様のことをやっていない。たいていは「本業と関係のあることを援助する」というものだ。
 例。
   ・ トヨタ  …… 身障者のための介護車両。環境保護事業への援助。
   ・ ソニー  …… 理科教育活動の推進。自社製品をプレゼント。
   ・ キヤノン …… F1 やサッカーへの広告活動。写真コンテストの支援。
 いずれも自社の業務と関連することばかりだ。また、「環境保護活動」というのもあるが、それも自社製品に限ったことでしかない。これは「社会のため」というよりは、純然たる事業活動の一部であるにすぎない。
(たとえば、排ガスや廃棄物を減らすことは、事業活動の一部である。アマゾンの熱帯林保護をするような純然たる社会貢献とは異なる。)

 サントリーの貢献活動は、まったく異なる。チャイコフスキーコンクールで優勝するような音楽家が出ることは、サントリーの事業とは何の関係もない。ま、サントリーホールでワインを無料提供することもあるようだが、そのくらいはティッシュを配るのと同じようなもので、別に悪いことではない。(何だったら、サントリーホールで、トヨタやソニーやキヤノンが自社製品を無料プレゼントしてもいいですよ。悪いことではありません。)
 とにかく、サントリー以外の企業は、超大企業がたくさんあるのに、ちっぽけなお酒の会社であるサントリーにもはるかに負ける社会貢献しかしていない。情けないと言うしかない。社会貢献の際にも、「自社製品の普及のために役立つ社会貢献」しかできないのは、まことにあさましいとしか言えない。「恥を知れ」と言いたいね。
 それどころか、当然の義務である納税についても、偉ぶる。「おれたちは納税をしているのだから社会貢献をしているんだ。偉いだろう」と。
 そのくせ、「納税をしたくないから、企業減税をしてくれ」と要求して、実現する。この六月からは、国民は定率減税は廃止だが、企業減税は廃止しない。こうして「うひひひ」と喜ぶありさまだ。泥棒と同じですね。

 経団連というものは、本来は、紳士の社交クラブとしての品格を備えるべきだ。そこでは、社会貢献をする者だけが、紳士としての資格をもつ。金儲けしか目にない連中は、軽蔑されて、紳士の仲間入りをできない。……そういうのが、本来のあり方だ。
 ところが、現実には、「政府に圧力をかけて企業減税を勝ち取る」というマフィアふうの権益団体に成り下がっている。ひどいものだ。「恥を知れ」と言いたいね。

 で、その結果は? 「自分自身が超一流としてのブランドを確立できなくなる」ということだ。
 たとえば、レクサスにせよ、ソニーにせよ、キヤノンにせよ、製品レベルでは世界トップクラスなのに、企業またはブランドとしては超一流の評価を得られない。ベンツやBMWなどのブランド力がない。なぜなら、企業そのものが、「金儲けしかできない」という意識に染まっているせいで、製品そのものが大衆的になってしまっているからだ。
 たとえば、レクサスは、「社交クラブの一員」として輝きを発するようなデザインを持てない。ソニーやキヤノンも、ひところのエリートとしての輝きを失っている。なぜか? 企業そのものがエリートとしてふるまおうとしないからだ。そして、その理由は、エリートとしての自覚がないからだ。
 エリートとしての自覚とは、偉ぶることではなく、自らの責務をわきまえることだ。(「ノブレス・オブリージュ」という言葉を知るがいい。)
 十分な才能と富をもつならば、それを社会に還元しようとする、貴族的な雰囲気を持つことが大切だ。その自覚があればこそ、人々は彼をエリートとして崇拝してくれる。
 逆に、いくら優秀でも、「オレの金儲けだけが大事」と思うような人は、「卑しい成り上がり者」としか見なされない。なぜなら、自分自身が、そういうふうにふるまっているからだ。しかも、自分でそのことに気づかないからだ。まわりの人は彼を見て、「優秀だが卑しい奴」と軽蔑しているのだが、本人だけは、「優秀だが偉ぶらないで謙虚な自分」というふうに自惚れている。
 これが現在のトヨタ・ソニー・キヤノンだ。情けない。
 逆に、エリートとしての自覚を持つのが、サントリーだ。サントリーは、「偉ぶるのをやめよう」とは思わず、「目立とう」と思う。だからコマーシャルだって、金をかけないで、面白いコマーシャルを出す。莫大な金をかけながら宣伝効果をろくに上げられないような、トヨタ・ソニー・キヤノンのコマーシャルとは雲泥の差だ。
 サントリーというのは、事業規模としては、ごくちっぽけな会社であるにすぎない。吹けば飛ぶようなちっぽけな会社だ。にもかかわらず、トヨタ・ソニー・キヤノンと並ぶほどの価値を人々に植え付けている。そこには見習うべき点がある。
 もしトヨタ・ソニー・キヤノンが、サントリーのような意識を持てば、トヨタ・ソニー・キヤノンもまた、世界で冠たる超一流企業になれるだろう。ベンツやBMWを越えるような、最高のブランドとなるだろう。……しかしながら、現実には、そうなっていない。いずれも成り上がり者としての評価しか得ていない。根が卑しいからだ。自分の金儲けばかりを考えて、「社会における自分の立場」というものをろくに考えることができないからだ。
 トヨタ・ソニー・キヤノンが、チャイコフスキーコンクールの優勝者になる人を支援するようなことは、とうていできないだろう。これらの馬鹿企業にできることと言えば、「チャイコフスキーコンクールの優勝者になった人を支援して、自社の宣伝活動に役立てる」というようなことぐらいだ。そこには月とスッポンほどの大きな差がある。そしてまた、それが、尊敬される企業と卑しい企業との差だ。

 [ 付記1 ]
 阪神の赤星選手は、盗塁一つを決めるごとに車椅子を一台プレゼントする。64盗塁の年には、タイトル分を含めて、65台をプレゼントした。身銭を切っているわけだ。
 で、トヨタはどうか? 「当社は車椅子用の車両を開発しています」といって、有償で販売するだけだ。赤星選手が車椅子をプレゼントするたびに、トヨタが儲かる、というようなものだ。  (^^);
 両者の発想は、根本的に違っている、と言えるだろう。だいたい、トヨタは「たくさんの車両で車椅子が使えます」と宣伝しているが、そんなに何車種も用意する必要はない。それよりは、開発費を抑えて、安くすればいい。できれば、車椅子の装着の分は、無料にすればいい。そうすれば、多くの人が「立派だ」と拍手するだろう。……といっても、現実にはどうかと言えば、経営者が「それじゃ儲からん」と却下するだろうが。
 もともと社会貢献という観念がない。「儲かりまっせ」という観念しかない。田舎者だから。(だからレクサスみたいな田舎者のデザインばかりを出す。自分が田舎者だと自覚できない田舎者。「高貴さ」という観念が根本的に欠落している。「ノブレス・オブリージュ」からは、最も隔たっている。)

 [ 付記2 ]
 なお、企業の中では例外的に、新聞社だけはちゃんと文化事業をやっている。美術展やら恐竜展やら科学技術展やら。
 これは、業務と関係がある、ということもあるが、会社そのものが利益主義とは違うところで成り立っているからだろう。だいたい、金儲けが目的なら、新聞社の株主なんかになるはずがないから。
 こういう新聞社系の文化事業に、企業がお金だけを出すと、「後援」というふうに示されることがある。こういうこと(金だけちょっと出す)のは、けっこう、IT系の企業にも見られる。キヤノン、IBMなど。やはり先端的な一流企業が多いですね。逆に言えば、そういう会社だからこそ、先端的な一流企業になれる、とも言える。
 トヨタは? だめですねえ。ケチることしか考えていない。だから会社そのものが尊敬に値しない。いやしいだけ。「商売上手の守銭奴」という言葉で真っ先に思い出されるのが、トヨタだ。つまりは、そういうイメージができちゃっているんですねえ。……だから、貴族は、レクサスなんか死んでも買うわけがないですね。いやしい会社の車なんかに乗るのは、成り上がり者だけです。「高級な割に、安いんだぜ」なんて喜ぶのは、成り上がり者だけ。
 で、レクサスというのは、そういう成り上がり者を対象に、「高級な割に、安いんだぜ」という車を作ることばかりに熱中している。いやしいですねえ。

 [ 付記3 ]
 本項の教訓は? 次のことだ。
 「ITやハイテクなどの、先端技術ばかりを開発しても、商売としては成功しない。企業としての理念が必要だ」
 わかりやすく言えば、比喩的に、こうなる。
 「学問と金儲けばかりが上手でも、人間として立派でなければ、誰からも尊敬されない。むしろ、『学者馬鹿』『守銭奴』と軽蔑されるだけだ」
 これは当り前ですね。技術開発に熱中した武器研究者や原爆研究者。金儲けだけを考えたインチキ食肉業者や、NOVAや、グッドウィル。こういうのはいずれも、尊敬されずに、軽蔑される。
 「研究だけやってればいい」
 なんて思うようでは、人間として失格だ。
 企業も人間も同様だ。あなたのそばに、自分の利益ばかりを考えているエゴイスティックな人がいれば、その人は軽蔑される。逆に、みんなのために奉仕する人がいれば、その人は尊敬される。……企業もまた同じ。

 ついでだが、
 「研究だけやってればいいと思うのは駄目だ」
 という話を聞いて、
 「いや、そんなことはないぞ! 研究だけでいいんだ!」
 と思うような人は、奥さんに離婚されかねないので、注意しましょう。
 逆に、「あ、ここに書いてあることは、うちの女房がふだん言っていることと同じだな」と思って、ヒヤリとした人は、今のところは離婚されずに済むでしょう。
 人間失格となるかどうかの、分かれ目です。
posted by 管理人 at 18:46 | Comment(4) | 一般(雑学)1 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
そういえば赤星選手の車椅子の件なんですが、どうやらヤフーオークションで転売するなんてとんでもない事件がありました。

http://osaka.nikkansports.com/baseball/professional/tigers/p-ot-tp0-20070427-190373.html

やはり人の良心につけこむ最悪の人間って居るんですね。
Posted by G/R at 2007年07月07日 19:37
コンクール会場の垂れ幕写真の右下の方に、TOYOTAと書いたあったように思います。下記のサイトには、このコンクールにトヨタが主幹事となって総予算の1/3を負担すると書いてあります。

http://www.sankei.co.jp/kokusai/world/070201/wld070201000.htm
Posted by NO at 2007年07月07日 19:55
トヨタの情報ありがとうございました。
ネットで検索すると、いろいろと情報がありましたが、つまりは、「後援」という形の宣伝みたいですね。

「チャイコフスキーコンクールは資金的に窮乏していたので、トヨタが援助した」
 というふうに書かれていたが、計算すると、ちょっと眉唾。
 トヨタの出した金額は、全体の3分の1だけ。一方、運営費は、前回の 2.5倍になっているという。だったら、よそから、膨大な金が流れ込んできたことになる。トヨタが金を出さなくたって、運営には差し支えなかったはずだ。
(もともと例年の 1.7倍の金があったのだから。トヨタが出したのは 0.8倍の分だけ。)

 なお、さらに情報を求めると、面白いことが見つかった。

“ 今大会では、メインスポンサーとして、あらゆる場面にトヨタの名前が出ています。 (写真はトヨタ提供の事務局用車両)”
http://hibino1882.cocolog-nifty.com/hibino1882/2007/06/13_8fda.html

“ トヨタは、日本企業としては初めて、ロシアで現地工場を稼動するパイオニア。そのため、トヨタの対ロシア投資は現在、増加しています。 宣伝戦略も派手で、「夢を運転しよう」というキャッチフレーズのトヨタのCMは、ばんばんロシアのTVで流れています。 ロシアでは、ソ連邦崩壊後、ヒュンダイやサムソンが、市場を席巻してきましたが、近年の経済成長で、トヨタやパナソニックが、韓国企業を激しい勢いで追随しています。 プーチン大統領もトヨタの愛車を持っているとか。クレムリン幹部もご用達で、昨年のトリノオリンピックでは、金メダル受賞者に、なんとクレムリンからトヨタ製の車が贈られたんですよ。 日本企業が冠スポンサーについたことで、日本人若手アーティストにも注目が集まります。”
http://sasakima.iza.ne.jp/blog/tag/60690/

やはり、社会貢献のメセナというよりは、社会貢献のフリをした宣伝活動と見るべきでしょう。
 「2億円でチャイコフスキー・コンクールの冠スポンサーになれるのなら、安いものだ」
 という判断。で、会場は、トヨタのマークだらけ。
 さすがに三河商人は商売上手。西武ドームの冠スポンサーになるよりは、ずっと効果的でしょう。

ロシア語のホームページでも、大々的に宣伝している。
http://www.toyota-sponsorship.ru/projects.html
口あんぐり。一般に、日本の美術展のホームページでも、これほど露骨なことは書かないものだと思うが。……ま、メセナじゃなくて宣伝だから、これも当然だ、ということなのでしょうが。

( ※ なお、トヨタのやった後援は、「やらないよりはやった方がいい」とは言える。その意味で、批判しているわけではない。ただし、サントリーのやったこととは、月とスッポンの違いがある。サントリーが支援したのは、チャイコフスキー・コンクールの優勝者ではない。一般的にはほとんど無名に近い若手音楽家である。宣伝効果はゼロに等しい。そして、そういう相手に、見返りを求めずに支援するのが、メセナだ。多大な見返りを求めるトヨタの宣伝とは異なる。……コンクールに優勝する前の人を支援するのと、コンクールに優勝した後の人を支援するのとは、決定的に違うが、それと同様である。)

( ※ なお、仮に私がトヨタの社長だったら、たったの2億円でこんなに大宣伝をするなんて、恥ずかしくて、とてもできませんね。たったの2億円しか出さないのなら、隅っこの方にこっそり小さく記述して、それでおしまいにします。……私は恥というものを知っているので。恥ずかしいことはできません。……だいたいね、3分の1しか出さないくせに、あたかも全額を支払っているようなフリをするなんて、いったいどの面下げて、そんなことができるのか。厚顔無恥さが不思議でならない。)
Posted by 管理人 at 2007年07月07日 20:25
トヨタはケチだな
地震の義援金も出さない、出しても
従業員の募金だけ。トヨタの従業員も
呆れております。
 しかし、地元豊田市周辺の福祉NPOは
トヨタの資金援助なしではやっていけない
状況。
トヨタは、利益の社会還元を全くしていない
わけじゃないが規模が小さすぎる。
 トヨタが米国企業なら取締役はストック
オプションで1人当たり100億円は
もっていくだろうね。やつらはGMみたいな
ことはしない。
 自分にもケチだけども、他人にもケチで
バランスを取っているのかもしれない。
Posted by mugu at 2007年07月07日 22:37
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