2007年06月22日

◆ 科学主義と実験


 近代科学は「仮説を実験で検証する」ということで発展してきた、としばしば言われる。
 建前としてはそうなのだが、現実にはそうはなっていない。むしろ、次のようになる。
 「間違った仮説を証明するのに好都合な実験事実ばかりを取る」
 「間違った仮説を否定する(正しい)実験事実は、見て見ぬフリをする」 ──

 その例を示す。

 (1) 飛行機はなぜ飛ぶのか? 
 この問題は、先に述べた。
 さらに、その【 追記2B 】の箇所では、実験的にどちらが正しいかを検証する方法を示した。(水素中と窒素中で揚力を比較する)
http://openblog.meblog.biz/article/83916.html
 しかしながら、この実験をすると、従来の説(ベルヌーイの定理による揚力、という説)が間違っているということが、バレてしまう。
 すると、これまでの説を信奉していた人たちにとっては、都合が悪い。そこで、真実を隠蔽し、虚偽を出回らせようとする。そのために、こういう実験をやらない。
(「やれ」と言われたって、やるわけないですよね。「自分が間違っていること」を証明するための実験なんて、誰もやらない。)
 かくて、科学とは、真実を追究するためにあるのではなくて、真実を隠蔽するためにあるのだ、ということになってしまった。
 
 (2) シュレーディンガーの猫
 量子力学の「シュレーディンガーの猫」もひどい話だ。
 そもそもこれは、「重ね合わせ」というものを信奉する連中に対して、天才的なシュレーディンガーが「重ね合わせなんて馬鹿なことをいうな。猫が生きていて死んでいるはずがない」と主張して、「シュレーディンガーの猫」という実験システムを提案した、ということによる。(話の起源)
 ところが、この馬鹿げた話を真に受けたのが、おおかたの物理学者だ。とうとう「猫は生きていて死んでいる」という結論を出してしまった。
 ただし、それが間違いだということが証明されると困るから、証明されないための言い訳を考案した。それは「重ね合わせは観測されない」(観測されると重ね合わせは消える)ということだ。
 なるほど、「重ね合わせは観測されない」ということにすれば、観測されなくても「重ね合わせ」があってもいいことになる。しかし、「観測されない」ということを理由にして、メチャクチャなデタラメを是認するというのは、科学ではないだろう。
 仮に「観測されない」ということを理由にするのであれば、どんなデタラメだって主張できる。

 「宇宙人は地球にたくさんいるんだ。ただし観測されないだけだ。観測しようとすると、消えてしまうんだ」
 「私はものすごい金をもっている。ただし観測されないだけだ。観測しようとすると、消えてしまうんだ」

 似た理屈に、次のものがある。

 「ねえ、萌えちゃん、きみは本当は僕のことを好きなんだよ。ただし自分では気づいていないだけなんだよ。気づきそうになると、ついつい別の考えが思い浮かぶから、自分では気づいていないだけなんだ。でもきみは本当は僕のことを好きなんだよ。だからさあ、この婚姻届に判子を押しなさい」

 つまり、「観測できないものがある」なんていうのを信じる点で、科学主義を否定している。狂人の発想であろう。
(典型がコペンハーゲン解釈。観測した瞬間に波動関数が収束する、と主張するのは、もはや狂人の発想に近い。少なくとも、科学主義ではない。)

 (3) 進化論
 進化論でも、ほぼ同様の事情にある。
 化石を見る限り、常に「階段状」の進化があるのに、「なだらかな斜面状の進化」があると主張する。化石による事実を、見て見ぬフリをする。
 → クラス進化論の解説 ( Google 検索)

 ついでに言えば、「猿が直立したから、猿の脳が発達して、猿が人間になった」というメチャクチャな説もある。
( → トカゲの二足歩行



 ともあれ、結論は、先に述べたとおり。再掲すると、次の通り。

 科学とは、真実を追究するためにあるのではなくて、真実を隠蔽するためにあるのだ、ということになってしまった。
 次のように。
 「間違った仮説を証明するのに好都合な実験事実ばかりを取る」
 「間違った仮説を否定する(正しい)実験事実は、見て見ぬフリをする」

( ※ 天動説を信じた中世の教会と同じ。あのころから何も変わっていない。)
posted by 管理人 at 20:20| Comment(0) | 科学トピック | 更新情報をチェックする
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