2007年06月09日
◆ 推敲と印刷
最近では、画面で文章を推敲する人が多く、いちいち印刷して推敲はしない、という人や場合が多いようだ。しかし、やはり、印刷して推敲する方がいい、と思う。 ──
これは、理屈がどうのこうのというより、経験則。
画面でも十分に推敲ができる、と思えるのだが、その完成した文章を印刷して、全文を一挙に通し読みしてみると、アラがいっぱい目立つ、ということが、しばしばある。
やっぱり、印刷しないと、ダメなんですよね。
そういうことは、大昔のワープロ専用機のころからわかっていたし、パソコンに移行してからも実行してきたのだが、どうもここ数年、ワープロよりもエディタを使うことが多くなり、画面で推敲することが多くなった。で、自然に、印刷することが少なくなった。
でも、途中の推敲はともかく、最終推敲は、やはり、印刷しないとダメであるようだ。
というか、印刷すると、画面での推敲では見えないアラがいっぱい見えてくるので、印刷にはちゃんとした効果がある、ということだ。
ついつい忘れがちなので、しっかり理解しておいた方がいいようだ。さもないと、
「画面で推敲して、これでもう万全」
と思ったあげく、実は全然ダメだった、というふうになりかねない。
論文の執筆などの場合、注意するといいですね。
( ※ ブログの記事ならば、誤字も脱字も平気だが、まともな論文までそんなありさまだと、恥ずかしいことになる。……いや、誤字や脱字ならまだしも、ひどい文章だと、あとで穴に入りたくなってしまう。 (^^); )
[ 付記 ]
「画面でやる方が、紙もインクも資源節約だ」
という見解もある。だが、これは完全な間違いである。なぜか?
プリンタで印刷しても、それで修正される原稿は、部数で1部だけだ。しかし、ひどい文章をそのまま提出すると、ひどい文章が多大な数の印刷物となってばらまかれる。つまり、多大な数のゴミが発生する。 (^^);
下書き原稿でゴミの発生を減らそうとすると、最終的にはゴミ原稿を書くことになるので、そっちの方が有害だ。本末転倒というか。目先のことばかりに気を取られると、肝心のことを見失う。……レジ袋節約論者みたいなものです。
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