2007年05月28日

◆ 重ね合わせと観測


 いわゆる観測問題について、本質を説明する。
   → 「重ね合わせと観測 ──

 観測問題とは、「観測した瞬間に、重ね合わせが解消する」という結論が得られる、という問題だ。
 人間の観測が、量子の状態を決定する、という不思議さ。
 なぜそんなことが起こるのか? 

 実は、その結論のことは、起こらない。
 簡単に言えば、その結論は、「間違った概念を前提とした上に成立する、間違った結論」である。
 前提が間違っているから、結論も間違ったものになる。つまり、砂上の楼閣である。それだけのことだ。

 (もっと詳しい話は、上記文書を参照。量子論的な話になる。)

 ──

 [ 参考 ]
 この例に限らず、「砂上の楼閣」となる論理を使う例は、しばしば見られる。
 間違った前提にもとづいて、間違った結論を得る、という例は非常に多い。それでいて本人は、「正しい論理を使ったから結論も正しい」と主張するものだ。



 
 上記文書の内容を、ごく簡単に説明しておくと、次の通り。

 観測問題の難点とは、次のことだ。
 「観測の瞬間に、重ね合わせが解消する」
 つまり、
 「観測の瞬間に、波動関数が収束する」
 「観測の瞬間に、状態が決定される」
 「人間の観測が、量子の状態を決定する」

 これはどう考えてもおかしい。では、どうおかしいのか? それを示すのが上記文書だ。
 では、その理由は? 

 実は、これは、学説になっていない。むしろ、こうだ。
 「誤った学説を主張して、その矛盾を取りつくろうために、インチキ論理を駆使する」

 比喩的に言えば、こうだ。
 「『悪魔が存在する』という誤った学説を主張する。しかし現実には、悪魔は観測されない。そこで、『観測の瞬間に悪魔は消えてしまうだけだ。観測されなくても悪魔は存在する』と言い直す」

 なるほど、こうすれば、現実との矛盾は回避される。しかし、そんなのは、インチキ論理である。「『観測されない』という事実と食い違う」という問題を回避するために、その場で取りつくろっているだけだ。

 シュレーディンガーの猫における観測問題も、また同じ。
 本当は、根源的な学説が間違っている。ただし、インチキ論理を駆使することで、間違った学説と現実との食い違いを、取りつくろう。「ボロを隠す」わけだ。……そういうこと。

 しかし本来ならば、間違った学説の方を捨てるべきなのだ。すなわち、
 「観測によって重ね合わせが解消する」
 という学説を採るかわりに、
 「もともと重ね合わせなどはない」
 という学説を採るべきなのだ。そういう態度こそ、科学的というものだ。
 (現状では、科学的な態度でなく、インチキ論理が取られている。)

 ──

 「重ね合わせ」の意味については、上記文書に詳しく書いてある。文書の最初から読むといいだろう。
posted by 管理人 at 18:48| Comment(1) | 物理・天文 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
以前から思っていたのですが、ちょっとコメントします。管理人さんの考察についてではなく、その前提について。
・量子力学で言う観測とは、人間による認識ではない。他の量子(等)と相互作用を起した時点である。
・シュレディンガーの猫の話は、パラドックスではなく単なる喩え話である。猫のようなマクロなものが量子的な挙動を示すということは主張していない。
以上が私の認識です。
まあ、私は素人なのであまり気にしないでください。
Posted by poimandres at 2007年05月28日 17:41
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