生体認証システムには、いろいろあるが、実用化されつつあるものは、静脈パターンを照合するもの。金融機関で普及しつつある。しかしながら、指認証と掌認証の双方があり、対立している。標準化の流れもあるが、かなり時間がたっても、まとまらない。
そこで、生体認証システムの決定版を提案する。
( ※ 指と掌のどちらが勝つかについても、見通しを示す。) ──
まず、話を整理しよう。
指認証と掌認証の二通りがあることについては、過去記事で説明した。
→ 小泉の波立ち 2005年3月08日b
また、「指認証と掌認証のどちらがいいか?」という点では、次のことが判明している。
・ 指認証はコストやスピードで有利だが、指が汚れた場合などの精度に問題がある。
・ 掌認証は、その逆。
つまり、一長一短である。
→ http://www.nikkeibp.co.jp/sj/special/224/03.html
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次に、標準化の流れだが、2005年ですでに標準化の方針が示されている。つまり、ICカード(またはサーバー内のデータ)に双方の情報を取り込むこともある、という方針。
→ 小泉の波立ち 2005年3月25日c
→ http://www.japanpost.jp/pressrelease/japanese/kawase/050228j301.html
しかしながら、現状ではまったく統一の方向ができてない。相も変わらず対立が続いており、解決の目途はない。
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そこで、私が次のように提案する。
「カギをかけるのと、カギをはずすのとを、別々にする」
現状はどうか? カギをかけるのと、カギをはずすのとは、同じである。指なら指、掌なら掌。そのどちらかだ。
で、指の会社は指を推進し、掌の会社は掌を推進する。……自社の金儲けに有利な方を推進する。つまり、指と掌を使える機械があっても、普及しない。技術的には問題がなくても、経営上の問題のせいで。
その結果は? ユーザーが割を食う、という結果になる。
そこで、私としては、上記の新たな方針に基づいて、次のように提案する。
「カギをかけること(パターン登録)は、双方を一括して行なう。カギをはずすこと(認証すること)は、どちらでも任意でできるようにする」
その長所は何か? ごく少数の「登録装置」だけが共用で、大多数の「認証装置」は自由競争のままだ、ということだ。
つまり、自社技術を流出させずに住む。流出させるのは、ごく少数の登録装置だけだからだ。そのパイは小さいから、無視できる。また、共用にしたところで、別に損はない。
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具体例を示す。
例1。指の金融機関は指の装置だけ。掌の金融機関は掌の装置だけ。(ただし、それは、認証の話。登録は、双方を一括して登録する。)
例2。指の金融機関に行ったら、指が汚れていて、認証不能。そのときは、別に1台だけ用意してある掌認証の装置で認証する。ただし手数料を余分に取られる。
例3。掌の装置では、指の部分を認証しない。指の装置では、どの指でチェックするかを本人以外ではわからないようにする。(これらは、秘密漏洩を防ぐための措置。…… Wikipedia 「生体認証」を参照。)
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以上のことを実現するためには、次のことが必要だ。
「登録装置については、指の会社と掌の会社が、協力する。合弁で装置の会社を設立して、双方を含む装置を販売する」
つまり、登録は合弁会社で行ない、認証は自分の会社で行なう。
ここでは、双方の協力が必要だ。現状では、たがいに対立しているので、それができない。そのせいで、ユーザーが割を食う。
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結論。
生体認証技術の普及において、根源的な問題となっているのは、技術ではなくて、経営方針である。技術者がいくら努力しても、経営者が自分勝手なせいで、肝心の技術を普及させることができない。
ゆえに、その経営状況をこそ、改めるべきである。問題は、技術ではないのだ。
なお、現状のままだと、そのうち、韓国のサムスンあたりが、世界市場を制覇するかもしれない。「日立と富士通が喧嘩していて協力しないので、サムスンが世界市場を制覇してしまった」というわけ。
馬鹿みたいですね。でもまあ、有機ELでは、サムスンが世界市場を制覇しつつある。有機ELは、日本が独走していた技術であったのに、いつのまにかサムスンに追い抜かれてしまった。
生体認証技術も、その二の舞になりそうだ。……これが私の予想。つまり、指も掌も、どちらも負け。



【 参考 】
実は、現状の生体認証システムには、根源的な難点がある。指認証も掌認証も、どちらも根源的にダメな点がある。
それは、登録時に他人になりすますことが可能だ、ということだ。つまり「仮名登録」である。(そのせいで脱税やマネーロンダリングが可能となる。)
もう一つ問題がある。犯罪というより手間の問題が。それは、登録のたびに、あちこちで同じ登録を何度もしなくてはならない、ということだ。
以上の問題を解決するには、次のようにすればいい。
「公的な登録機関において、戸籍や顔写真とともに、一回限り登録する。(以後は十年ごとの更新)」
これは国民総背番号(住民番号制)制と同様である。ただし、生体情報そのものが番号に相当し、その簡略表記として住民番号があることになる。
こういうふうにすると、パスポートの取得や免許の取得などが、非常に簡単になる。
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なお、これは基本番号として、その下に、各社・各省の固有の番号をそれぞれ割り振るべきだろう。そうすれば、相互にデータ漏れの恐れがなくなる。
たとえば、A銀行では生体情報を得るが、それをA銀行における顧客番号に結びつけることは、A銀行の内部でのみ可能となる。B銀行にはわからない。だから、B銀行が顧客Sの生体情報を得ても、顧客SがA銀行においてもつ口座の内容はわからない。
同様のことは、各省庁にも適用される。
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最後に述べた話題は、「情報の共有」というシステム的な問題である。末端が各自でバラバラに同一情報を分有するよりは、統一的なシステムのもとで同じ情報を共有する方がいい。ただし、アクセスについては、注意を要する。
情報システムの問題ですね。(情報の認証だけやっていればいいわけじゃない、ということ。)
生体認証についての話(周辺的な話)は、本ブログでも過去に二回、論じたことがある。
http://openblog.meblog.biz/article/1572.html
http://openblog.meblog.biz/article/1599.html
これらは、 生体認証 1,2 という感じ。本項は3回目。
余談。
( ※ パスポート取得の手間を考えると、指紋認証もいっしょにやった方が良さそうだ。指と掌だけでいい、ということにはならない。……指紋認証もやると、社会の犯罪抑制効果が出る。)
( ※ 読売の記事 2007-05-21 によると、日本は監察医がいないせいで、殺人のやり放題であるようだ。アルコールを飲ませすぎたり、浴槽に沈めたり、枕で窒息させたりすると、たいていは殺人が露見しないで、殺人犯は見逃されてしまうようだ。監察医がいないせいで。……で、死体が消滅したあとで、保険会社に請求すれば、保険金殺人が見事に成立するわけだ。しかも証拠が残らない。……殺人の放置とは、日本ってすごい国ですね。)
