2007年05月13日

◆ 電磁場とエーテル

 
 《 間違いを犯さないため科学論 》
 電磁場をモデル化することは、従来の物理学の立場からも試みられてきた。しかしながら、そのすべては失敗だった。ではなぜ、失敗したか? その理由は、次の通り。 ──

 (1) 剛体力学と流体力学
 マックスウェル方程式を見ればわかるとおり、電磁場は流体としての性質をもつ。特に、運動の方向とは垂直になるような力が働く。こういうことは、剛体力学的な立場からは説明が困難だ。(剛体力学な立場だと、「作用反作用の法則」のように、運動方向と同じ方向の作用しか生じないからだ。つまり、垂直方向の力を説明できない。)
 運動の方向とは垂直になるような力を説明するには、剛体力学的なモデルを取るということ自体が、根源的に間違っているわけだ。むしろ、流体力学的なモデルを取ることが必要となる。

 (2) 従来の量子論
 しかしながら、従来の量子力学は、剛体力学のモデルを取っており、流体力学のモデルを否定してきた。なぜか? 最初は流体力学ふうに「エーテル」という発想を取ったのだが、エーテルの存在が否定されたからだ。(マイケルソン・モーレーの実験。19世紀末ごろ。)
 こうして、以後、量子力学は剛体力学の立場で構築された。「素粒子」という概念もそうだし、「場の量子論」もまた同様である。(これは固体力学ふう。つまり、固体を伝わる波を考える。)
 ここでは「量子は粒子と波の性質をもつ」というふうに表現されたが、その真意は、「基本的には粒子であるが、ときどき波の性質も現れる」というだけのことであり、あくまで基本的には量子を「粒子」と見なす剛体力学の立場を取った。

 (3) 超球理論
 一方、超球理論は、流体力学ふうの立場を取る。流体力学といっても、液体よりは気体を念頭に置いている。超球が気体のように分布していて、それがエーテルとなって、振動を伝える。
 こうして、流体力学の立場を取るようにすれば、理論的な問題もモデル的な問題も、すべてがきれいに片付く。それがつまり、超球理論の意義だ。
 では、超球理論は、マイケルソン・モーレーの実験と矛盾しないのか? 矛盾しない。その理由は、超球理論のページに詳しく書いてある。
 マイケルソン・モーレーの実験は、エーテルの存在をまさしく否定したのだが、ここで、エーテルという概念そのものを完全に諦めてしまうかわりに、エーテルの概念を(この実験に抵触しないように)改める、というのが、超球理論の立場だ。

 比喩的に言おう。「錬金術は不可能だ」ということが経験的に明らかになっていた。そこで「元素は変換されない」という命題を立てた。なるほど、その命題は、化学の範囲では成立する。そこで、ほとんどの科学者は、「元素は変換されない」という命題を信じた。しかるに、キュリー夫人は、その命題を改めようとした。「元素は変換されない」というのは、化学反応では成立するが、放射線科学の分野では成立しない(つまり元素は変換される)という新たな命題を考えた。
 この命題を考えたキュリー夫人は、「トンデモだ」というふうに批判された。「元素が変換されるはずがないではないか。この女は近代科学を否定している馬鹿者だ」と。
 しかしながら歴史的には、キュリー夫人の方が正しかった。なるほど、「元素は変換されない」という命題は、化学の範囲では成立する。しかし、化学の範囲を超えて、別の範囲に踏み出せば、「元素は変換される」ということもあるのだ。

 エーテル概念も同様である。「エーテルは存在しない」というのは、「物質としてのエーテル」という意味では正しい。しかし、「超球としてのエーテル」というふうに概念を拡張すれば、「エーテルは存在しない」という命題はもはや正しいとは言えなくなるのだ。なぜなら学問の範囲が拡張されたのだから。
 結局、マイケルソン・モーレーの実験からは、学ぶべきことがあったのだが、その学び方を間違えてはならないわけだ。従来の物理学は、「あつものに懲りてなますを吹く」というふうだった。ある種のエーテルについて失敗したからといって、あらゆるエーテルを一切合切捨ててしまった。そのせいで、同じくエーテルという名の付いていた別の真実をも、虚偽といっしょに捨ててしまった。かくて、真実を見失った。

 (4) エーテル
 ともあれ、電磁気学では「エーテル」という概念が根本的に重要である。これは流体としての性質をもつ。そこから、「共鳴」「呼吸」という概念も生じる。そこから、ファラデーの法則やクーロンの法則などがモデル的に説明可能となる。
 従来の理論では、そういうモデル化は不可能だった。なぜか? 従来の科学者が無能だったからか? 違う。どんなに有能でも、しょせんは不可能だったのだ。なぜなら、根源として、流体力学でなく剛体力学の発想を取ってきたからだ。
 彼らがモデルを構築するとき、剛体力学のモデルを構築するばかりだった。それでは、決して、電磁気学のモデルを構築することができるはずがないのだ。それはいわば、「解がない」と証明された問題の解を探そうとするようなものだ。
 何事であれ、物事の基盤が最重要である。基盤を間違えれば、そのあとでどんなに頭を絞って考えても、すべては砂上の楼閣となる。……それがつまり、従来の立場では、電磁気学のモデルを構築できなかったことの理由だ。

 

 ※ 以上は、下記のページ(前項で紹介したページ)から、文末のコラムを
   抜粋したものです。
   コラム以外の本文を知りたければ、下記のページをお読み下さい。
    → http://hp.vector.co.jp/authors/VA011700/physics/emodel.htm

 ※ 本項を読んで、「面白いな。似た話をもっと読みたいな」と思ったら、
   次のページの文末のコラムを読むといいでしょう。
    → http://hp.vector.co.jp/authors/VA011700/physics/force.htm#31
posted by 管理人 at 23:56| Comment(0) | 物理・天文 | 更新情報をチェックする
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