全日空の飛行機で前輪が開かなかった事故の原因は、「ボルト脱落」だったことが判明した。ここではボルトの締め付けが不十分であったことが理由である。
この問題は、全日空に限らず、日本中のすべての業界に当てはまる。そこで、ボルトの正しい使い方について、おおまかに示す。
( ※ ただし、ボルトに詳しい専門家向けではない。本項目は、ボルトの教科書ではないので、誤解のないように。)
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この件は、前に「ボルト」という項目で説明した。しかるに
ボルトに締め付けには、大別して二つの方法がある。(1)(2)だ。
【 追記 】
すぐ上に述べたように、(1)(2) の二つがあるので、誤読しないこと。
「 (2)しか書いてないぞ。(1) の方法があることを忘れている!
ここに書いてあることは間違いだ!」と文句を言う人がいるので、
そういうふうに誤解しないでください。── 繰り返します。
(2) だけでなく (1) もあります。(1) を読み飛ばさないで下さい。
(1) 可逆的締め付け
可逆的締め付けは、はめることもできるし、はずすこともできる締め付けだ。はずすことができるのだから、当然、知らないうちに勝手にネジがはずれてしまうこともある。今回の事故もそれだった。
それを防ぐためにワッシャーという補助機構が使われることもあるが、五十歩百歩である。しょせんは可逆的なのだから、はずれにくくなっても、絶対にはずれないわけではない。
締め付け方としては、「角度法」と「トルク法」の二つがある。後者は適切な締め付け力を器械で測定するので、締め付け力のバラツキが小さい。大量生産に向いている。たとえば、自動車の車輪の締め付け用のボルト。「角度法」は、ボルトの回転角を決めて締め付ける方法。建築現場などで使われる。
この二つの方法は、原理的には大差ない。どちらも可逆的である。角度法で極端に強く締め付けると、力が塑性域に達することがあり、その場合はボルト全体が弱くなって破壊される危険が高くなる。
なお、どうしてネジがはずれるかというと、はずれない力がただの摩擦力だからだ。摩擦力に頼っている限り、ネジが弛んで摩擦が弱まれば、はずれることもある。どうしたって避けがたいことだ。
(2) 非可逆的締め付け
非可逆的締め付けは、はめることはできるが、はずすことのできない締め付け方だ。この場合、原理的にはずすことはできなくなる。脱落の危険は皆無になる。ただし、調整のためにはずすこともできなくなる。調整のためにはずしたいときは、ボルトを破壊するしかない。従って、「絶対安全」を最優先する場合にのみ使うことになる。
非可逆的締め付けは、「塑性域角度法」という方法だ。ボルトを締め付けたあとで、ボルトを変形して、もはや逆戻りできなくなるようにする。ボルトを変形するには、塑性域
(a)
具体的には、塑性域ボルトというのを使うのが普通だ。
塑性域ボルトは、柔らかめの変形しやすい金属を使ったボルトだ。これを使って、強い力で締め付けると、ボルトが歪む。特に、先端部のあたりが大きく歪んで、次のような感じになる。
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こういうふうに歪むと、もはや後戻りできなくなる。かくて、はずれなくなる。
ここで重要なのは、こういうふうにボルトを歪めるには、条件があるということだ。それは、こうだ。
「オス側(ボルト)のピッチが、メス側(ナット)のピッチよりも、ピッチ幅が短い」
ボルトとナットのピッチがずれると、ボルトがナットよりも先に進もうとする。そのせいで、ボルト全体が伸びる。こうして、ボルトが歪むわけだ。下図参照。
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↓↓ ピッチ幅が伸びる。
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なお、単に塑性域ボルトを使うだけでは不十分である。単に塑性域ボルトを使うだけだと、締め付け力を一定にする効果があるだけで、はずれない効果はあまりない。とにかく、ボルトを歪める(変形させること)ことが、非可逆性のためには不可欠だ。
(b)
二重ナット法もある。
ボルトをナットで締め付けるとしよう。ボルトが10センチで、挟む物体が8センチである。ボルトの先端は、2センチ突き出る。2センチ突き出るうちの1センチは、普通のナットをはめる。残りの一センチに、締め付けナットをはめる。
締め付けナットは、ボルトを歪めるためのナットだ。ボルトよりもピッチ幅が長いナットをはめる。うまくはめられないが、強引に力を入れてはめると、ボルトは塑性域を超えてしまうので、ボルトが歪む。いったんボルトが歪めば、ボルトはもう後戻りできなくなる。
この場合のボルトは、やや柔らかめの金属のボルトを使う。ボルト全体が変形する必要はなく、ボルトのネジ山だけが変形すればいい。
(c)
おまけで言えば、腐蝕法という化学的な方法もある。ボルトとナットの接触部に、化学的な薬品を塗って、その部分を錆びさせてしまう。錆びてしまえば、つるつる滑ることもないので、ボルトがはずれる心配もなくなる。
あまり錆びすぎると、ボルト全体が壊れてしまうので、長期間にわたって安全性を保証することはできない。それでも、三年ぐらいなら大丈夫なので、定期点検する整備システムが完備している状況では、定期点検の間にいつのまにかボルトが脱落する危険を減らすために、腐蝕法を使うことも有益だ。
(なお、素人がいい加減にやると、ボルト部分全体が腐蝕してしまうので、大変なことになる。ボロボロになって崩れてしまったら、逆効果だ。やるとしたら、あくまで先端部だけだ。また、有効期間も、あまり長くない。期間が長くなると、危険が高まる。)
なお、電解液を使ったり、電圧をかけて電流を流してくっつける、という方法もある。
一般的に言えば、非可逆締め付けのボルトとナットはほとんど同じ材質であることが好ましい。そうすると、金属同士がなじんで、よくくっつく。逆に、可逆締め付けのボルトとナットは、別の材質であることが好ましい。くっついて抜けなくなると困るので。
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今回の飛行機事故では、(a)(b)(c) のいずれかの方法を取っておけば、事故は避けられた
「ワッシャーを使えばいい」と思って楽観視している人は、ボルトの危なっかしさを自覚するといいだろう。
たいていの現場では、ただの摩擦的締め付けがなされているが、こんなことでは、ボルトがいつ脱落しても、不思議ではない。今回の飛行機事故は、起こるべくして起こった事故かもしれない。
( ※ 「ボルトだけが原因じゃないぞ」という揚げ足とりはしないで下さいね。それは本項の話題とは違う。本項はあくまでボルトの話だ。)
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なお、三菱自動車の脱輪では、ボルト締め付けに角度法が取られていたようだ。そのせいで締め付け力が強くなりすぎて、部品の全体が金属疲労で破断してしまった。そこで、政府はトルク法を推進し、締め付け力が強くならないように、という方針を取った。
ま、自動車ならば、この方針は悪くはない。なぜなら、ボルトの脱落は、自動車の車輪では問題にならないからだ。というのは、自動車の車輪には、ボルトは複数あるからだ。四つか五つある。それらがいっせいに脱落するということはありえない。どれか一つが最初に脱落する。その時点で気がつくはずだから、ボルトの脱落はたいして問題にならない。
自動車の車輪ではボルトを、はめたり、はずしたりする。この場合には、非可逆的な方法は向かない。非可逆的な方法は、常に有効なわけではない。「絶対にはずれない」ことが最優先となる場合のみ、非可逆的な方法が向いている。
※ 赤字の部分は、読み落とす人が多いので、着色しました。
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余談だが、結婚にも、可逆的なのと非可逆的なのがある。
可逆的な結婚は、日本の結婚などがそうであり、協議離婚が可能となるもの。
非可逆的な結婚は、キリスト教の旧教の結婚がそうであり、離婚が不可能となるもの。
結果的に、旧教では、離婚できない夫婦の不倫にはかなり寛容である。一方、日本はともかくキリスト教の新教では、離婚するのはいいが、離婚しないで不倫するのはひどい悪だ。したがって、米国では不倫がとても問題視される。クリントン事件もそうだし、最近の大統領候補もそうだ。一方、フランスでは、ミッテラン大統領が愛人を囲っていたが、誰も非難しなかった。フランスは旧教なので、不倫ぐらいでいちいち騒がないのだ。
結婚の可逆性と非可逆性、という話題。
【 追記 】
非可逆的締め付けには、「塑性域角度法」のほかに、「トルク勾配法」もある。これは古くから知られている。以下、引用しよう。
トルク勾配法は一名降伏点締付け法ともいわれ、金属材料が引張力を受けた場合、弾性限を超えると急激に引張力に対して伸びが増大(すなわち降伏)する性質を利用した締付け法である。ただし、あまり普及してはいないようだ。理由は、下記。
→ http://nippon.zaidan.info/seikabutsu/2002/00197/contents/083.htm
トルク勾配法は、安定した塑性域締めを行うことが可能であるが、大掛かりな装置や煩雑な手順を要することから、実際にボルトの締め付けを行う現場で使用することは困難である。なお、以上はあくまで、参考情報である。本項の趣旨とは、直接の関係はない。本項は、ボルト理論の概説ではなくて、あくまで塑性域角度法の紹介が眼目である。
→ 公開特許公報
《 参考 》
本サイトのほかに、もっと勉強したい人は、次のサイトも参考にするといい。
http://oshiete1.goo.ne.jp/qa485741.html
【 注記 】
本項の意図が誤解されがちなので、解説しておく。
本項は、塑性域角度法について専門家の立場から教授する「教科書」ではない。もちろん、専門家向けの解説でもない。
では何かと言えば、半分わかったつもりでいる半専門家向けである。日常的にボルトを使っていても、ボルトのことをあまり知らない、という人向けだ。実際にボルトを使って作業している整備員などは、ほとんどがこういう半専門家だ。また、通常の機械設計技術者も、こういう半専門家が多い。
例外的に、自動車の設計技術者だと、ボルトについては詳しく知っている人が多い。とはいえ、トヨタや日産やホンダなどのエンジン技術者が、塑性域角度度法を導入したのは、2,30年ぐらい前になってからだ。それ以前は、兼坂弘という人が「塑性域角度法をやれ」と口をすっぱくして指摘したのだが、なかなか導入しなかった。つまり、「普通に締めればそれでいいさ」とだけ思い込んで、「塑性域角度法なんていう新しいものを導入するのは嫌だ」と拒んできた。
近年ではようやく、自動車業界に限り、塑性域角度法は普及してきた。しかしながら、他の産業では、そうでもない。
こういう状況において、塑性域角度法の概念を紹介するのが、本項の目的である。あくまで概念紹介であって、具体的な手順の詳細を述べた教科書ではない。本項によって概念を知った上で、専門書などを読んで勉強するようにしてほしい。
なお、本項は教科書ではないから、言葉遣いが不正確なところもある。たとえば、「塑性域の下限を越える」と書くべきところを、「塑性域を越える」というふうに書いてしまっているところがある。もちろん、不正確な用語法だ。とはいえ、そんなことをいちいち指摘しないでほしい。その手のことを修正し始めたら、このブログでは修正箇所が巨万になってしまう。そうなったら、このブログを閉鎖するか、新規項目追加を停止しなくてはならなくなる。
ま、重箱の隅を見つけて、「こうですね」と指摘してくださるのならありがたいのだが、重箱の隅を見つけて「このミスがあるからおまえは馬鹿だ、阿呆だ、けしからん」というふうに、いちいち難癖をつけたくなる人もいるようだ。そういう人は、次の箇所を参照。
→ Wiki型と 2ch型
http://openblog.meblog.biz/article/105967.html
< 今後、コメントしたがる人のために >
本項目は「ボルトの教科書」ではありません。完全無欠な内容説明ではありません。
基礎概念についておおざっぱに説明したものです。(一部に個人的な提案を含みます。)
もともと舌足らずなところ、説明が不完全な箇所もあります。いちいち指摘してくださる必要はありません。わかっていて、書き直さないで、放置しているんですから。
( ※ 完全無欠な説明文書をいちいち書くほど、暇な人間じゃないので。)
なお、ボルトの締め付け方について、厳密な知識を得たい職業的な読者は、自分でちゃんとした文献に当たってください。本項目は、あくまで、おおざっぱな説明です。