2007年03月06日

◆ 字体差への対応


 「字形の変更」のあと、二種類のフォント(略字と正字)が共存する。これにどう対応するべきか? 
 主語別に、「××はどうするべきか?」という話をしよう。 ──

 「どうするべきか?」という話題では、すでに次のように述べた。
  ・ 前々項 …… 「何をなすべきか」
  ・ 前 項  …… 「何をなしてはならないか」
 さらに本項では主語別に、「××はどうするべきか?」という話をしよう。


 「××は」という主語を分類すれば、次の4通り。
  ・ 個人は、どうするべきか?
  ・ 一般企業は、どうするべきか?
  ・ 印刷会社は、どうするべきか?
  ・ フォント会社は、どうするべきか?
 以下、個別に論じる。

 ──

 (1) 個人はどうするべきか?
 個人のなすべきことは、前々項と前項で示したとおりだ。つまり、こうだ。
 「略字と正字はどちらも同じ文字だ、と理解する。一つの文字に対して二つの字体が共存している、と理解する」
 具体的には、「通常は正字を使う」と理解した上で、「世間では略字も使われることがある」と理解すればいい。(「両者は別の文字だ」と解釈して、同一視を拒んではいけない。)
 逆に、やってはいけないことは、「字体が変わったのは文字化けだ」などと騒ぐことだ。
 こういうふうに騒ぐのは、リテラシー(識字力)が劣っているのが原因なのだから、リテラシーを高めればいい。ま、文盲を教育するようなものです。
 なお、普通は字体差を気にしないでいいが、どうしても字体差を明示したいときは、次のいずれかの方法で。
  ・ 画像
  ・ フォント指定 (PDF, ワープロ文書)
  ・ OpenType

 (2) 一般企業はどうするべきか?
 基本的には、(1) の個人の場合と同様だ。つまり、個々の社員がそのように文字の運用をすればいい。それで話は片付く。

 一方、企業全体で環境を整備したい、という案もある。たとえば、「社内を JIS2004 のフォントで統一する」とか、「社内を JIS90 のフォントで統一する」とか。……しかし、こういうふうに「統一する」という態度を取るのは、根本的に間違っている。
  ・ 字体を機械で統一することで、業務の能率を上げる
  ・ 字体の不統一への対処力を人間がもつことで、業務の能率を上げる

 前者は間違いであり、後者が正しい。(後者は (1) に相当する。)
 なぜそうか? 前者は不可能だからだ。このことは、先に 「文字使用の指針3」の (B)で示したとおりだ。そちらを参照。
 結論としては、「字体の統一のために金を払うべきではない」と言える。そんなのは、ドブに金を捨てるようなものだ。いや、もっと悪い。業務悪化のために金を使うようなものだ。自殺行為である。何もしない方がまだマシだ。
 とにかく、大切なのは、正しい理解である。だから、やるべきことは、リテラシーを高めることだけである。つまり、人的な社員教育だけである。そのためには、金は一円も出費する必要はない。逆に、「字体統一のためのソリューション」などのメーカーの思惑に載せられて、金を払うのは、馬鹿げている。社内を混乱させるだけだ。これでは、状況を悪化させるために金を払うわけで、何もしないよりもさらに悪い。
 物質的にやることがあるとしたら、せいぜい、一つだ。すなわち、「略字と正字、この双方のフォントをそろえておく(どちらでも印刷できるようにしておく)」ということだけだ。
 たとえば、MS明朝を正字フォントにしたあとで、他社製の略字フォントをそろえておく。略字で印刷したいときには、他社製のフォントを使う。……そのくらいだ。

 ※ してはいけないこと。
 一般企業がしてはいけないことがある。それは「 JIS90 の字体で統一する」ということだ。
 なぜダメか? それは、先に「文字使用の指針3」の (B)で示したことからわかる。
 簡単に言えば、自社だけで統一しても、社会が正字に統一していくから、自社だけが取り残されてしまうからだ。これを排除するとしたら、「鎖国主義」である。「世間と情報交流を遮断して、自社の内部でだけ情報交換する。そうすれば自社内は正字に汚染されない」という発想だ。しかし、こんなことをしていたら、会社は倒産する。絶対にやってはいけない。かといって、「鎖国主義」を取らなければ、社外から正字が流入して、正字への統一は不可能になる。
 というわけで、「 JIS90 の字体で統一する」ということ自体が、根源的に間違っている。「MSが JIS90 のフォントを提供するから、それを利用しよう」なんて考えてはダメだ。Windows98 であろうと Windows2000 であろうと、JIS2004 版の新フォントの字形を使える( → 新フォントと SP1 )。だから、正字の新フォントを使うべきだ。
 だいたい、JIS90 の字体に統一するとしたら、今後、Vista のマシンを導入するたびに、マシンに略字フォントを入れ直す必要が出てくる。面倒なこと、この上ない。

 (3) 印刷会社はどうするべきか?
 印刷会社のなすべきことは、簡単だ。略字と正字の双方のフォントを用意して、顧客の指定するフォントで印刷すればいい。それだけだ。
 「どっちのフォントかわからないので、顧客にいちいち個別に聞かないとわからない」
 という声もあるが、馬鹿げている。全体のフォントの指定を最初にいっぺん聞いておくだけでいい。注文を受けたときに、一言聞いておくだけでいい。そのくらいできないでどうするの?
 なお、個別に一つ一つ指定する必要はない。個別に指定したい場合には、フォント指定ができる方式(ワード形式など)で、フォントつきで指定してもらえばいい。たとえば、正字は「MS明朝」にして、一部の略字は「JS明朝」にするというふうに。それだけのことだ。

 では、人名データは? これは、正字に統一すればいい。たとえば、「榊原」なら、すべて正字にする。その上で、「パソコンの字体に統一しました」と注記する。それだけのことだ。
 それで、困るか? 実は、困らない。なぜなら、これまでだって、同様だったからだ。これまでも「榊原」さんには、略字と正字の双方がいたが、正字の「榊原」さんはいちいち文句を言わなかった。「辻」にも、一点しんにょうの「辻」さんと、二点しんにょうの「辻」さんがいたが、二点しんにょうの「辻」さんはいちいち文句を言わなかった。
 では、これからは、略字の「榊原」さんや略字の「辻」さんが、いちいち文句を言うだろうか? ま、最初のうちは、どこかの狂気的な略字人間が、文句を言うかもしれない。しかし、そんな文句を言いそうなのは、文字コード・オタクに限られているだろう。略字派のJIS委員ならば、「この略字(俗字)をきちんと書け。パソコンで出ないなら、出るようにしろ」と難癖(いちゃもん)をつけるかもしれない。でもまあ、そのうち、飽きるだろう。狂人に文句を言われたら、印刷会社はいちいち「困った」といわないで、常識的な対応をすれば、それで事足りる。
 では、常識的な対応とは? 「特注品は別料金で」ということだ。標準的な処理なら、標準的な料金をいただくだけだが、特注品を発注されたら、特別料金をいただく。それで済むはずだ。
 「一つ一つ字体を変更するのですか? わかりました。で、それは、ワープロで一つ一つ指定していただけるのですか? え、お客様でなく、当社が指定する? かしこまりました。ご依頼をうけたまわります。一件につき、△△円の追加料金となります。合計千箇所ですから、追加料金として××万円をちょうだいいたします」
 これでよし。……ふうむ。新たに稼ぐ手段が増えましたね。よかったですね。 (^^)
 字体が二種類になれば、サービスの選択肢は増える。新たなサービスが可能になった。ならば、追加サービスに対しては、その分の追加料金をいただけばいい。結局、それだけのことだ。

 【 注記 】
 実を言うと、以上の「印刷会社」というのは、小規模の印刷事業者(個人規模)に限られる。大手の印刷会社は、除かれる。なぜか? 大手の印刷会社は、もともと問題がないからだ。
 大手の印刷会社は、もともと正字で印刷していた。今回の 122字も、ずっと正字で印刷していた。単行本だって文庫本だって、ちゃんと正字で印刷してきた。とすれば、今回の措置で、何も変わることはない。かえって便利になるだけだ。「略字で入稿して、正字で印刷する」という無駄手間が省けて、「正字で入稿して、正字で印刷する」というふうになるだけだ。
 通常は、DTPソフトで字体を正字に設定することで、そうなるはずだが、その設定自体は、従来と何も変わらないだろう。そもそも入稿する電子データは、字体情報がないはずだから。また、字体情報がある電子データなら、そっくりそのまま印刷するだけだから、それはそれで問題ない。

 (4)フォント会社はどうするべきか?
 フォント会社は、(1)(2)(3)のようなユーザーの立場とは違う。提供者の立場にある。
 では、どうするべきか? 正字をどういうフォント名で提供するべきか? 正字フォントは、略字フォントと同じフォント名で提供するべきか? 正字フォントは、略字フォントとは別のフォント名で提供するべきか?
 たとえば、「JA明朝」という略字フォントがあったとする。これの一部を正字にしたフォントを、どういう名前で提供するか? ── ここで、次の二種類の立場がある。
  ・ 同じフォント名で (「JA明朝」のまま)
  ・ 別のフォント名で (「JX明朝」などに変える)

 この二通りがある。そのどちらにするべきか? これは、難しい問題だが、私としては、次のことを推奨する。
 「どちらにするかは、ユーザーに任せる。どちらも用意しておいて、ユーザーがどちらも選べるようにする」
 このことによって、ユーザーの環境によって、最適なものを選べる。具体的には、次の通り。


 (i) 既存ユーザー
 既存ユーザーは、「同じフォント名で」がいい。従来が「JA明朝」なら、同じ「JA明朝」というフォント名のまま、一部だけを正字に変更する。
 この場合、従来の文書はそっくりそのまま、正字で表示される。従来の「榊原」は自動的に「JA明朝」の正字に置き換わる。何も問題はない。(MS明朝は、この方式。)
 なお、略字で表示させたい場合のために、「JA略明朝」というフォントを、いっしょにセットにする。「榊原」を略字で表示したくなったら、その部分だけフォントを「JA略明朝」に変更すればいい。それだけのことだ。
(なお、二つのフォントをセットにしても、ファイルサイズなどはほとんど変わらない。二つのフォントが合体されて一つのフォントファイルになるだけだ。例。「MS明朝」と「MSP明朝」は、同じフォントファイルに合体されている。)

 (ii) 新規ユーザー
 新規ユーザーは、「別のフォント名で」がいい。従来が「JA明朝」なら、別の「JX明朝」というフォント名のフォントを使う。これは、実質的には「JA明朝」のフォントでもいいが、名称は(従来の「JA明朝」とは)はっきり異なる。したがって、このフォント名では、正字のフォントだけがあり、略字のフォントはない。正字か略字かで、まぎらわしくなることはない。
 略字を利用したいときには、「JX略明朝」を使う。この点は、(i)と同様だ。

 以上の (i)(ii)では、どちらだけがいいということはない。既存ユーザは(i)が良く、新規ユーザーは (ii)が良い。だから、好きな方を選択させればいい。
 当初は、既存ユーザーの需要が多いので、(i)を購入する人が多いだろう。しかし、しだいに (ii)のユーザーが増えるから、長期的には(ii)ばかりになって、(i)は消滅するだろう。(i)はあくまで経過的な措置だ。とはいえ、既存ユーザは大切だし、大きな収入源だから、これを無視するわけには行かない。
 そもそも、両方やったって、コストはほとんど変わらないだろう。パッケージが二種類になるだけのことだ。
 いや、パッケージを二種類にする必要もない。全部をひとまとめにしておいて、セットアップのときに選択できるようにすればいいだけだ。
 例。「JA明朝、JA略明朝」と「JX明朝、JX略明朝」の四つのフォントを同一のフォントファイルにまとめておいて、セットアップのときにフォントを選択させる。前者だけでもいいし、後者だけでもいい。両方(計4種)でもいいが、ただし通常はどちらかにする。
 ともあれ、これなら、フォントサイズはほとんど不変で、セットアップのときに選択の手間が少しかかるだけだ。コストアップの要因はほとんどない。


 ( p.s.)
 現実には、(i)(ii)のどちらか一方を取る会社が多いようだ。また、「フォントメーカー同士で相談してから決める」という態度を取って、決めかねている会社も多いようだ。
 そこで私は、上記のように主張するわけだ。つまり、こうだ。
 「両方を用意せよ。フォントメーカーは一方に決めずに、ユーザーに選択させよ。ただし、どちらにするかについては、メリットとデメリットを明示せよ。特に、既存ユーザーと新規ユーザーの違いを明示せよ」


 このことは、私の提案である。上記の提案を無償で利用しても構わない。ただし、このページへのリンクぐらいは、付けておいてください。無断転載禁止。(リンクがあれば許可。)
posted by 管理人 at 20:09| Comment(2) |  文字規格 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
【 参考サイト 】

特に本項と関係があるわけではないが、文字コードについての参考サイト。(漢字というよりは文字コード。1月上旬のあたりには Vista とMS明朝 についての話題がある。

http://blog.antenna.co.jp/PDFTool/archives/cat25/

アンテナハウス(の人)のブログ。「文字コード」というカテゴリ。
Posted by 管理人 at 2007年03月07日 20:25
印刷会社の人に、次の泣き言がある。
 「字体が変更されたからといって、それで顧客が納得してくれるわけじゃない。印刷会社が泣かされる」

 これは、ただの泣き言である。ちゃんと対処すれば、災い転じて福となる。次のようにすればいい。
 (1) 「字体が変更されたのは、当社のせいではなく、国の方針です(JISの変更です」)と述べる。つまり、責任を転嫁する。「国のせいです」と言えば、客は「お上のやることじゃ仕方ないね」と思う。
 (2) 「私も苦労しているんです。大赤字です」と述べて、顧客の同情を買う。
 (3) 「だから追加料金を請求します。仕方ないんですよ」と述べて、金を取る。
 (4) 文句を言われないように、すべてを文書の形で明示しておく。もともと印刷会社なんだから、印刷はお手の物でしょう。「JISの改定」「MSの方針」などを印刷して明示しておく。顧客が文句を言ったら、「これをよく読んでください」と渡す。顧客は読むのを面倒くさがって、文句を言わなくなる。
 (5) 最後に追加料金の請求書にサインさせる。

 愚かな会社は、泣き言を言って、無料奉仕する。賢明な会社は、本サイトを読んで、災い転じて福とする。
Posted by 管理人 at 2007年03月08日 21:09
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