国産の検索エンジンを開発しようという計画がある。「日の丸検索エンジン」とも呼ばれる。これについてのセミナーがあり、聞いた人の報告がある。
質疑応答ではΣ計画や第五世代コンピュータの二の舞だとか、財閥系企業を中心にしている時点でもう失敗が決まっているとか、Googleとはカルチャーが違うので駄目だとか、全否定するような質問が相次いで、吊るし上げ状態だった。──
( → ほら貝 の一番最後 )
この計画が馬鹿げているということは、専門家ならば一目瞭然。発想からして、経済官僚の発想そのものである。つまり、「技術開発をするには、金を投じればいい」という発想。いわゆる「ビッグプロジェクト」の発想ですね。
cf. (11/24)「ビッグプロジェクト」
http://openblog.meblog.biz/article/46743.html
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この問題の核心は、どこにあるか? 次のことだ。
「国の金を使って、ビジネスを始めようとしている」
これでは社会主義政策そのものである。こういう国策の育成というのは、途上国が資金援助して、先進国の真似をしたい、というときにやる方法だ。その意味は、品質が落ちる分を、政府の資金でダンピングして、「安かろう悪かろう」の商品を販売して、かろうじて生産する、ということだ。
で、今回も、政府はそれを狙っている。その意味は? 「安かろう悪かろう」の検索エンジンだ。で、どのくらい安くなるか? 実はもともと、google の検索は無料である。したがってちっとも安くならない。かくて、このプロジェクトは、「安くなく、悪かろう」となる。当然、失敗する。
結局、「政府の資金でビジネスを始める」という発想は、無料の産業には適用が不可能であるわけだ。で、技術水準の低さも理解しないまま、「金さえ出せば何とかなる」というふうに馬鹿げたことを考えたのが、ビッグプロジェクトの好きな(つまり大金を無駄津位階するのが好きな)政府官僚であるわけだ。
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では、正しくは、どうするべきか?
まず、ここでは、旧態依然たる分野に進出したいわけではなく、新しい先端的なビジネスに進出したい。そのことに注目しよう。これが決定的に重要だ。
で、新しい先端的なビジネスに進出するとしたら、必要なものは、何か? 金か? 違う。アイデアだ。特に、独創的なアイデアだ。( google だって、金で成功したのではなく、独創的なアイデアで成功した。)
では、独創的なアイデアは、どこから生まれるか? 金からか? いや、独創的なアイデアを産むような、研究土壌からだ。 google だって、そういう研究土壌[つまり大学の一部]から産まれた。Wikipedia から引用すれば、次の通り。
スタンフォード大学で博士課程に在籍していたラリー・ページとセルゲイ・ブリンによって開発される。もともとは研究プロジェクトとして始められたものだった。
では、研究土壌は、どうやって生まれるか? ── ここでようやく、金の出番が来る。つまり、研究土壌(大学の研究過程や、さまざまな研究機関)を整備することにこそ、金をかけるべきなのだ。
具体的に言えば、産総研とか、理研とか、そういったタイプの研究所を整備すればいい。また、国立大学の研究所を整備すればいい。現状では、博士課程にいる人も、あまり恵まれた状態とは言えないようだ。一番恵まれた状態で、大学の教授になるぐらいだろうか。その対偶は、当然ながら、一流の民間企業の社長に比べて、年収で半額ぐらいである。ひどいものですね。
で、こういう状況だから、中国などから優秀な研究者が来ることも、ないでしょうね。
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まとめ。
どうせ金を使うなら、研究土壌の整備に金を使うべきである。なのに、短絡的に、「検索エンジン」という目標を定めて、その目標だけのために大金を投じようとする。ビッグプロジェクト政策。
こういう発想は、「アイデアこそ大事だ」ということを理解しない、文系の人の発想に由来する。理系においては、大切なのはアイデアである。アイデアがすべてだ、と言っていいぐらいだ。なのに、「金がすべてだ」と思い込んで、莫大な金を注入しようとする。アイデアのないところへ。
これはまあ、金を無駄遣いする、公共事業の一環なのだろう。まったくの無駄遣い。
比喩的に言えば、もぬけの殻の状態のところへ、無駄金を注ぎ込むわけだ。
もっと比喩的に言えば、頭の空っぽな阿呆のために、天才的な家庭教師を何百人もつけるようなものである。「金をかけて教育すれば利口になる」と信じて。
アイデアのないところには、どんなに金をかけても、金は無駄になる。なぜなら、金を注いだところは、底が抜けているからだ。底抜けの発想のせいで、金はほとんど無駄になる。