2006年11月12日
◆ 社会問題と利己的遺伝子説
社会問題を利己的遺伝子説で解決しよう、という主張がある。
「少子化や環境汚染などは、個体よりも遺伝子が利己的になることで、全体の改善をもたらす」
という主張。(読売新聞・朝刊・学者の説 2006-11-08 ) ──
この主張の趣旨は次の通り。:
少子化というのは、生物には本来はありえない異常なことだ。また、環境汚染というのも、問題だ。ここで、環境汚染は、個人が自分勝手なことばかりをしているのが理由だ。そこで、個人のかわりに、遺伝子が利己的にふるまえばいい。そうすれば、環境の汚染は、遺伝子にとって不利だとわかる。なぜなら、環境を汚染させて利益を得ることは、各人にとっては目先の利益を得ることになるが、子孫にとっては不利益なので、遺伝子にとっては不利益だからだ。個体の利益よりも、遺伝子の利益を重視すれば、社会的な問題は解決する。個体よりも遺伝子を重視した生き方をしよう。──そして、それは、可能だ。なぜなら、それこそ、利己的遺伝子説の示すことだからだ。
──
要するに、利己的遺伝子説(遺伝子の利己主義を個体の利己主義に優先する説)で、すべてを説明しようとする。あげく、「利己主義はすばらしい」と主張して、「利己主義の単位を、個体から遺伝子に変えればいい。それだけで社会問題は解決される」と結論する。
こういうのは珍説だが、それでいて、本人も、どこがおかしいか気づいていない。そこで説明しよう。
このような主張は、利己主義を原理にしている。そこが根源的におかしい。以下、背理法で示そう。
仮に、利己主義を原理とするのであれば、「優勝劣敗」を「善」と見なすことになる。すると、「格差の拡大」という問題は、「優勝劣敗」であるがゆえに「善」だと見なされる。
「低所得の馬鹿な労働者がどんどん死んで、金持ちの優秀な人が生き残る。優勝劣敗によって、社会は改善される」
というわけだ。
この理屈に従えば、泥棒や詐欺師は「(金を稼ぐ)優者」であるがゆえに歓迎されるし、正直な学者は「(金を稼がない)劣者」であるがゆえに見捨てられる。しかし、そんなことでいいのか?
もちろん、よくはない。では、なぜ?
その根源は、「利己主義による社会改善」という原理そのものだ。こんなものは嘘っぱちである。単に泥棒社会を歓迎しているだけだ。
大切なのは、「優勝劣敗」によって劣者を滅ぼすことではない。個人間の競争をどうするかではない。むしろ、全体状況の改善だ。マクロ的な改善だ。
具体的に言おう。GDPが縮小しているときには、市場競争によって優勝劣敗を進めれば問題が解決するのではなく、GDPを拡大することによって問題が解決する。ここでは、利己主義なんて、有害無益である。(理由は、「合成の誤謬」。)
少子化というのは、社会の問題である。社会の問題を解決するには、個人がたがいに殺しあいをして競争すればいいのではない。社会そのものの全体状況を改善することが大切だ。すなわち、GDPの拡大である。つまりは、景気の回復だ。……これは、個人の問題ではなく、(政府の解決するべき)社会全体の問題である。
社会全体の問題を個人レベルのことで解決しようとする。── ここに、競争を是とする利己主義(市場原理主義)の根源的な間違いがある。
利己的遺伝子説も同様。この説はあくまで、遺伝子の競争だけを問題としており、全体状況の変動を認識しない。
社会問題であれ、進化論であれ、個別のものの競争を原理とする限り、全体状況の変動が目に入らない。そのせいで、根源的な勘違いを起こす。
冒頭の主張に戻って示そう。
「競争を是として、競争の単位を変える。(個体から遺伝子へ)」
という利己的遺伝子説の発想では、少子化などの社会問題は解決しない。この問題は、競争の単位ではなくて、「競争を是とする」という原理そのものが根源的に狂っているのだ。
そして、進化もまた同じ。競争だけで大進化が起こるわけではない。進化の原理が根源的に変わるから、大進化が起こる。マクロ的な状況が大変動を起こすから、大進化が起こる。……そのことを記したのが、クラス進化論だ。
※ 以上を読めば、クラス進化論が何を批判しているかも、わかるだろう。
しかしながら、ここを理解しないで勘違いしている人が、非常に多い。
「利己的遺伝子説は正しい」とこだわるあまり、どこを批判されているかも
まともに理解しない。読解力の低さ。困ったものだ。
※ この勘違いを、経済学に翻訳すると、こうなる。
・ 南堂説「市場の競争だけでは駄目だ。マクロ的な状況が重要だ」
・ 勘違い 「市場の競争は重要だ。これを否定する南堂は、トンデモだ」
これを進化論に戻すと、こうなる。
・ 南堂説「遺伝子の競争だけでは駄目だ。遺伝子の組み合わせが重要だ」
・ 勘違い 「遺伝子の競争は重要だ。これを否定する南堂は、トンデモだ」
──
経済学であれ、進化論であれ、「利己主義ですべては改善する」という発想がある。米国流のエゴ重視主義。
しかし、そういうエゴ重視の結果、どうなったか? 日本は格差社会になるし、世界は米国の横暴のせいでイラク戦争や中東紛争など、混乱の極みだ。
エゴを貫徹すれば世界は改善する、という発想は、あまりにも愚かである。そういう愚かな発想を信じているのは、経済学者(古典派)と、進化論学者ぐらいだろう。
世の中の多くの人々は、「エゴだけで解決するほど現実は甘くはない」と理解している。しかしながら、経済学者と進化論学者だけは、「エゴだけですべては解決する」と思い込む。
では、なぜ? 「エゴで解決」という小さな説しか理解していないからだ。小さな説に合わせて、大きな現実を理解しようとする。本当は、大きな現実に合わせて大きな説を取るべきなのだが、逆に、小さな説に合わせて大きな現実を認識する。それゆえ、根本的な勘違いが起こる。
「自分のメガネに合わせて世界を認識する」
これは非科学的な態度だ。経済学と進化論では、いまだにこの非科学的な態度がまかりとおる。「エゴで解決」という自説だけを頑固に墨守し、現実そのものを虚心に直視するということがない。
ゆえに彼らは間違うのだ。
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※ 参考情報として、新たに下記のページを公開しました。
「優勝劣敗とは」
http://hp.vector.co.jp/authors/VA011700/biology/class_94.htm
(「優勝劣敗という概念はただの同語反覆(トートロジー)だ」と信じている人向けの注釈)
※ 本サイトを初めて訪問された方は、次の文書を先にご覧ください。
→ 利己的遺伝子とは
http://hp.vector.co.jp/authors/VA011700/biology/class_83.htm
過去ログ

「少子化や環境汚染などは、個体よりも遺伝子が利己的になることで、全体の改善をもたらす」
という主張。(読売新聞・朝刊・学者の説 2006-11-08 )
上の記事を探しているのですが、見つかりません。日付はこれであっていますか?
でも、日付は合っているはずです。話を書いたときに日付をソフトで自動取得したので、間違えようがない。
うろ覚えでは、かなり大きな記事です。なお、ネット上にはありません。
「日付をソフトで自動取得したので、間違えようがない。」とのことですが、その後そのソフトの使用を止められたのでしょうか?
というのも、1月20日の記事「◆略字の理由」で日付の修正をなさっているからです。
正しい日付がもしわかれば該当の新聞記事を見つけることができるかも知れないのですが、再確認は難しいでしょうか?。
もし間違っているとしたら、新聞が読売と朝日で記憶違いをしたか、朝刊と夕刊で記憶違いをしたか。あるいは(上記と同様に)日付を一日後へずらしたか。……そういうミスは考えられなくもない。
記事自体は、著者の顔写真の入っている、大きな記事です。個人の論説。タイトルは、「利己的遺伝子説」というようなタイトルではなく、全然別のタイトル。そのなかに、利己的遺伝子説ふうの話も、一部に含まれているだけ。
……だったと思います。たぶん。
図書館で丹念に調べれば見つかるはずです。
だけど、いちいち調べる必要はないと思いますよ。下らない論説だし。真実として研究するのは馬鹿げている。間違いとして批判するならば意味はあるが、それは私がやっているから二番煎じになるし。
ま、「阿呆がどんな詭弁によって思考の落とし穴にはまるか」という、阿呆の見本ぐらいにしかなりません。阿呆をいくら学んでも、たいして意味はない。
気がむいたときにでも範囲を広げてあたってみることにします。
ありがとうございました。
その反論も負けず劣らずスロッピーですよ。
「遺伝子の利己主義を個体の利己主義に優先する説」と説明しながら・・・
> 市場競争によって優勝劣敗を進めれば・・・
> 個人間の競争をどうするかではない。
いつの間にか、「個体の競争と個体の利己的追求」に置き換わっていますね。だめですよ、こういう論法は。私自身もこれらの主張に全面的に賛成できるわけではないのですが、反論する以上はスマートにいきましょう。
「利己的遺伝子説も同様。この説はあくまで、遺伝子の競争だけを問題としており、全体状況の変動を認識しない。」という主張から見る限り、典型的な誤解をしているように見えます。
> むしろ、全体状況の改善だ。マクロ的な改善だ。
ええ、おっしゃるとおりですね。進化上の安定的戦略はそれが起きる条件を探していましたよね。「利他行動がや協調行動が安定して存在しうる条件」を示したのですよね。というか、メナード=スミスの主張を、管理人さんは一度でも目にした事がありますか?論文の名前をひとつでも挙げられますか?私はそれを疑っています。
──
それより、論旨不明な投稿は傍迷惑ですから、やめてくださるよう、お願いします。
「あなたは学説をわかっていないんじゃないか」
という推測があるだけで、自分自身では何も主張していない無内容の投稿。
そういうふうに悪口だけを書きたいときには、2ちゃんねるにでも投稿してください。あそこは論旨のない単なる悪口だけを書きたがる人のためにありますから。
本サイトでは、論旨のない悪口だけの投稿は、削除することがあります。
本項で述べていることは、他人の意見への批判です。私の独自の見解を展開することではありません。
私の独自の見解について論じたいときには、本項について論じても無駄です。そもそもテーマが根本的に狂っています。
「Aの是非」
を論じているときに、
「Bの論理」
の一部だけを使って反論した。で、その分章を読んだ誰かが、「そこにおけるBの論理は不十分だ」と批判する。
これは、見当違いというしかありません。
「Bの論理」
について批判したいのであれば、「Bの論理」について体系的に論じているサイト(クラス進化論のサイト)について言及すればいいのです。
本項について言及しながら批判するのは、見当違いというしかありません。本項で何かを論じるのであれば、最初に掲げた珍説についての言及だけです。
他のすべては、「揚げ足とり」にすぎない。だから、無意味。無内容。
「利己的遺伝子という概念をむやみやたらと使ってはいけない」(進化論以外の分野では)
ということです。禁欲的立場を推奨し、出しゃばり的立場を戒めています。特に、人間社会の社会問題に、進化論学者が勝手に推論する暴挙を戒めています。
これは、社会科学の科学論議であって、進化論の話題ではありません。あくまで「利己的遺伝子論を使ってはいけない」という、制約の立場からの主張です。
ところが、どういうわけか、本項は 「利己的遺伝子」で Google 検索すると、やや上位に位置してしまいます。
これじゃ、「利己的遺伝子」について調べたい人が、本サイトに着てしまいますね。 (^^);
これは、Google の検索システムの問題なのですが、利用者の意図に反する結果を出してしまうという点で、システムのまずさが表れた、ということになるでしょう。
というわけで、Google の検索対象の上位に出ないように、少し工夫しました。上記の批判者は、勝手に見当違いしたというより、Google の被害者なのかもしれません。Google を信用しすぎたせい。