2006年10月21日
◆ 少子化対策
読売新聞(朝刊 2006-10-21 )に、少子化問題の特集があった。
世論調査によると、「児童手当や保育サービスなどをいくら拡充しても、子供を産む気になれない」という人が2割程度いる。その理由は、
・ 自分らしい人生を過ごしたい
・ 自分の趣味や時間を大切にしたい
・ 日々の生活が忙しく、自分のことで精一杯
・ 夫婦の生活を大切にしたい
という理由が大半。 ──
以上の理由の意味は? 一言で言えば、こうだ。
「低賃金ゆえの長時間労働のせいで、育児のゆとりがない」
こういう状況では、いくら公的な育児サービスをしても無駄である。足りないのは時間であって、公的サービスではない。
とすれば、対策もまた簡単だ。
「景気を回復させて、所得を多くして、短時間労働で済むようにする」
「女性の就業率を上げて、家庭所得を増やし、かつ、男子の育児参加を促す」
いずれも、経済対策である。これこそが本道だ。公的な育児サービスなど、ほとんど無意味である。
なお、公的な育児サービスをやるとしたら、数兆円規模の出費が必要となる。そのための費用を捻出するために増税すれば、景気はますます悪化して、雇用環境はますます悪化して、少子化はかえってひどくなる。
上記の世論調査は、一種の「統計の嘘」とも言える。データを丸飲みすれば、次の結論となる。
「少子化の責任は、一人一人の個人の問題である。個人のせいだから、政府には何の責任もない。公的サービスなど、いくらやっても無駄だし、また、政府は何もしないで、ただほったらかしておけばいい。」
結局、データの数字を見ればいいのではない。データの数字の奥に隠れている本質を見抜くことが大切なのだ。
大切なのは、物事の本質だ。少子化の理由は、「人々が産みたくないこと」ではない。「人々が産みたくないと感じるような経済状況があること」であり、つまりは、「悪化した経済状況」である。
ここを理解しない限り、いくら世論調査をしても、まったくの無駄だ。データを得ても、データの意味を理解しない。
[ 付記 ]
少子化対策のためには、政府は金をかける必要はまったくない。公的サービスには莫大な金がかかるが、そんなことをする必要はまったくない。(してもいいが、必要はない。)
必要なのは、まずは、雇用状況の改善だ。
・ 男性の長時間労働をやめる
・ 女性の就業率を上げる
このことを促進するために、制度的に誘導すればいい。「アメとムチ」で、課税と補助金を組み合わせる。差し引きすれば、コストはゼロ。
他に、景気対策のための金は必要となるが、これも、「中和政策」を使えば、実質的にはコストは一円もかからない。
必要なのは、金ではなくて知恵である。
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