2006年09月28日

◆ Y染色体の継承

 紀子様に親王(悠仁)が生まれた。これで天皇家の血筋はひとまず安泰になったが、将来の保証がないことから、旧宮家を復活させよう、という動きがある。「このことで、Y染色体の継続が図れるから、天皇の万世一系が保たれる」という発想である。
 では、この主張は、生物学的には正しいのか?

 ──

 あっさりと結論を言えば、こうだ。
 こんなことをやっても、「万世一系」は保たれない。なぜなら、Y染色体の継承と、万世一系とは、全然別のことだからだ。そのことは、次の図からわかる。

  室町時代          平成
  ────────────┬─ 浩宮
   │           └─ 礼宮 ── 悠仁
   └───────────┬─ *1
  伏見宮家         └─ *2


 仮に将来、悠仁様に男子親王が誕生しなかったとしよう。その場合、図の *1 のあたりから、次の天皇の系譜が生じることになる。

 では、そうなれば、「万世一系」は成立するか? いや、成立しない。以降、浩宮までの系譜がある一方で、から *1 までのジャンプがあることになる。これでは「一系」となるべき「一本の線」が成立しない。(二股ふうになる。)……というわけで、血筋の「一系」は成立しないのだ。

 だいたい、もともと「万世一系」なんて成立していなかった。男子親王のいない天皇は、史上何度もあったし、そのたびに、少し先祖の方へ遡って、別の系譜を取った。この時点で、「一系」は破綻している。
  
 というわけで、「万世一系」なんて、血筋の上からはもともと破綻しているのである。
     《 注 》
     仮に、伏見宮家の系列から男子の天皇が出現するとしたら、これまでの系列(江戸時代、明治時代、昭和時代を含む天皇の系列)は、傍流の扱いとなり、伏見宮家の子孫が主流派となる。その伏見宮家の系列は、江戸時代や明治時代には天皇ではなかったのだから、「先祖が天皇家であった民間人」から天皇が出現することになる。
     そんなことをするくらいだったら、そこらの民間人を天皇にするのでもいいはずだ。というのは、そこらの民間人だって、はるかな先祖は天皇の血筋を引いているかもしれないからだ。
     要するに、そこらの民間人も、伏見宮家の子孫も、どちらも民間人であって、大差はないのだ。はるか大昔の先祖が天皇の血筋を引いていようがいまいが、そんなことにはほとんど意味がない。昭和天皇の系列が「万世一系」であったとしても、伏見宮家の系列は「万世一系」ではありえなくなる。

 ──

 さて。そこで、次の新説が出ることになった。
 「万世一系とは、(血筋の継承でなくて)Y染色体の継承のことである」

 なるほど、これはわかりやすい。また、「生物の目的は遺伝子の継承である」という説(遺伝子至上主義ふう)の立場からも、受け入れやすい。竹内久美子みたいに「遺伝子が生物の根幹だ」と思い込んでいるような人は、あっさりとこの説を取る。
 しかし、この説は、生物学的には、妥当でない。

 まず、Y染色体なんてものは、たいして重要ではない。生物にとって必要不可欠なのはX染色体である。X染色体のない個体は生存できないが、Y染色体のない個体は生存できる。Y染色体なんて、あってもなくてもいいものなのだ。また、大きさからして、Y染色体は小さく、X染色体は大きい。

 Y染色体の意味は、何か? 基本的には、「性ホルモンの分泌」であろう。その意味は、「各組織を男性形に分化させること」である。ただし、分化する方の各組織自体は、別の染色体(遺伝子)で決まる。たとえば、女性の陰核になる部分と男性の亀頭になる部分はもともと共通した組織であるが、個体発生の途中で性ホルモンの影響を受けてどちらかに分化する。ここでは、重要なのは各組織そのものであって、性ホルモンは分化の方向を決定するだけにすぎない。で、Y染色体というのは、せいぜいその方向を決めるぐらいの役割しかもっていないのだ。(おおざっぱな言い方だが。)

 その一方で、他の染色体は、人間の重要な各組織を形成する。Y染色体なんかあってもなくてもどうってことはないが、Y染色体以外の染色体はどれもが非常に重要だ。これらはまさしく人間の必要不可欠な部分を構成する。
 Y染色体がなければ、男にならずに女になるだけだが、他の染色体がなければ、人間になることができない。他の染色体の方が圧倒的に重要なのだ。

 さて。ここで、先の図を見よう。そして、悠仁と *1 を比較する。すると、こうわかる。
 「悠仁と *1 は、Y染色体だけは一致するが、それ以外のほとんどの染色体は大幅に異なる」


 こうなると、「万世一系」どころではない。天皇家の系図の遺伝子は、悠仁以降のところで、ほとんど全取っ替えになってしまう。つまり、違わないのはY染色体だけで、他はまるきり交替してしまうのだ。
 これでは、「万世一系」なんて、名ばかりのものである。正しくは、「万世一」であろう。「Y」だけが同一であり、他の遺伝子はまるきり変わってしまうのだ。
 要するに、Yばかりに気を奪われたあげく、他のすべてを失ってしまうことになる。

 これがどのくらい馬鹿らしいかは、次の話からわかる。
 あなたが結婚して、子供が生まれた。ただし子供は一人で、娘だった。あなたはその娘をとてもかわいがっていた。ところが、あなたの寿命があと一年だ、と判明した。そこで、愛する娘のために、財産の半分を残そうとした。(残りは妻)。そこへ、別の人物が現れた。遠縁の男である。彼はこう主張した。
 「あんたの娘にやるはずの金を、おれに寄越せ」
 「どうして?」とあなたは尋ねた。
 「なぜかって? それはね。あんたとおれとは、Y染色体が同じだからだよ。何しろ六百年前の室町時代に、同じ先祖をもつのだからな。一方、あんたの娘は、Y染色体が同じではない。ゆえに、あんたの死後の遺産は、おれのものだ」
 あなたは呆れる。この遠縁の男は、Y染色体だけの一致を理由に、あなたの遺産をすべて奪おうとするのだ。何という厚かましさ! 
 この男とあなたとの共通点は、Y染色体だけである。比率で言えば、46分の1であるから、たったの2%だ。残りの45本の染色体はまるきり異なる。
 一方、あなたの娘は、あなたと妻とのどちらかの血筋を引くから、比率で言えば 50%は一致する。
 50%の一致のある嫡子をさておいて、2%の一致しかないどこかの馬の骨が、あなたの遺産を奪おうとするのだ。なぜかと言えば、Y染色体だけは一致するからだ。
 あなたはどうするか? もちろん、こんな馬の骨は、とっとと追っ払うだろう。「Y染色体なんて関係ない。この娘は私の子だからこそ愛するんだ」と言って。

 親の愛情とは、そういうものだ。Y染色体だけが重要なのではない。Y染色体は、46分の1しか重要性はない。大切なのは、他の45本の染色体なのだ。1本だけを重視して、残りの 45本を全取っ替えしてしまうのでは、本末転倒である。

 ここまで説明すれば、わかるだろう。
 「Y染色体の継承が、『万世一系』になる」
 というのは、浅はかな判断である。そんなことは成立しないのだ。それはただの「万世一」であるにすぎない。

 思い出そう。悠仁様が生まれたとき、礼宮様も紀子様も、赤ん坊の性別を尋ねようとしなかった。なぜなら、「男でも女でも、どちらでも同じように愛する」と思ったからだ。「自分の子だということが大切なのであって、男か女かはどうでもいい」と思ったからだ。つまり、「46本の染色体が二人から受け継がれたことだけが重要なのであって、Y染色体の有無にはこだわらない」ということだ。
 これこそが親の愛である。そして、これこそが正当な判断だ。

 ひるがえって、「Y染色体の継承こそが重要だ」と思うのは、親の愛というものを理解しない、どこかの馬の骨と同じ発想なのだ。そんな発想をすれば、どこかの馬の骨に天皇家を乗っ取られても、文句は言えまい。なぜなら、Y染色体を共有する人は、他にもいるはずだからだ。たとえば、韓国や北朝鮮にもいるだろう。ひょっとしたら、金正日の系譜にもいるかもしれない。で、その人物が、「おれも同じY染色体をもっているから、おれを天皇にしろ」といったとき、どうやって拒否するのか? とうてい、拒否できまい。なぜなら、Y染色体の維持だけが判断基準であるからだ。そして、Y染色体は(原則的に)どの子孫も同じであるはずだから、「こっちのY染色体の方がいいのだ」と決めることもできない。
 当然、北朝鮮の誰かが、天皇になってもいいことになる。

 これはたしかに、馬鹿げた話だ。しかし、「Y染色体だけが大事だ」という発想を取ると、こういう馬鹿げた話が現実化してしまうのだ。
 そもそもの話、「Y染色体さえ一致していれば、馬の骨であっても構わない」というような発想(Y染色体至上主義)そのものが、根源的に馬鹿げているのである。

 結論。
 「万世一」なんかを重視するのは、馬鹿げている。それはY染色体だけに目をとらわれて、人間や生物の本質を見失っている。氷山で言えば、水面上に出た部分だけを氷山だと思い込んで、水面下に隠れている部分を見失っている。」
 では、正しくは、どう認識するべきか? こうだ。

 「天皇の系譜が男系であろうと女系であろうと、男性であろうと女性であろうと、とにかく、天皇の直系の子孫であれば、その直系の子孫を重視するべきである。」
 「直系の子孫について、長子優先とか、男子優先とか、そういう判断を入れることは可能だが、それはあくまで文化的な『お家の事情』にすぎない。どっちが優先であっても、大差はない。一般的には男子優先が好ましいが、それは、男子の方が女子よりも優れているからではなくて、男子の方が多くの責任を負う義務があるからだ。戦争のときには女性を残して男子が死ぬべきであるように、天皇の仕事については女性を残して男子が奉仕するべきだ。」
 「天皇は、王ではない。国民の上に立って国民に命令する存在ではなく、国家のために働く薄給のタレントである。自由を剥奪されているという意味では、奴隷とも言える。このような義務で束縛されるべきは、男子に限られるべきだ。女性には、好きな人と結婚して好きなところで暮らせる自由を与えるべきだ。自由を剥奪されるのは、男子だけでいい」


 男系維持であれ、女系賛成であれ、多くの人が「天皇とは国民の上に立つ権利のことだ」と思い込んでいる。それは大いなる勘違いだ。大いなる錯覚だ。この錯覚の上に立つ限り、たいていの議論が無効となる。
 ひるがえって、浩宮夫妻や礼宮夫妻や天皇夫妻は、いずれもこの勘違いをしていない。「自分は国民のために奉仕するのが義務だ」とわきまえている。
 天皇一家は賢明だ。これは、愚かな国民だらけの日本にとっては幸いなことだ。

 [ 付記 ]
 「是が非でも男系を守らなければならない」という主張もある。その主張を成立させるためには、「男系ではあるが、天皇家ではない」という主張を取るしかない。つまり、「男系」を「天皇家」よりも優先する発想だ。
 たとえば、六百年前に分かれたかなり遠縁の親戚は、もはや「天皇家」としての血筋が稀薄だ。(Y染色体も、同一のY染色体ではなくて、微小な突然変異が蓄積しているから、浩宮のY染色体とは少し異なっている。ひょっとしたら、大幅に異なっているかもしれない。突然変異の量しだいだ。)
 このように「稀薄な天皇家」をも「天皇家」と認めるのであれば、六百年前に限らず、六千年前でもいいはずだし、六万年前でもいいはずだ。そうなると、日本人や朝鮮人の大半が該当しそうだ。「ミトコンドリア・イブ」ふうに言えば、20万年前まで遡れば、「Y染色体アダム」がいるはずで、そこでにいるごく少数のアダムが、すべての人類の始祖となるから、誰もがほぼ同一のY染色体から生じたことになる。(あとの違いは突然変異の蓄積量によるだけだ。)
 とにかく、「Y染色体だけを重視して、他の染色体を無視する」という半可通の発想を取ると、生物学的な認識をしているつもりで、非生物学的な認識をするハメになる。「男系」だけを重視して、「天皇家」を見失う結果になる。
 その結果、どこかの風来坊が天皇家の一員と見なされるようになるだろう。その風来坊は、「ほとんどの染色体は浩宮とまったく異なるが、Y染色体だけは浩宮にそこそこ似ている(決して同一ではない)」という人間だ。ひょっとしたら、それは、日本人ではなくて、北朝鮮の誰かかもしれない。
( ※ 何だったら、日本人全体から「浩宮のそっくりさん」を公募して、「Y染色体チェック」をやって、一番よく似たY染色体の持主を、次期天皇にしてもいい。これだと、Y染色体論者は満足だろう。……天皇の公募制。愉快ですね。ジョークみたい。つまりは、「Y染色体の維持」というのは、ほとんどジョーク並みの説なのだ。) 

 最後に、注釈しておこう。私は別に、「男系を維持するのがいけない」と述べているのではない。「男系を維持する」というのは、歴史上、多くの富豪や王家や貴族で綿々と受け継がれてきたことであり、悪いことだとは言えない。ただし、それは、「男系の子孫がいる」という場合に限られる。
 男系の子孫がいるのであれば、男系の子孫に継がせればいいだろう。しかし、男系の子孫がいないときに、無理に「男系」にこだわると、「男系」の方は維持されても、「子孫」の方は維持されなくなってしまうのだ。
 こういう「論理の落とし穴」にはまらないように注意しよう、というのが本項の趣旨だ。些末な点にこだわると、核心を失ってしまう。そういう本末転倒を避けたいものだ。(愚か者は、些末な枝葉末節ふうの論理にこだわり、肝心の核心を見落としてしまう。)

 たとえ話。
 仲良し夫婦がいた。二人の間に子供ができた。だんだん臨月が近づいた。二人は「かわいい子ができたらいいね」と相談した。しかし実際に生まれた子は、、ちっともかわいくなかった。そこで二人は、この子供を殺した。かわりに、かわいい子供をさらってきた。その子を、自分たちの子とした。そして、「ほら、かわいい子ができたのよ」と他人に自慢した。
 では、本当に、二人には「かわいい子」ができたのだろうか? たしかにこの子は、かわいいが。
( ※ 「かわいい」=「男系」、「二人の子」=「天皇家の子孫」)
posted by 管理人 at 20:23| Comment(3) | 生物・進化 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
南堂様
始めまして、いつも楽しく拝見させていただいております。
今までは感心させられてばかりでしたのですが、今回の「万世一系=Y染色体の維持」論は少し違うような気がしますのでコメントさせてください。この説は半年位前「朝まで生テレビ」で出てきて、全く相手にされなかったように覚えています。古代の人がY染色体など知っているわけがありません。天皇家の相続が「結果として」「Y染色体を維持する」ようになっていただけのことです。天皇家の相続は天皇家にまかせるべきであると私は思います。そのような天皇家を日本の象徴にいだくかどうかは改めて判断すべきでしょう。もしNoの場合、天皇なしの日本国家というものは考えられないのでしょうか。
Posted by m88 at 2006年09月30日 01:57
私にもひとことコメントさせてください。
現状「象徴」天皇のような権力なく自由もない可哀想な制度は,直系を存続するためといった理屈で側室制度を認めてあげるなどしないと本当に可哀想です。
あるいは,天皇やりたい人を募って抽選するとか。
まぁ天皇制など無くすのがスッキリしていいんですけど。
公的には無くして,残したいひと達が費用負担して勝手に担ぐということでもいいですね。
Posted by 良寛 at 2006年09月30日 06:24
管理人です。
m88 さん、良寛さんのご意見は納得できます。ただ、それは本項の見解とは矛盾しません。趣旨としてはほぼ同等でしょう。

なお、本項の趣旨の意図は、「天皇制はどうすべきか?」という政治的な問題ではなくて、「Y染色体の位置づけ」という生物学的・論理的な問題です。政治的にどうするべきかは、「小泉の波立ち」で何度か取り上げたので、そちらを参照してください。

つまり、「Y染色体の継承をもって、天皇制の男系維持とする」という方針を取るかどうかは、政治的な問題ですが、そのことの学術的な正当性は、生物学的・論理的な問題です。

生物学的・論理的には虚偽であるとしても、その虚偽のことを理由として、政治的に採用することは可能です。それは政治的な問題ですから、政治家や国民の勝手でしょう。ただし、本項では、それがまさしく虚偽であることを指摘しています。それだけです。(政治的にどうするべきかは言及していません。)

本項の意図は、「学術的に真実を知れ」ということであって、「政治的にどうすればいい」ということではありません。
Posted by 管理人 at 2006年09月30日 09:16
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