2006年08月20日

◆ 豪雨の水害


 酒匂川で水難事故があった。豪雨で放水したところ、人が溺れて多くが遭難し、うち一名は死亡。これは玄倉川の水難事故の二の舞であり、教訓がまったく生かされていないことになる。 ──

 この件について、新聞ではあれこれと対策などが報道されている。次のように。
http://www.asahi.com/national/update/0819/TKY200608190314.html
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20060819i201.htm
http://www.chunichi.co.jp/00/kgw/20060819/lcl_____kgw_____000.shtml

 その要点は次の通り。
  ・ 豪雨の雨量データを正確に集めるべきだ
  ・ そのデータによって警報をするべきだ。
  ・ 一方、放水そのものは、まったく過失がない。

 全然、間違っている。

  (1) 観測データ
 豪雨の雨量の観測データを正確に集めることなどはできない。数日前に、「ANN NEWS - ヘリから撮った!1時間に60ミリの集中豪雨の「柱」」という動画ニュースが話題になったが、集中豪雨は突発的かつ局地的であり、データを十分正確に取ることなどはできない。仮にそんなシステムを構築するとしたら、途方もない金額がかかる。現実的には、無理。

 (2) 警報
 日本中のあらゆる川の沿岸に、途切れなく警報システムなどを構築したら、やはり途方もない金額がかかる。現実的には、無理。

 (3) 放水
 放水の調節ならば、一円のコストもかからない。しかも、これこそが本質的である。こちらこそ注目するべきだ。
 比喩的に言えば、放水は拳銃であり、これを操作する犯人が殺人を犯す。一方、犯人を観測したり、被害者に警報をすることは、副次的であって、殺人の主因ではない。そんことに注目するべきではない。
 要するに、(1)(2)には注目するべきではないのだ。マスコミはピンボケである。

 ──

 具体的に言おう。
 そもそも、なぜ、水難事故が起こるか? その原因を知ることが必要だ。すると、「放水の仕方が悪い」とわかる。わけは、こうだ。
 現状では、放水は、「放水量をだんだん増やす」というふうにしている。つまり、
  「少 → 中 → 多」
 という順である。すると、どうなるか? 「少」の水は、水位が低いので、ゆるやかに流れる。「多」の水は、水位が高いので、素早く流れる。となると、あとから放水された水が、どんどん前の方の水に追いついていく。
 仮に、放水口では上記の順で、1時間かけて放水量を増やしたとしよう。それでも、1時間後の水は急速に流れるので、やがては1時間前の放水に追いつきかける。すると、下流では、最初の水と1時間後の水とが、ほとんど同時に押し寄せることになる。

 つまり、下流では必ず、「水が一挙に増える」「水が急激に増える」というふうになるのだ。たとえ上流でゆっくり増やしたとしても、下流では水が急激に増えるのだ。──これがつまりは、水難事故が発生することの、本当の理由である。

 とすれば、雨量の観測をしようが、あちこちで警告をしようが、ほとんど意味はない。「警告されずに死ぬ」のが「警告されて死ぬ」というふうになるだけだ。「警告されずに銃で撃たれる」というのが、「警告されて銃で撃たれる」というふうになるだけだ。
 むしろ、「銃を撃たない」というふうにするべきだ。そして、そのためには、「人を死なすような放水」というのを、根源的にやめる必要がある。つまり、放水の仕方を改める必要がある。──これこそが根本対策だ。

 では、具体的には? 簡単だ。
   「少 → 中 → 多」
 という順では駄目なのだから、それを改める。むしろ、逆の方がいい。
   「多 → 中 → 少」
 これなら、最初の水は素早く流れて警告を発し、その後、水が減るので、そのときに低い水位の川を渡ればいい。

 ただ、もうちょっと工夫をするなら、次の方がいいだろう。
   「多 → 少 → 多 → 少 → 多」
 最初に「多」で警告を与え、その後の「少」のときに渡ってもらう。なまくらな人は「どうせ大丈夫さ」などと思ったり、おたおたしたりしているだろうから、二度目の警告として「多」を与える。その後の「少」のときに渡ってもらう。
 なお、「多」のときにあわてて渡って流されることもあるだろうが、それでも特に問題ない。一時的には流されるだろうが、すぐに水位は低くなるから、そのときに、岸辺に到達してもらう。

 要するに、警告は、電子装置などを使わず、川の水そのものを使う。そして、そのためには、コストは一円もかからない。単に放水の工夫をするだけだ。これによって最も効果的に、かつ、即時に、全国の至るところで、水難防止が可能となる。
 使うものは、頭である。頭は帽子のためにあるんじゃない。むしろ(水難の)防止のためにあるのだ。
posted by 管理人 at 00:01 | Comment(1) | エネルギー・環境1 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
いいアイデアですね。
危険過ぎないけれども警報としての効果がある適当な水位増加レベルがあるでしょうから,実施するとすれば水警報として知らせたい流域の広範囲でその適切なレベル増加を維持する必要があります。
普通に流せば上流では高水位で下流になるほど水位が低くなりそうですが,警報としての放水のしかたを工夫すれば可能かも知れません。
例えば,流量中−流量大と微妙に変化させた警報放水をすれば,通常だと増水レベルが減る下流域で流量大の部分が追いついて警報レベルが維持できるとか。
まあこれは単なる思いつきで実際の挙動がどうなるかは分りませんが。
Posted by 良寛 at 2007年10月24日 18:07
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