2006年08月05日

◆ 外来語表記


 外来語表記の「ジ」を「ズィ」にしよう、という提案がある。(朝日・朝刊・投稿面 2006-08-05 )
 しかし、これは、言語的には根源的におかしい。 ──

 この提案によれば、たとえば、次のようになる。
  ・ ジーコ → ズィーコ
  ・ オシム → オスィム
 こうすれば言語に近い正確な発音になるぞ、という主張である。しかし、これは、根源的におかしい。

 (1) 母音の付加
 そのように変えれば、子音はいくらか正確になるが、余計な母音が付く。それは u の音である。 i が ui になってしまう。これはあまりにもひどい。

 (2) 母音の省略
 では、余計な母音( u )を省略して発音すればいいか? そうすると、今度は、必要な u が発音されない、という難点が生じる。次のように。
  ・ クィーン → キーン
  ・ ウィーン → イーン
  ・ スィート → シート
  ・ ツィン  →  チン

 (3) 同種の子音
 たとえ z の子音だけをいくらか正確に発音しても、次の発音については解決されない。
  ・ this の th
  ・ edge の dge
 どちらも日本語では「ジ」と発音されるが、英語ではそうではない。(そもそも母音がない。)

 結語
 では、どうすればいいか? 実は、どうしようもない。日本語と英語はもともと異なるのだ、と理解するべきだ。
 「英語は親のような高級な言語であり、日本語は子のような低級な言語であるから、低級な言語は高級な言語をなるべく正確に再現するべきだ」
 なんて思うべきではない。そういう価値観が根源的に狂っている。

 どの国であれ、異国の言葉は、自国の言語の言語体系のなかで発音される。たとえば、フランス語では、語頭の H の音を発音しない。英語では、フランス語の鼻濁音やドイツ語の oe などを発音しない(できない)。どの言語であれ、その言語の体系のなかで発音するだけだ。
 日本語の外来語もまた同様。日本語の体系では、R と L の区別はないのだから、区別しないでカタカナを発音してよい。「ジ」もまた同様だ。
 逆に、英語では、日本語の「っ」の音が発音されない。たとえば、「おっと」は「おと」になり、「かっとう」は「かとう」になる。
 こういうことは、つまり、「異なる言語はそれぞれ独自のパターン認識をなす」というだけのことだ。一方の体系が他方の体系では通用しないことがあるのは、当然のことだ。
 外国語を知るということは、自国語を捨てて外国語に服従するということではなくて、自国語と外国語とを二つの体系としてともに取り込むということだ。そこには優劣はない。切替があるだけだ。

 [ 付記1 ]
 一般に、まともに英語を発音できる人ならば、英語と日本語とはまったく異なる音韻体系をもつ、とわかる。その上で、二つの体系を随時、切り替えて使う。
 なのに、冒頭のような「カタカナ表記の改善」という案を出す人は、その人が普段から外国語を「日本語のカタカナ音で読んでいる」ということを暴露するだけだ。(二つの体系を切り替えず、一つの体系だけで理解している。初心者はそうですね。)
 たとえば、
   This is a sweet candy.
 という英文を見たら、その英文を英語で発音すればいいのだが、英語の不得意な人に限って、
   ジス・イズ・ア・スィート・キャンディ
 とカタカナで発音して、正確な英語発音だと思い込む。余計な母音が付いていることにも気づかないで、子音がおおまかに正しいだけであることにも気づかない。(キャ というカタカナは本当は不適切。キェ の方がまだマシかも。)
 ともあれ、「英語を正確なカタカナで表現しよう」という提案を聞いたら、馬鹿にして一蹴するのが正しい。

 [ 付記2 ]
 コンピュータの分野では、本項に当たるひどい例は少ないようだが、次の悪しき例もある。
  ・ ブルートゥース
 こんな用語、まともに発音できません。
 だいたい、「青い歯」という言葉からして、センスないですね。狂気的。まるで日産自動車みたいな言語感覚だ。

 [ 付記3 ]
 ついでに言えば、日産自動車の車が売れなくなった理由は、馬鹿丸出しの洋風の車名ばかりにしたことが理由だ。やたらと「ティ」や「フィ」「フェ」という発音を含む車名にするが、そのせいで、日本語の音韻体系からはずれてしまい、結果的に、人々の記憶に残らなくなる。
 昔は「セドリック」「ローレル」「ブルーバード」「サニー」という車名の車があったが、今はすべて消滅してしまった。かわりに、ちっとも覚えられないような、変な車名の車ばかりになった。覚えてもらえないから、思い出されることもない。結果的に、売れない。長年をかけて築き上げた「歴史ある車名」という財産をあっさり捨ててしまった。
 その点、トヨタは、ずっと賢い。クラウンなんて、性能よりも名前だけで売れているようなものだ。「車名買い」みたいなものである。トヨタで唯一愚かなのは、「マークツー」を捨てて「マークX」にしたことだ。そのせいで、いくらか売上げが低下したようだ。ただ、「マーク」という前半が残った分だけ、被害は少なくて済んだようだが。(元の車名に戻せば、それだけで結構売上げが増えるはずだ。)
 なお、オマケで言えば、歌謡曲の歌詞や映画の題名にカタカナを使うのも、馬鹿丸出しの一例である。
posted by 管理人 at 23:39| Comment(3) | 一般(雑学)1 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
そんなバカな話があるのですか!
知りませんでした。
「ヴ」にも嫌気がさして困っているくらいなのです。
そもそも「う」に濁点をつけて「V」音の記号とするという発想自体が理解できません。
とある小説で「テレヴィ」という表現を見た時には、本を投げ捨ててやろうかと思ったほどです。
仕事柄、英語に堪能な日本人(TOEIC900点クラス)も近くにいるのですが、彼等は「日本語で」はなすときは、確実に「テレビ」とか「ビデオ」とか発音します。
「外国語の正確なカナ表現」ほど虫酸が走るものはありません。

違うのだからどうしようもない、英語(外国語)と日本語は根源的に違うということに、心底同意します。
Posted by 鈴木淳 at 2006年08月06日 01:05
このコメントでは、発音を『アルファベット』の形で、ヘボン式で表記することにします。

(1) について異論があります。
「スィ」では、『u』の音は入りません。何故なら、『si』を表記するために作られた文字列だからです。
そのため、字面上は「ス」+「ィ」ですが、『u』は発音されないのです。
「ティ」「トゥ」「ヴ」等も同様です。それぞれ、『ti』『tu』『v』を表記するために作られた文字(列)なので、カナ表記の中では該当する音に最も近い発音をします。
実際、「パーティー」などと書いても誰も『e』を発音しません。

こう考えると、(2)は必ずしも成り立たないことになります。何故なら、上記のように、カナ表記から推測される音と実際の(慣習的に定められた)音が異なるからです。

個人的には、このような姑息な手段ではなく、新しい文字を作ってしまえば良かったのではないかと思います。
それに、五十音表の「さ行」は、そもそも同一の子音に統一されていません。「さ」と「し」は明らかに別の子音です(『s』『sh』)。「た行」に至っては三つの子音が同一行になっていますね(『t』『ch』『ts』)。
これは想像ですが、ヨーロッパの各種言語の複合的な影響かも知れませんね。例えばポルトガル語など、"ti"を『chi』に極めて近い音で発音する言語があります。

……だからと言って、今のこの状態で例えば『si』を「スィ」に統一するというのもどうかと思いますが。私は賛成しません。「どうしようもない」という意見には賛成です。
ただ、長期的には、新しい文字の作成や五十音表の整理などがされるといいな、と思っています。
Posted by 水響 俊二 at 2006年08月07日 13:09
専門知識が無いため発音についての詳しい指摘は出来ないのですが、日本語と英語の発音の差が”良い悪いではなくただ違う”と認識するのは賛成です。
カタカナにした時点で元の発音とは異なってしまうので、使う人がうまく認識出来る発音に決めれば良いと思います。

また、現在の日産車の車名が
発音しにくい=覚えにくい よって売れない
の意見にも賛成出来ます。

昨日8月8日の朝日新聞夕刊にブランド家具「ヘイウッド」の話が出ておりましたが、ブランドイメージは、
1.呼びやすい名称
2.一目でわかる商品の特徴
3.歴史的な裏付け
の3条件が必要と、同社輸入家具販売会社社長のコメントがありました。
南堂様が指摘されている車名の車にはいずれも備わっていないものですね。
Posted by つや at 2006年08月09日 07:47
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