2006年01月13日

◆ デザインの基礎


 日本の自動車のカー・デザインは、デザインのイロハをよく理解していない。そこで、無知な自動車会社のデザイナー向けに、イロハを教えておこう。 ──

 まず、integrate (統合する)という概念がある。これは、「デザインの角を取ってなめらかにする」ということを意味する。たとえば、次の図形があるとしよう。
    ┌──────┐

 この図形では、角が二つある。この二つの角を丸めることで、角を取ることが、integrate だ。
 このことは、今や、どのデザインにも取り入れられている。実際、昔の車は立方体のようなデザインが多かったが、今の車は立方体の角の部分が削り取られたデザインだ。たとえば、ヘッドライト部分は、昔の車はみんな角に合わせて前面に平面ランプをおいていたが、今の車は角にかぶせるように斜めのランプを置いている。こうやって角を消しているわけだ。他の箇所も、だいたい同様である。
 ここまでは、デザイナーなら、誰でも知っている。問題は、このあとだ。

 上記の  ┌──────┐ という図形をもう一度見直そう。
 この図形で、角を取ると、全体として調和の取れたデザインになるか? いや、そうではない。角の部分を取るだけだと、中央の部分が凹んで見えてしまうのだ。つまり、角の部分が ∩ ふうにふくらんでいるせいで、対比的に、中央の直線部分が、 ∪ ふうに凹んで見えてしまうのだ。(一種の錯覚。)
 この問題を避けるには、中央部分をなだからに ∩ ふうにふくらませる必要がある。その量はごくわずかであり、錯覚を打ち消す分だけでいい。自動車のデザインなら、五ミリ程度でいい。ともあれ、この「錯覚を打ち消す分」が必要である。

 この双方を対比的に示すと、次のように書ける。
  ・ 局所的な統合
  ・ 全体的な統合

 誰でもやっているのは、前者(局所的な統合)だけである。角があればすぐに目立つから、そこのところをちょいちょいといじって、角を消す。ま、素人にもできます。
 一方、後者(全体的な統合)は、素人にはできない。特定の角を局所的に消すだけでは足りず、離れたところから見て、全体像を見る視点が必要だからだ。ミクロ的でなくマクロ的な視点が必要だからだ。これには、かなり高度な頭脳を必要とする。いわば「見えないはずのものを見出す」というような、高度な頭脳を必要とする。

 ともあれ、後者(全体的な統合)の処理が大切だ。そして、この処理をしてあるかしてないかが、「高度なデザイン」と「低度なデザイン」とを区別する。日本のデザインはほとんどが「低度」である。(日産のスカイラインもそう。)
 一方、欧州の一流デザイナーの手になるものは、「高度なデザイン」である。(例。ピニンファリーナ、ジウジアーロ、アウディ)
 
 ──

 上記では、錯覚を消すために、「中央部分をなだからに ∩ ふうにふくらませる」という処理を示した。ただし、処理法は、この方法だけではない。逆に、 ∪ ふうに凹ませてもいい。錯覚以上に、過度に凹ませるわけだ。
 この方法は、かなり有名な方法である。この処理をしたデザインを「コーク・ボトル・ライン」と呼ぶ。(コカコーラの瓶や女性の胴体のようにウエストがくびれた曲線。)昔のフェラーリや、トヨタ2000GTが良い例だ。近年では、20年ぐらい前に爆発的に売れたシルビアに、その傾向がある。
 いずれにせよ、「単純な直線を定規で引いておしまい」なんていう、最近の車よりは、ずっと凝ったデザインである。

 ──

 ついでに言うと、日産のデザインは、良く言えば、「理詰め」である。理屈に従ってデザインしている。ただし、悪く言えば、「能がない」である。数値から出たデザインを、何の芸もなくそのまま使ってデザインしている。デザイナーの出番がない、とも言える。ここが、ベンツやピニンファリーナとの違い。ベンツやピニンファリーナは、「必然性のある美しさ」を求めるが、日産のデザインは、「必要性だけをそのまま無骨に出した粗野な醜さ」である。つまりは、頭が悪い。
 なぜ? デザイン部長のせいですね。この人のセンスが悪すぎる。最悪ではないし、どちらかと言えば平均よりはずっと上だし、プロの水準には達しているが、「最善」からはあまりにも遠く隔たっている。それがすなわち、日本車のデザインと欧州車のデザインとの違い。
 シトロエンやプジョーと比べると、日産車のグリルのひどさは、よくわかる。ついでだが、最新型の中国車に比べても、まだ劣る。新型セントラなんて、ひところの韓国車みたいだ。これじゃ、儲かりませんね。

  【 追記 】
 日産のデザイン部長は、中村史郎。いすゞのデザイン部長から引き抜かれた。デザイナーとしてはそこそこの力量があるが、経営者としては落第だ。最悪の点は、自己流の好みで全社を統一してしまうこと。一人一人のデザイナーの個性を生かせない。どんなに優れたデザインがあってもボツにしてしまい、自己流のデザインばかりを取り入れる。ま、自己流が最高ならばそれでもいいが、自己流の出来が一流半だから、目も当てられない。
 その点、長野宏司というサブリーダー(例のシルビアのデザイナー)もいるのだが、こちらは非常に優れたデザインセンスをもつくせに、ろくに権限が与えられていない。先行デザイン部長なんていう権限だから、市販車にはあまり生かされないようだ。人材の持ち腐れ。
 優秀なデザイナーがいても、まともに人材を活用できず、頭の固い老人ばかりが自己流を押しつける。駄目会社の見本ですね。

 なお、悪口ばかりだと信憑性がないので、実例を一つ。それは現行プリメーラだ。長野宏司と別の外人デザイナーによる共作は、オートショーで非常に評判が高かった。ところが、市販車になる段階で、グリルを全面変更して、日産顔(トカゲ顔)にしてしまった。経営方針による横やりで、元の優秀なデザインをぶちこわして、最悪のデザインに作り直す。これが日産の体質だ。ずっと昔のブルーバード(垂れ尻という悪評価)のころから連綿として受け継がれる日産の体質。久米社長時代には一時、このことをやめる反省が出たが、その後ふたたび、経営者がのさばるようになる。
「顔を統一せよ」「▽のトカゲ顔にせよ」「日産の Θ マークを付けよ」「スポーツカーもセダンもみんな同じアーチグリルにせよ」
 こうやってデザインの個性を押しつぶして、金太郎アメみたいに同じものをくっつけようとする。「デザインとは個性を生かすことだ」という基本がわからず、何でもかんでも同じデザインに統一しようとする。あげく、シルフィーもティアナもフーガもスカイラインも、金太郎アメみたいな同一デザインになる。デザインのことを何もわかっていない。ベンツなら「統一されたイメージのもとで各車の個性を出す」というふうにするのに、日産は単に「同じデザインを複製する」というだけ。コピー戦略。
 頭がないんですね。単細胞。
posted by 管理人 at 00:53| Comment(1) | 科学トピック | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
後半に 【 追記 】 が加筆されてあります。


 「中村史郎」「長野宏司」については、ネットで検索できます。ありきたりの情報ならば得られる。
Posted by 管理人 at 2006年01月13日 10:01
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